「ほ、ほら。もうご飯でしょ? それまでになんとかするからっ」
「わかったよ」

どうにもアルクェイドが必死なので、なんだか聞き出すのも悪い気がしてきた。

「いいの?」

きょとんとしているアルクェイド。

「なんとかできるんだろ。だったらいい」
「うん、たぶん」
「……」

やはり聞き出すべきか。

「志貴さま、上へおいでですか?」

そこへ、翡翠の声が響いた。

「ほら、行ってきなよ。だいじょーぶだから。問題起こさないって」
「絶対だぞ」
「うん、絶対」
「よし」

念を押しておいてなわばしごを降りていく。
 

「うーん、妹のじゃ問題外だし……翡翠と琥珀の……どっちがいいかな……」
 

何やら怪しげなことを呟くアルクェイドの声が、どうにも不安でたまらなかった。
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
その7









「……さん。兄さんっ」
「あ、え?」

ふと気付くと目の前で秋葉が怪訝そうな顔をしていた。

「ああ、うん、なに?」
「何じゃありません。どうしたんです? 先ほどからずっと上の空じゃないですか」
「いや、ちょっと考え事をしてただけだよ。はは」

そういえば食事にもほとんど手をつけてなかった。

「何か悩み事でもあるんですか?」
「大した事じゃないって。なんでもないんだ」
「そうですか……」

秋葉はどこか納得いかないようだったが「私で協力できることならいつでもおっしゃってください」と言って再び食事を再開し始めた。

「悪いな」

秋葉がこんなことを言ってくれるなんて、正直かなり嬉しいことだ。

だが。

まさか秋葉に言えるわけが無い。

悩み事の元凶はアルクェイドで、おまけに今は俺の屋根裏部屋にいるだなんて。

アルクェイドは色々気になることをいくつか言っていた。

まとめるとこうだ。

俺がそれを聞くと『えっち』なことで何かは『秘密』。

そして『ご飯の時間の間にはなんとかなる』もので『秋葉のでは無理で、翡翠と琥珀さんのどちらのかがいい』もの。

なんだそれは。

さっぱりわからない。

やはりどうしても心配である。

よし。こうなったらさっさと食事を切り上げてアルクェイドの様子を見に戻ろう。

「いっただっきまーすと」

急いで食事を進めよう。

「う」

そこで今更ながら。

食卓に並べられているそれに気がついてしまった。

「こ、琥珀さん。今日、カレーなんだ?」
「はい。カレーですよ。いけませんでしたか?」

首を傾げる琥珀さん。

「いや、悪いってことはないんだけど」
「今更何を言ってるんですか兄さん」

秋葉は呆れた様子で俺を見ていた。

「だ、だからそれは考え事してたからだよ」

苦笑して返す。

そう。目の前にあるのはカレー。

牛肉のたっぷり入ったビーフカレーである。

最近の俺は色々と複雑でもないが、厄介な事情で最近の昼ご飯はほとんどカレー関係になってしまっているのだ。

「なるほど……わかりました。兄さんの悩みが」
「え?」

気付くと秋葉が目を閉じて腕組みをしていた。

しかも悩みがわかったってどういうことなんだろう。

「つまり兄さんの悩みはあの女のことなんですねっ!」

ぎくっ。

ばれてしまったのか?

