だが全く悔いなどなかった。
「ん……? なんか気持ち悪いわね。負けたのにどうしてそんな嬉しそうなのよ」
「いや、なんでもないよ」
何故なら、俺は勝利なんぞより遥かに価値のあるものを見続けてこられたのだから。
「志貴さんなにやらご満悦ですよ? えろえろですねー」
「う、うるさいなあ」
言葉だけでも綺麗にまとめようとしたのに、琥珀さんの登場で台無しになってしまうのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第六部
姫君とメイド
その9
「んじゃヒントカードを見てみましょうかね」
アルクェイドはエプロンのポケットから手に入れたカードを取り出している。
「……うわ、鮮やかにスルーですか?」
琥珀さんはもっとアルクェイドが絡んでくると思っていたらしい。
「だって、何がどうしてえろえろなの? 普通にレースしてただけじゃないの」
「ですからー」
「ああ琥珀さんの事は無視していいから。ヒント見ようヒント」
説明されたらまた話が脇道へ逸れてしまう。
「ん? まあいいけど……えーと」
一枚目のカードを開くアルクェイド。
『一階にはありません』
「ってことは二階にあるのかしら?」
「いや、庭って可能性もあるだろう」
なんせ隠したのはあの琥珀さんなのだから。
「あ、ハタキを隠したのは屋敷内ですよ?」
「え?」
「……おっと、わたしがヒントを言っちゃカードの意味がないですね」
くすくす笑っている琥珀さん。
「なんか怪しいわね」
「だな」
わざわざそんな事を自分から教えてくれるだなんて。
何か裏があるんじゃないだろうか。
「何も怪しくないですよー。ささ、二枚目もどうですか?」
「ううん。取りあえずこれでいいわ」
「アルクェイド?」
ヒントカードはあと三枚もあるのに、アルクェイドはそれらをポケットに仕舞いこんでしまった。
「よくクイズ番組とかであるじゃない。少ないヒントのうちにクリアすると点数がたくさんもらえるってやつ」
「あるけど……別に点数なんかないわけだし」
「あ、それいいですね。いただきです」
「……うわ」
アルクェイドの言葉が琥珀さんの悪戯心に触れてしまったようだ。
「ヒントが少ないうちにクリアしたらわたしからボーナスを差し上げますよ」
「……どんなボーナス?」
琥珀さんだけあってまるで期待出来ないんだけど。
「嫌ですよ志貴さん。それをわたしの口から言わせるんですか?」
くねくねと怪しい動きをする琥珀さん。
「……ちょっと琥珀。そういうのだったら却下よ」
「そういうのってどういうのです?」
「だからえっ……」
「はいはいストップストップ。琥珀さん挑発しない。アルクェイドもかっかしない」
慌てて間に入る俺。
「はーい」
「……はーい」
聞いてる俺の方が恥ずかしいじゃないか。まったく。
「ボーナスは適当にデザート一品追加とかでいいから」
「普通ですねぇ」
「普通でいいの」
確かにそういうのは魅力的だけど……っていかんいかん。
こんなんだから琥珀さんにからかわれるんだぞ、俺。
「とにかくこのヒントだけで探してみよう。簡単に見つかるとは思えないけど」
「そうね。端から順番に行きましょう」
こうして俺たちは端の部屋からハタキ捜索を始めるのであった。
「ここもないわね……」
「だなあ」
真ん中あたりまで探して来たけれど、それらしきものはまるで見当たらなかった。
「なんだかんだで掃除もしてきちゃったし……」
「だってあのまま放置するわけにもいかないだろ?」
中には本当に使われた形跡がなく、埃だらけの部屋などもあったりしたのだ。
あんまりにも酷いので見るに見かねてぞうきんで掃除してきたわけである。
「そういう部屋は翡翠ちゃんも拒絶反応を起こしちゃいますからねー」
「なるほど……」
潔癖症の気がある翡翠には埃だらけの部屋は酷だろう。
翡翠が掃除しないから余計に部屋が汚くなるという悪循環。
「お客さんが来られた場合でも、掃除してある客室を使えば済む話ですし」
「だよなあ」
空いている部屋を使ってマンション経営とかやったら儲かるんじゃないだろうか。
「っていうかほとんど秋葉さまがその日のうちに追い返しちゃいますから客室も使わないんですよね」
「……はっはっは」
確かにこの屋敷に誰かが泊まったなんて話聞かないからなあ。
「ん? 何? わたしの顔に何かついてる?」
「いや、なんでも」
ごく一部の例外を除いては。
「っていうか琥珀さん」
再び話を戻す。
「はい、なんですか?」
「翡翠が掃除できなくてもさ。琥珀さんが掃除してればあんな事になってなかったんじゃ?」
少なくとも埃まみれということはなかったはずなのだが。
「触れば花瓶が割れるというわたしがですか?」
「……なるほど」
いちいち納得したくなる理由ばかりだった。
「いや、ほんとアルクェイドさんがメイド立候補してくださって助かりますよ」
「調子いいのね、琥珀」
お世辞に弱いアルクェイドもさすがに苦笑いしていた。
「あはっ。さあ次の部屋に行きましょう。次こそはあるかもしれませんし」
「うーん。どうしよっか志貴」
「真ん中まで来て見つからないんだから……もう一枚ヒント見てみてもいいんじゃないかな」
残り半分の中に誇りまみれの部屋がいくつあるかわかったもんじゃないし。
「じゃあ好きなの選んでいいわよ」
「……」
二人一緒にヒントカード見てるんじゃ最初のレースの意味なかったじゃん。
「ほら、どれでもいいから」
まあそういう事を言うのは野暮ってもんだろう。
「じゃあ……これ」
残り三枚のうちの真ん中を選んでみる。
「これね? どれどれ」
開いて中を覗く。
『志貴さんの部屋の傍にあるような無いような……』
「うわ、凄い大ヒントですね」
「あるような無いようなって表現が不安だけど」
少なくとも二階をやみくもに探していたさっきまでよりはマシか。
「……これ見てれば他の部屋の掃除なんてやらなくてよかったって事よね」
「まあそうだな」
「ちぇー。損しちゃった」
口を尖がらせてるアルクェイド。
「だったら他のヒントカードも全部見ちゃえよ」
俺は苦笑しながらそう言った。
「やだ。こうなったら全部見ない状態でクリアするんだもん」
「はいはい」
めんどくさがりのくせに、そういうとこだけは変にガンコなんだよなあ。
「じゃあ取りあえず俺の部屋に戻ってみるか……」
「あるといいですねー。わたしのハタキ」
「こうなったら徹底的にやるわよーっ」
「……」
もしかして、ハタキを発見した頃には二階全てが綺麗になっているんじゃないだろうか。
それは精神的とてもいいことかもしれないけれど、肉体的にはとてもよくない事のような気がするのであった。
続く