どうするべきなのか。
俺は翡翠を悲しませ、琥珀さんを利用し、秋葉を裏切った。
そんな俺がこの家にいる資格は……無い。
「……出ていくよ」
それを聞いた秋葉は、さも可笑しそうに笑っていた。
そう、笑っていたのである。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その42
「あき……は」
俺は秋葉に怒鳴られる事を覚悟してこの場に来た。
だから、この場で見せた秋葉の笑いは逆に恐怖であった。
「ふふふ……それは本気で言っているのですか?」
笑いながら尋ねてくる秋葉。
「そのつもり……だけど」
俺の返答を聞いた秋葉は頭を押さえしばらく沈黙していた。
「兄さん」
そしてなんとも言えない表情をして口を開く。
「兄さんは何もわかっていません。そんな事をして何の解決になるというのです」
「だって……」
「いいですか」
俺が何か言おうとする前に遮られてしまった。
「兄さんがいなくなれば、翡翠や琥珀が悲しみます」
「……」
「それでも兄さんは出ていくというのですか?」
「だって……他に方法がないじゃないか」
「はぁ」
再び大きくため息をつく秋葉。
「私は兄さんからまだ全てを聞いていません。それなのに勝手に判断をしないで下さいますか?」
「全て……?」
「いちいち説明しないといけない事なんですか?」
「……ごめん、言ってることがよくわからない」
俺がそう言うと秋葉は俺を睨みつけた。
「兄さん。貴方はアルクェイドさんを勝手に遠野家に住ませていた事を告白した。そして私がどうするかと尋ねたら出ていくと言った」
「……ああ」
「おかしいじゃないですか。何故兄さんが出て行かなくてはいけないんです?」
「だって、みんなを騙して、利用して……」
「都合のいいことを言って。兄さんはただこの場から逃げたいだけでしょう?」
「それは違う……」
「何が違うのですか。同じ事ですよ」
秋葉がばしんと机を叩く。
「もう一度言います。兄さんがいなくなれば、翡翠や琥珀が悲しむでしょう。……私だって」
「……秋葉?」
秋葉の腕がぶるぶると震えていた。
「兄さんが出て行くという選択肢は余計に傷を広げるだけだと言っているんです! だからそんな事はもう二度と言わないで下さい!」
俺はそこでようやっと気がついた。
「ごめん……」
本当に俺はバカだった。
秋葉の言う通りだ。
俺はこの場から逃げ出したかっただけ。
それをやることでみんながどう感じるかなんて考えていなかった。
また同じ事を……いや、もっと酷い事をやってしまうところだったのだ。
「他に……解決方法があるのではないですか?」
「……」
秋葉の言いたい事はわかる。
「アルクェイドを……追い出せっていうんだろ」
「……兄さんがその方法しか考えられないならそうなんでしょう?」
何故か妙に引っかかる言い方をする秋葉。
他に何があるっていうんだ?
「秋葉。何が言いたいんだよ」
「仮に……アルクェイドさんに何かの恩があり、それを返す為に住ませる事にしたとしましょうか」
「……ああ」
「どれだけ住ませているかは敢えて聞きませんが……それを返すぶん程度は滞在させたのではありませんか?」
「別にあいつに恩なんてないよ」
そんなつもりであいつを迎え入れたわけではない。
「では何故?」
「それはあいつが……」
俺とあいつが。
「……あ」
言いかけて気付いた。
「……わかりましたか? 私の聞きたかった事が」
秋葉は心底あきれ果てた顔をしていた。
「えと……」
そうだ。これは言わなくちゃいけない事だったのだ。
これに気付かなかったのは、言いたくないという心理が働いていたせいだろう。
「正直に告白すると言ったんですから、今更これを言わない理由はないでしょう」
「……ああ」
こんな事がわからなかっただなんて。
本当に朴念仁なんだな、俺は。
「アルクェイドを屋根裏部屋に住ませた本当の理由は」
あいつと一緒にいたかったから。
そう、アルクェイドは。
「アルクェイドは……俺の彼女だからだ」
それを聞いた秋葉は、満足げであり、同時になんとも残念そうな笑いを浮かべていた。
「……ずいぶんと長く待たされた気がします」
「ごめん」
「兄さんがはっきりしないからいけないんですよ。最初からそうだと公言していれば、各々がちょっかいを出す事だって無かったでしょうに」
「誰かさんが怖くて言えなかったんだよ」
「悪かったですね。どうせ私は鬼妹ですよ」
むっとふくれた顔をする秋葉。
「……ちょっとは調子が戻ったようですね。まったく。普段ぼけっとしてるから油断してましたが、シリアスもそれなりに出来るんじゃありませんか」
「ちゃんと出来るって……」
苦笑しながら俺はある事に気付いた。
「秋葉、怒ってないのか?」
「何をです?」
「だ、だから……アルクェイドと俺が付き合ってるって事」
秋葉は多少機嫌が悪いものの、さほど怒っているようには見えなかった。
「兄さんが誰を好きになろうがそれは兄さんの自由です。私が束縛できるものではありません」
「あ、秋葉……」
意外だった。
てっきり秋葉は全否定するものだと思っていたのに。
「……まあ、そりゃ最初は不愉快でしたよ。アルクェイドさんと兄さんがべたべたしているのを見るのは」
ふふふと苦笑いする秋葉。
「ですが二人を見ているうちに、なんとなく気付いてしまいました。二人が付き合っているんだろうなと」
「マジで?」
「わからないほうが異常ですよ」
秋葉はもう何を言うのもかったるいという様子だった。
「なのに兄さんはそんな事を一言も言わないし、そのくせに隠れてこそこそ何かやっていたり……」
「ご、ごめん」
「私にとってはそのほうが不愉快でした。だからつい意地悪をしてしまった」
「結局俺が全部悪かったって事だよな」
優柔不断な態度が秋葉を苛立たせていたわけだ。
「全くその通りです」
「……はは」
こうもきっぱり言われると逆に清々しかった。
「それで話を戻しますけれど」
髪を掻き揚げ姿勢を正す秋葉。
「……ああ」
「この落とし前、どうつけるんですか?」
それは今のみんなと俺、そしてアルクェイドの事をどうするかということだ。
「正直に話すよ。翡翠にも、琥珀さんにも、シエル先輩にも。俺とアルクェイドが付き合ってるって事を」
「そうして下さるととても助かります」
「うん」
それは本来一番最初にやらなくちゃいけない事だったのだ。
けれど俺はそれをすっ飛ばしてわけのわからないことをやっていたわけで。
スタートから出発しないズルをしていた事になるわけだ。
それを知れば怒るのは当然だろう。
「まったく……こんな下らない事の為に時間を無駄に使わせないで下さい」
「ははは……」
ほんとだよなあ。
「みんなに話して……その後どうするか考えるよ」
「ええ。アルクェイドさんとよく話し合って下さい」
「……わかった」
俺は秋葉の目を見つめて、それから頭を下げた。
「ありがとう秋葉」
「それは一体何のお礼ですか? 私は話を聞いただけですけれど?」
秋葉は不満げに口を尖らせていた。
「あ……う、えと、なんだろう」
自分で言っててよくわからなかった。
「はぁ……もういいです。帰って下さい。アルクェイドさんの件はわかりました。後日みんなに話す。以上」
「わ、わかった。それじゃ」
これ以上ここにいると秋葉を怒らせてしまいそうだ。
俺は大慌てで部屋を後にした。
「……兄さんの事を言う資格なんてないわよね……私だって……兄さんに……何も……」
ぽろ。
「私のばか……兄さんのばか」
ぽろぽろぽろ……ぐすっ。
続く