「お、おまえほんとにアルクェイドか?」
「失礼ね。人がせっかくやる気を出してるのに」
「ああ、うん、ごめんごめん」

いかんいかん、俺がやる気を削いでどうするんだ。

「じゃあ、頑張ってくれよ」

軌道に乗っている時っていうのはどんどん挑戦したくなるもんだからな。

そういう時の方が吸収も早いだろうし。

「任せておいてっ」
「……ああ」
 

俺はすっかり頼もしくなったアルクェイドに感動しながら厨房を後にするのであった。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その40




「なるほど、翡翠ちゃんはそう考えてたわけね」
「……ん」

部屋に戻る途中で琥珀さんの声が聞こえた。

「翡翠と話してるのかな」

特に気にしないで傍を通り過ぎようとする。

「やはりわたしは辞めたほうがいいと思うんです」
「……ちょっ?」

辞める? 何を?

「……」

もしかして深刻な話だろうか。

悪い事とは思いつつも聞き耳を立ててしまった。

「それはいくらなんでも早計すぎだよ。志貴さんはそんなつもりでアルクェイドさんをメイドにしようって言ったんじゃないと思うし」

俺がアルクェイドをメイドにしようとしている事と関係があるのか?

「アルクェイドさまは、女性のわたしから見ても綺麗な方です。愛嬌もあり、技量もある」
「それは否定しないけど……翡翠ちゃんがメイドを辞める必要はないでしょう?」
「……!」

叫びそうになったのを慌てて押さえた。

そんな馬鹿な。

なんで翡翠が仕事を辞めなきゃいけないんだ?

「仕事の出来る……その上彼女でもあるアルクェイドさまが志貴さまの傍にいるんです。わたしは不要でしょう?」
「だから志貴さんはそんなつもりはないんだって」
「……志貴さまは優しい人です。そんなつもりは無い事はわかっています。ですが結果的にはそうなるはず」
「それは……」
「……」

俺には苦い思い出があった。

まだ体があまり強くなかった頃、アルバイトをしていた事があるのだ。

仕事自体はそんなに難しいものではなく、あまり効率はよくなかったかもしれないが俺なりにこなしているつもりだった。

だがある日、本部から来たという正社員の人が現れたのだ。

その人が来た日、俺は仕事をクビになった。

もちろん直接『キミは首だ』と言われたわけではない。

ただ「彼が来たからにはアルバイトを減らさなきゃな……」という社員の話を聞いてしまったのだ。

俺は自ら辞職願を出した。

金にあまり執着はなかったから、その点に関しては何も文句はなかった。

けれど今まで頑張ってきたのに……と悔しかった記憶がある。

「俺は……」

もしかしてその時俺が受けた思いを翡翠に受けさせてしまっているんだろうか。

「なら、アルクェイドさんは秋葉さまのほうのお付にー」
「それは秋葉さまが承知しないでしょう」
「……」

もしアルクェイドが本当にメイドになったら。

俺の身の回りの世話をする役になるだろう。

そうなると翡翠の役目は……。

「やはりわたしは……」
「翡翠ちゃん。この話は止めましょう。まだどうなるかわからないんだから」
「……ですが」
「昔はわたしたち以外にも他に働いているメイドさんがたくさんいたじゃない? 大丈夫だって。翡翠ちゃん心配しすぎ」
「……」
「もし何かあっても、その時はわたしがなんとかしてあげるから」
「それは遠慮しておきます」
「そう言えるならまだ大丈夫」

琥珀さんの苦笑いが聞こえた。

「考えすぎなんだよ翡翠ちゃんは。今日はもう休んで? 後はわたしがやっておくから」
「……すいません、姉さん」
「ううん、気にしないで」
「……」

翡翠がこっちに歩いてくる。

俺は慌てて柱の影に隠れた。

「……志貴さま……わたしは……」

翡翠はとぼとぼと自分の部屋へ歩いていった。

「……」

俺はその光景を呆然と眺めていた。

「志貴さん? いらっしゃるんでしょう?」
「!」

部屋の中から琥珀さんが俺を呼んだ。

「……気付いてたのか」
「どうぞ、部屋の中へ」
「……」

額を汗が伝う。

しばらく躊躇していたが、覚悟を決めて部屋の中へと入った。
 
 
 
 
 

「志貴さんがいたのは気付いていました。そして気付いていたからこそ翡翠ちゃんに話を続けさせました」
「……俺に翡翠の心情を聞かせたかったって事?」
「ええ」

頷く琥珀さん。

「アルクェイドさんがメイドになることで今と一番立場が変わるのは翡翠ちゃんです」
「……そこまで考えてなかった」

最初はただの思いつきだったのだ。

「ええ、考えていたらこうはならなかったでしょうから」
「もっと早く言ってくれれば……」

もっと別の方法を考えたのに。

「志貴さんの望みでしょう? アルクェイドさんにメイドになってもらいたいというのは」
「……それは」

それはアルクェイドと堂々と一緒にいたいから。

「志貴さんの望みだっただからこそ翡翠ちゃんは協力をしたんです。自らの立場が危うくなる事も顧みず」
「……」
「わたしはこうなるだろうなと予想はしていましたが、放置していました」
「……なんで」

俺が尋ねると琥珀さんはくすくすと笑った。

「いやですね志貴さん。これでも甘いほうなんですよ? 全部壊れてからばらしてもよかったんですから」
「琥珀さん……」

笑っているはずなのに、琥珀さんの目はとても悲しそうだった。

「もっと簡単に全てを解決する方法があったはずなんです」
「……」
「けど志貴さんはそれを選ばずにわたしたちを頼った」
「俺は……」
「甘えるのもいいかげんにしてくれませんか?」
「……」

何も言い返せなかった。

俺はみんなの好意に甘えすぎていたのだ。

そしてそれが全部うまくいっているとしか考えていなかった。

「……ごめんなさいね、志貴さん。わたしもこんな事言いたくはなかったです」
「ううん……ありがとう」

琥珀さんが俺を怒ってくれたのは、本気で心配してくれているからだから。

「なんせわたしは志貴さんにふられた女ですからね。これくらいの仕返しをしてもいいでしょう?」
「そ、それは……」
「……まあ、それは余談です」

こほんと咳払いをする琥珀さん。

「方法はあるんです。翡翠ちゃんの立場を傷つけずに全てを解決する方法が」
「ああ」

けれどその方法は俺が一番ダメージを食らう方法である。

「でも、わかった」

俺はみんなにいいかっこしようと逃げていたのだ。

八方美人で、へらへら笑ってみんなに好かれようと。

そんな都合のいい話、あるわけないのに。

「……ごめん、琥珀さんだって被害者だよな」

俺は自分が傷つくのが怖くてみんなを利用していたのだ。

「そんな事は思っていませんよ。わたしは好きでやっているんですから」

琥珀さんはぽんと肩を叩いてくれた。

「やはり嘘の上に嘘を塗り固めるのはよくありませんよ」
「……うん」

もっと早くに気付かなきゃいけなかった。

俺が間違っていたことに。

「行ってくる」
「手伝いませんよ?」
「うん」

これは俺一人で解決しなきゃいけない問題だったんだ。

アルクェイドやみんなにばかり頑張らせてばかりで俺は何もしてこなかった。
 

「……成長しなきゃいけないのは、俺だ」
 

覚悟を決めて俺は歩き出した。
 

続く



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