まさか、俺はそんな素振りを見せなかった……いや、見せてたかもしれないけど。

「あ、あの女って誰のことだよ」

なんとか平静を装って尋ねる。

いや、誰の事って尋ねる時点で肯定してしまったんだろうか。

まずい。とてもまずい。

「あの女と来たら先輩と言う立場を利用して……まったく」

秋葉はむっとした顔でぶつぶつと呟いている。

「せ、先輩?」

俺の知っている限り秋葉のいう「先輩」という人物はひとりしかいない。

「シエル先輩のことです。どうせまた兄さんにカレーを食べさせたんでしょう」
「いや、えーと、その」

それはものすごい勘違いだ。

確かに戦隊もののイエローレベルにカレーが大好きなシエル先輩は俺にカレーを薦めてくる。

自作のカレーを食べさせたりもする。

しかし今日は別にそんなことはなかったのだ。

まあ、確かに昨日のお昼はカレーうどんだったけど。

「まったく。琥珀も今度からはカレーを作らなくていいわよ。いえ、それよりもシエル先輩をどうにかしたほうが……」

勘違いしたままの秋葉。

「そうなんですかー。ごめんなさいね、志貴さん。次からはお昼にカレーを食べたとお伝え下さい。別のメニューを考えておきますので」

ぱちりとウインクする琥珀さん。

うん、秋葉とシエル先輩には悪いがこの場はそのまま勘違いしてもらってたほうがよさそうだ。

「いや、そうなんだよ。それでどうしようかと悩んでたんだけど」
「やっぱりですか。本当にもう。兄さんの肌がカレー色になったらどうするつもりなんです」

秋葉にしてはえらく非科学的なことを言った。

「別にカレーを毎日食べていたからといってカレー色の肌にはならないだろ」

そもそも日本人は黄色人種と呼ばれるくらいだから肌は若干黄色ぎみなのである。

「そ、それはもののたとえです」

秋葉は頬を赤らめて、こほんと咳払いをした。

「私は栄養のバランスのことを考えてですね」
「カレーって案外バランスいいんですよ?」
「くっ……余計なこと言わないで、琥珀」

秋葉も琥珀さんにかかっちゃお手上げである。

「あはっ。ごめんなさい。しかしどうしましょうか。それなら志貴さんのカレーはお下げして、別の料理を作りましょうかね」

またぱちりとウインクする琥珀さん。

ああ、なるほど、そういう作戦なのか。

「そうだね。なら何か作ってくれよ」

そう、何も準備なしでいつもより多く料理を作れば秋葉も怪しむだろう。

しかしこうして料理を下げさせれば、余ったものはごく自然にアルクェイドに持っていけるわけだ。

恐るべき、琥珀さんの策略。

まあアルクェイドがカレーを嫌がりそうだということはこの際置いておく。

「すぐにお持ちします、お待ち下さいねー」

琥珀さんは俺のカレーを持って去っていった。

「まったく……」

秋葉は溜息をついている。

「まあまあ。俺は別に気にしてないしさ」

むしろ全てがうまくいっているようで、かなり嬉しかった。

「……それならいいんですけど」

むぅ、と頬を膨らませている秋葉。

「あの、志貴様」
「ん?」

声に振り返ると、翡翠がぺこりと会釈していた。

「少し宜しいですか?」
「ああ、うん、なに?」
「翡翠。兄さんは食事中よ。それに、今までどこに行っていたのよ」
「……それは」

少し困った顔をする翡翠。

しかも秋葉の言葉からすると、翡翠はいつものように俺の後ろに立っていたのではなく、今しがたここに現れたということになる。

「まあまあ、翡翠だって色々あるんだからさ」

まずは翡翠をフォローしておく。

「ですが……」
「俺も琥珀さんが料理作りなおすまで時間あるから、いいよ」
「……」

秋葉は何か言いかけたが、すぐに「わかりました、どうぞ」と許可をくれた。

その顔は少しだけ不満そうだったけど。

「サンキュ」

秋葉にお礼を言って翡翠と一緒に廊下へと出て行く。
 
 
 
 

「で、どうしたんだ翡翠」

なんとなくアルクェイド関連で何かがあったような気がする。

むしろそれ以外では思いつかない。

あのばか、何をしでかしたんだろう。

「あの……その」

翡翠は少し俯き加減で、なんだかもじもじしていた。

「どうしたの? 言いづらいこと?」
「その、秋葉様には内密にしていただきたいのですが」
「ああ。アルクェイドが何かしでかしたんだろ?」
「いえ……その、アルクェイドさんは多分関わっていないと思うんですが」

目の焦点も定まっていない。

翡翠はかなり困っているようだった。

「どうしたんだよ。何があったの」
「その……」

翡翠はほとんど消え入りそうな、小さな声でぽつりと言った。
 

「私の……下着が、盗まれたみたいなんです」
 

その言葉を聞いた瞬間、俺はくらりと眩暈がしたのであった。

続く



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