とにかく、アルクェイドに興味のある仕事がひとつでもあればなんとか大丈夫だろう。
「楽しい仕事、あるかな?」
「さあ……」
従者の仕事が姫君のお気に召すかどうかなんて、庶民の俺にわかるはずがなかった。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その6
「そんなわけで台所に来てみた」
「料理をしろってこと?」
「それもあるけど……片付けかな、まずは」
秋葉が不在という状況のせいか、食器はまるで洗ってない状態だった。
琥珀さんもまだ当分復活しないだろうし、俺たちが洗ってしまっても問題ないだろう。
「あ。じゃあ翡翠とか琥珀がつけてるエプロンしなきゃね」
「ん、そうだな」
「えっぷろんえっぷろん〜」
アルクェイドは妙に浮き浮きしていた。
たかがエプロンに何を期待しているんだろうか。
女心というのはまったくもってよくわからない。
「……確かこのへんに……」
以前俺が料理をした時のエプロンがあったはず。
「ほれ、これだ」
『朴念仁』と大きく描かれたエプロン。
「……かわいくない」
アルクェイドにそれを見せると、やたら不満そうな顔をしていた。
「かわいいもかわいくないもないだろ?」
「あるわよ。もっと他のないの? ねえ」
「……他のねえ」
とにかくこんなところで機嫌を損ねられても困る。
まだ始まってもいないんだからな。
「あるには……あるけど」
今度のやつは『まな板』と描かれていた。
「……特定人物に限ってのみ恐ろしい効果を発揮しそうなエプロンだな……」
むしろこんなもん絶対に見せられない。
「んー。まあそれならいいかな」
「マ……マジか」
「うん。別にわたしは妹じゃないもん」
「……ははは」
やはり秋葉とまな板はイコールなのか。
「どう? 似合う?」
「……よく似合ってるよ……」
そのエプロンをつけたアルクェイドの姿が、もっというとふくよかな胸が目の前にある。
ああ、どうして俺はこんなに悲しいんだろう。
「どうしたの? 志貴」
「いや、なんでもない。さあ仕事仕事」
俺は悲しさを振り払う為に仕事に没頭する事に決めた。
「えーと、皿洗いには色々コツはあるんだけど、まず軽く洗ってみよう」
「はーい」
さっそく桶に水をためてゴシゴシやりはじめる。
「きゅきゅきゅっと」
一枚二枚、三枚四枚。
「……これ、ずっと続けるの?」
アルクェイドはやはりつまらなそうな顔をしていた。
「いいからいいから」
五枚六枚、七枚八枚。
「ん……」
だが十枚を超えるとアルクェイドの表情が変わってきた。
「どうだ?」
「結構楽しいかも」
「だろ」
皿洗いというのは最初はつまらないし、あんまりやる気が出ない仕事だ。
「汚れてる皿がぴっかぴかになると、なんか嬉しくなるだろ」
「うん、なんかやったあって感じになる」
だが汚れが落ちた時の感動が結構いいものなのである。
「ごしごしごしごし」
そのうちリズムが出来てきて、流れるように仕事が進んでいく。
「きゅっきゅっきゅー」
「きゅきゅきゅのきゅ」
二人して訳の分からない歌を口ずさんだりして。
「あはは、わたしのほうが多く洗ったわね」
「何を、見てろよ」
洗った数を競争したり。
こうなると仕事というより遊びだ。
「……あれ?」
だがそんな遊びを邪魔する存在もある。
「どうした?」
「うん、これちょっと汚れが落ちないみたい」
「あー」
そう、汚れの特に酷い皿だ。
これらを洗うのには結構な労力が必要となる。
「えい……このっ!」
こうなると急に現実に引き戻された感じで、再び皿洗いがつまらないものになってしまう。
「はいはいストップ。そういうのには別の方法を使うの」
俺はアルクェイドに攻略法を教えてやることにした。
「別の方法?」
