これは俺一人で解決しなきゃいけない問題だったんだ。
アルクェイドやみんなにばかり頑張らせてばかりで俺は何もしてこなかった。
「……成長しなきゃいけないのは、俺だ」
覚悟を決めて俺は歩き出した。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その41
「アルクェイド」
「うん?」
まずは台所のアルクェイドに声をかける。
「ごめん!」
俺は思いっきり頭を下げた。
「え? な、何? なんで謝ってるの?」
いきなりの俺の行動にアルクェイドは戸惑っていた。
「メイドは止めだ。皿洗いもやらなくていい」
「どうして? せっかく調子出てきたのに」
「……どうしても」
今回の件に関しては俺の考えの無さ、付和雷同さが招いた事態だ。
「わたし何か悪い事した?」
「そんな事はない」
アルクェイドは何も悪くはないのだ。
「ただ、俺なりにけじめをつけなきゃいけないから」
むしろアルクェイドは巻き込まれた被害者だといえるかもしれない。
「……ふーん」
手に持っていた皿を置くアルクェイド。
「よくわからないけど、志貴が真剣なのはわかったわ」
「すまない、本当に」
「……何かあったの?」
「ちょっとな」
「そう」
アルクェイドはそれ以上聞いてはこなかった。
「じゃあ、部屋で待ってればいい?」
「そうしてくれると助かる」
「わかったわ」
手をタオルで拭いて去っていくアルクェイド。
「……次は」
迷わず彼女の部屋へと向かう。
コンコン。
部屋のドアを叩く。
自分で叩いているはずなのに、その音はいやに遠く聞こえた。
「誰です?」
「秋葉。俺だけど」
胸がドキドキしている。
心臓が飛び出してしまいそうだ。
受験の時だってこんなに緊張はしなかった。
「兄さん? ……珍しいですね」
俺が秋葉の部屋を訪ねるなんて滅多にない。
やはりなんとなく気負いするものがあったからだろう。
「今大丈夫か?」
「ええ。別に構いませんが」
だが今は前に進まなくてはならない。
全てを告白するために。
「ありがとう」
俺は拳をぎゅっと握り締めて部屋の中へと入っていった。
「どうなさったんですか?」
秋葉は部屋の中央で優雅に腰掛けている。
「……」
俺の気分はさながら、社長に挨拶に来たヒラのサラリーマンだ。
「話が……あるんだ」
「ええ」
「アルクェイドの事でさ」
「メイドの件ですか? まさか今日一日で判断は出来ませんよ」
やれやれと首を振る秋葉。
「そうじゃなくて……あれは止めにしたいんだ」
「は?」
「だから、その、アルクェイドがメイドになるっていうのを」
「……どういう事なんですか?」
「その……さ」
翡翠の事は話したくはなかった。
秋葉に言えば嫌でも翡翠の耳に入ってしまうだろうし。
だから、正直に告白する。
それ以前にあった真実を。
「あれは詭弁だっんだよ」
「私を欺くためのものだたと?」
「ああ」
「……詳しく聞かせて貰いましょうか」
秋葉は座り方を変えて、俺と正面から向き合う形になった。
「いくら謝っても許してくれないだろうけど、やっぱり嘘をつき続けるわけにもいかないし」
これを聞いたら秋葉は烈火の如く怒るだろう。
そんな事はわかっている。
「アルクェイドをメイドにするっていう話は、ある事を隠すために考えた事なんだ」
けれどそれを言わなくてはいけない。
「アルクェイドは……」
拳を強く握る。
「もうずっと前から遠野家に住んでたんだ」
それを聞いた秋葉は目を大きく見開いていた。
「俺の部屋の屋根裏に……隠し部屋があって」
言葉をつむぐ度に胸が痛い。
恐怖と、罪悪感とが共にあった。
「そこにずっと秋葉に黙って住ませてた」
「……」
秋葉はただ黙って俺の話を聞いていた。
「けど、隠すのも限界だろうって事で、メイドをやるのはどうかって考えたんだ。それなら家にいたって怪しまれない」
「……」
「全部……俺が悪いんだよ」
深々と頭を下げる。
「本当にすまなかった」
そのまま長い間があった。
「……顔を上げて下さい兄さん」
やがて秋葉が声をかけてくる。
頭を上げると神妙な顔つきをした秋葉がいた。
「いくつか質問をさせて貰ってもいいでしょうか」
「ああ」
「……まずはじめに。何故アルクェイドさんを住ませる事になったんです? 何か理由があるのでしょう?」
「それは……」
俺はアルクェイドが最初に転がり込んできた時の事を思い出しながら話した。
真祖の姫君云々を話してもわからないだろうから、厄介ごとに巻き込まれそうになって逃げてきたと。
「なるほど、アルクェイドさんらしいというかなんといいますか」
「住ませろって言ってきたのはアルクェイドだけど……断る事だって出来たはずなんだ」
結局は強引なアルクェイドの押しを断れなかった俺が悪い。
「まず秋葉に許可を取らなきゃいけないことだった」
「ええ、その通りですね」
大きくため息をつく秋葉。
「……ごめん」
もう一度頭を下げる。
「兄さん、謝ったから済む問題というわけではないのですよ」
秋葉の声がいやに冷たく聞こえた。
「次の質問です。何故それを話すつもりになったんです?」
「そ……それは」
それは言えない。
翡翠をこれ以上傷つけたくなかった。
「秋葉に対する罪悪感から……とかじゃ駄目か?」
「駄目かとはなんですか。兄さんがそれを理由として話す気になったのならそれが正しいのでしょう?」
「……う」
その場しのぎの言葉では秋葉は信用してくれそうにない。
「……まあ、言いたくないのならいいでしょう。次の質問にします」
「あ、ああ」
幸いにも秋葉はその話は打ち切ってくれた。
俺の額からはどっと汗が流れ出ていた。
「それを私に話す事でどうなるのか、わかっているんですか?」
汗が一気に冷たくなる。
「わかってる……つもりだけど」
淡々とした口調の秋葉。
それが逆に恐怖だった。
秋葉の怒りがどの程度なのか、想像も出来ない。
「そうですか」
大きく息を吐く秋葉。
「では兄さんはどうなさるのです?」
「どう……って」
「この落とし前をどうつけるかと聞いているんです」
「……」
どうするべきなのか。
俺は翡翠を悲しませ、琥珀さんを利用し、秋葉を裏切った。
そんな俺がこの家にいる資格は……無い。
「……出ていくよ」
それを聞いた秋葉は、さも可笑しそうに笑っていた。
そう、笑っていたのである。
続く