さすがは琥珀さん。ゲーム仕立てにしてやる気を出させるという展開を簡単に持っていった。
これぞプロの仕事というやつである。
「へえ。面白そうじゃない。やりましょ」
アルクェイドの表情も輝き始めていた。
「はい。では準備いたしましょう〜」
「チキチキハタキ大捜索か……」
ただ、琥珀さんが考えたゲームである以上、それはとてつもない難易度を誇りそうな予感がするのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その8
「はい、そんなわけでハタキを隠してまいりましたよ。シッシシシシ」
帰ってきた琥珀さんは奇妙な笑い方をしていた。
「……チキチキだから?」
「チキチキですからー」
俺の問いに満面の笑顔で答える琥珀さん。
「ねえ、何の話?」
「いやまあこっちの話」
チキチキマシンに乗ってる犬の笑い声と言えばわかるだろうか。
「それでルールはどうなってるのかな」
「ルールは簡単です。ここからぞうきんがけで競争をして頂きます」
「……ぞうきんがけで競争」
なんかもう、聞いただけでかなりしんどそうな感じがする。
「で、曲がり角ごとにヒントカードが置いてあります。ゴールに辿り着いたらそのヒントを元にハタキを探して下さいませ」
「大変そうだね」
「大丈夫ですよー。志貴さんとアルクィドさんだったらやり遂げられますっ」
「つーか俺も数に入ってるんだ」
メイドになりたいのはアルクェイドだけなのに。
「レースは一人じゃ出来ませんもん」
「何なら琥珀さんも一緒にどう?」
「あはっ。わたしは隠し場所を知ってますから参加してもしょうがないですしー」
「……なんかうまくはめられた気がする」
完全に琥珀さんの思うがままになってるじゃないか。
「気のせいですよー」
「いやいやいやいや」
絶対おかしいってこれ。
「とにかく始めましょう。アルクェイドさんなんてやる気満々ですよっ」
「え?」
見ると、バケツの中からぞうきんを取り出してぎゅっと絞っているアルクェイドの姿が。
「志貴には負けないからねっ」
「……はぁ」
あいつが俺抜きでやる気出してくれる方法ってのはないもんかなぁ。
「わかったよ。しょうがない」
適当にぞうきんを絞って構える。
「では宜しいですね? いちについて……」
「……」
「……」
たかがゲームといえど、スタートの瞬間は緊張してしまうものだ。
「よーい……」
「……」
「……」
精神を集中させる。
一瞬でも早く相手より前へ。
「どんっ!」
だっ!
俺は勢いよく地を蹴った。
かなりの好スタートのはずだ。
一瞬横を見たがまだアルクェイドは踏み切っていない。
これならいけるっ。
「……と言ったらスタートですからねー」
ずるべしゃあっ!
「おや、どうなさいました?」
「こ、琥珀さん……それ、ベタすぎ」
「あはっ。ベタですけど予想以上の効果でしたねー」
琥珀さんの言葉で思いっきりひっくり返ってしまった俺。
「ちょ、志貴、離れてよっ」
「……おまえが止まらないのが悪いんだろうが」
そこにアルクェイドが突っ込んで来たもんだから、それはもう大変な事になってしまっていた。
このままじゃいかんとなんとか動いてみると。
「やだ、そんなとこ触っちゃ……」
アルクェイドがやたらと艶かしい声を出す。
「そ、そんな事言ったってしょうがないだろ」
せっかく人が意識すまいと思っていたのに台無しである。
「わ。なんてハレンチなっ。恥ずかしくて見ていられませんよー」
「琥珀さん口とやってる事が違うっ」
琥珀さんはそばに座りこんでそんな俺たちの様子をじっと眺めていた。
「見てないで助けてくださいって」
必死で頼みこむ俺。
「えー? まさか三人でですか? さすが志貴さん。やる事が違いますね」
「お、怒りますよっ?」
何を訳の分からない事を言ってるんだこの人は。
そりゃ三人でってのも興味あ……ごほげほ。
「はーい。じゃあ助けますよー」
よっこらせと俺の体を引っ張ってくれる琥珀さん。
「……ふぅ」
ようやく体を動かせるようになった。
「志貴のえっち」
胸を押さえて顔を赤くしているアルクェイド。
「だからおまえがぶつかってきたんだろうに」
不可抗力の事故だったわけである。
「でも志貴さんが転ばなきゃそうはならなかったわけですしー」
「そうよそうよっ」
「……」
けれどいつでも悪者にされるのは俺なのだ。
「それを言ったら琥珀さんが変なスタートを……」
「はい。ではスタートの合図もちゃんと確認できた事だし、今度こそ始めましょうか?」
「……はーい」
変に絡むと余計に立場が悪くなってしまう。
抗議を諦めて再びスタートについた。
「今度は邪魔しないでよ?」
「わかってるよ」
「いちについて……」
「……」
再び意識を集中させる。
「よーい、どんっ!」
「それっ!」
「……くっ」
最初のあれのせいで琥珀さんのフェイントを意識してしまい、完全に出遅れた。
よってアルクェイドの後ろを追っていく形となる。
「出来ればずっと先攻していきたかったんだけど……」
当然こういうレースは先に出たほうが有利だ。
だがそういう基本以外にも先に出なくてはいけない理由があったのである。
「それそれーっ」
「……」
ぞうきんがけというものがどういう姿勢でやるものかわかるだろうか。
それは四つんばいの格好で、腰を半分あげるような形で進んで行くのだが。
つまり俺の目の前には。
「ほらどうしたの志貴っ。遅れてるわよっ」
「……わかってるよ」
ふりふりと動くアルクェイドのお尻があるのである。
「くそう……」
それはもちろん見慣れ……もとい、意識しようとしなければ大した障害ではない。
だが最初の激突がいけなかった。
あのもみくちゃのせいで、今や完全にアルクェイドを意識してしまっている。
こんな状態では勝てるはずがない。
「ヒント一枚目ゲットッ」
「くっ……」
きゅっきゅっきゅっきゅっきゅっきゅ。
「二枚目っ」
「……ぬう」
きゅきゅきゅのきゅ。
「三枚目っ」
「や、やるなぁ」
きゅきゅきゅーきゅきゅきゅきゅきゅ。
「そして……ゴールっ!」
「……」
ついに俺は一度もアルクェイドを抜く事が出来なかった。
「あはは、完全勝利ね志貴」
「ああ、そうだな」
だが全く悔いなどなかった。
「ん……? なんか気持ち悪いわね。負けたのにどうしてそんな嬉しそうなのよ」
「いや、なんでもないよ」
何故なら、俺は勝利なんぞより遥かに価値のあるものを見続けてこられたのだから。
「志貴さんなにやらご満悦ですよ? えろえろですねー」
「う、うるさいなあ」
言葉だけでも綺麗にまとめようとしたのに、琥珀さんの登場で台無しになってしまうのであった。
続く
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