「ああ。本当は食べ終わってすぐに洗えば、そういう汚れでもすぐ落ちるんだけどな」
それこそコツもへたったくれもなく軽くこすればそれで終わりなのだ。
「だったらどうしてほったらかしにするのよ」
それはもっともなご意見である。
「どうしたって食後はかったるいし、働きたくないだろ」
食後は出来るだけ休みたいと思うのが人の常である。
「んー。なるほど。やっぱり眠くなっちゃうもんね」
にこりと笑うアルクェイド。
「食べた後すぐ寝ると太るんだけどな」
「わ、わたしは真祖だから平気だもん」
「はいはい」
そんな下らない事で真祖を主張せんでもいいだろうに。
「……とにかく、そこでつけ置きの出番ってわけ」
俺はついにその攻略法の名前を披露した。
「つけ置き? どうやればいいの?」
「ん。まずは皿の大雑把に汚れを落とす」
「結局洗わなきゃいけないわけね?」
「まあそういうな。残りの皿一気にやるぞ」
「……はーい」
残りの皿を本当に大雑把に洗う。
「これじゃ全然汚れ落ちてないわよ?」
「いいのいいの。で、次。別の桶に水を入れて、そこに皿を入れる」
まだ汚れのついた皿をそのまま皿を突っ込んでしまう。
「それで?」
「洗剤を数滴ちょちょいと入れる」
桶の四箇所くらいに洗剤を落としていく。
「後は待つだけだ。ちょっと休憩しよう」
「え? いいの?」
アルクェイドはきょとんとしていた。
「ああ。本当なら一番最初につけ置きするのが効率いいんだけどな。今回はまず皿洗いの楽しみを知ってもらう事にしたんだ」
いきなりつけ置きして待ちましょうじゃ面白くもなんもとない。
「ふーん。まあ休んでいいなら休んじゃうけど」
「プリンでも食うか?」
「あ、食べる食べる〜」
そんなわけで、プリンなど食べつつまったり過ごす。
「さて20分が経ちましたと」
「あ、もう?」
二人で喋っているとそれくらいの時間はあっという間なのである。
「ああ。さ、やってみますかねと」
桶の中を探してさっきアルクェイドが苦戦していた皿を見つけ出した。
「ほら、やってみな」
「えー?」
さっき苦労したもんだから、アルクェイドは渋い顔をしていた。
「いいからいいから」
「……わかったわよ」
そうしてさっとスポンジを動かしてみると。
「わ」
「どうだ?」
「す、凄いっ。ちゃんと落ちた」
「だろ? これがつけ置きパワーだっ」
と自慢げに言っても理屈はよくわかってないわけだが。
とにかく落ちる物は落ちるのだ。
「これならどんなものでも楽勝ねっ」
「ああ」
これで洗剤名を告げればCMのいっちょあがりである。
誰か俺たちにそういうバイトでも紹介してくれないもんだろうか。
「とにかく一気に片付けるぞっ」
「はーい」
後はもう本当に楽勝だった。
洗っては光り、洗っては輝き。
「はい、全部終了っ!」
アルクェイドが最後の皿を置いて全ての仕事が終わった。
「はい、お疲れさんでした」
「お疲れさまっ」
共同作業での達成ということで感動もひとしおだった。
「どうだった?」
まあ聞くまでもないけど尋ねてみる。
「うん。お皿洗いは結構楽しいわね。遊んでるみたいだったし」
なるほど、こいつに仕事をやらせるコツがなんとなくわかった気がした。
つまりなんでも仕事としてではなく、遊びとして考えればいいのである。
それはあらゆる場面で役に立つ考え方だから、覚えておいて損はない。
単語をひとつ覚えたらお菓子を食べられるんだとか、そんな下らない自分ルールでも結構能率はあがるものだ。
「それにしても志貴」
「ん? なんだ?」
アルクェイドはにこにこした顔のままでこう言うのであった。
「志貴って立派なお嫁さんになれそうねっ」
「せ……せめて主夫と言ってくれないかなぁ」
続く
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