晩御飯の後、アルクェイドがごろごろと喉を鳴らして俺に引っ付いてきた。
「おう、何して遊ぼうか?」
「んー、じゃあね。トランプ」
「そうかトランプか。アルクェイドは強いもんな」
「志貴だってなかなかじゃない」
「そうかぁー。負けないぞー」
「……琥珀、あの鬱陶しい二人を何とか出来ない?」
「いやー、あれはちょっと難しいですねー」
何やら外野が騒がしいけど、まるで気にしない。
「……恋は盲目とはよく言ったものです」
「うっわー! ババ引いちゃったよ。まいったなー!」
「あっははは、志貴ってばドジー」
「もはやただのバカにしか見えないんだけど」
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
「よし、揃った!」
「あ、またなの?」
「運がいいんだなきっと」
「あのー。二人でババ抜きやってたら揃うのは当たり前だと思うんですが」
ひょい。
アルクェイドが俺のカードを引き抜く。
「あ、わたしも揃ったー」
「げっ! なんてこった!」
「……ツッコミがないのはとても悲しい事です」
「琥珀、貴方も黙っていいわよ」
「うー。じゃあ秋葉さまが何とかしてくださいよ」
「関わりたくないのが本音よね」
「みんな、ちょっと静かにしてくれよ。集中出来ないだろ」
まったく騒々しいんだから。
「うわ、志貴さんのくせに偉そうですよ秋葉さま?」
「……くせにって酷いなあ」
「ああっ! やっとマトモな反応が! 志貴さんはこうでないと!」
なんだかよくわからないが琥珀さんはやたら嬉しそうだった。
「何かあった?」
「あのですねえ」
大きくため息をつく秋葉。
「いちゃつくのを止めろとは言いません。ですが、やるならご自分の部屋でやって下さりませんか?」
「別にいいじゃないか。俺たち恋人どうしなんだから。なあ?」
「ねー?」
二人して笑いあう。
「……志貴さまが壊れてしまいました」
「違うよ翡翠。俺は真実に気付いたんだ」
「真実?」
「そう。世界はこんなに輝いていたってことに!」
「……」
翡翠は何故か頭が痛そうだった。
俺がこんなにいい事を言っているというのに。
「そしてそれは、アルクェイド! おまえのおかげなんだよ!」
「うわ、志貴ってばはっずかしーい!」
顔を真っ赤にして悶えるアルクェイド。
「でもでもっ、わたしのほうが志貴のこと好きなんだからっ!」
「なにをう? 俺のほうが好きだぞっ!」
「……あれ、本気でやってるんですかね?」
「……でしょうねえ」
はて、何故ギャラリーは引いているんだろうか。
「今日という素晴らしい一日に乾杯!」
「ただの変な人ですよ、あれ」
「反動が凄まじかったんでしょうね……」
「む」
反動。
確かにそうだ。
俺とアルクェイドは付き合っていながら、ずっと影でこそこそしていなくてはいけなかった。
それは俺がみんなに嫌われたらどうしようとか、すごくつまらない理由だったのだが。
勇気を出して本当によかった。
おかげでアルクェイドは屋根裏部屋に堂々と……ってのもおかしいが、堂々と住めるようになったし。
こうやってみんなの前でおおっぴらにいちゃつける。
「今はすっごく幸せだよ……」
「あー、なんかもう突っ込む気にもなりませんねえ」
「……部屋に戻りましょうか」
秋葉はやたらと疲れた顔をして部屋を出ていった。
「わたしもお暇いたしますー。あてられてしまいますのでー」
「失礼致しました」
「ありゃ」
琥珀さんも翡翠もいなくなってしまった。
「ババ抜きみんなでやればよかったかもね」
「ま、それはまた今度だな」
これからはどんな事だって出来るんだから。
「あせる事はないよ」
「そっか。じゃあスピードでもやる?」
「げ。あれは勝てる気しないんだよなあ」
「わたしハンデで3枚だけにしてあげるから」
「……言ったな?」
この俺を甘く見てもらっては困る。
周知の通り普段はダメダメだが一瞬のスピードならば自信があるのだ。
「いざ勝負!」
「勝負っ!」
「……負けた」
結果は惨敗だった。
「あっはははー。志貴よっわーい」
「くそう。アルクェイドには敵わないなあ」
だがそんなに嫌な気分ではない。
ちょっと前だったら意地でも勝とうとしたんだろうが。
「愛って偉大だよな」
「あっは。志貴変な事言ってる」
「変じゃないさ。大真面目だよ」
「……あははははは」
照れくささそうに笑うアルクェイド。
「キス……しよっか」
「ああ」
俺たちはそれが当然の事のようにキスをした。
舌と舌を絡ませあう甘ったるいキス。
「……この後はさすがにまずいから、部屋で……ね?」
なんて意味深にウインクをするアルクェイド。
「今夜は寝かせないぜ」
「やーだ、志貴のえっち」
「あははははは」
「あは、あははははっ」
ああ、ホント人生って楽しいなあ!
「はい、志貴。あーんして」
「こ、こら。止めろってば」
「いいじゃないの。はい、あーん」
「……あ、あーん」
ぱく。
「どう? 美味しい?」
「ああ。美味しいよ」
「よかったー」
「……いや、それわたしが作ったんですけどね?」
「琥珀。アレはもう無視なさい。下手に絡んでもつまらないだけよ」
「うー、つまらないですねぇ」
「……平和でいい事だと思います」
「あははははは」
「うふふふふふ」
ああもう、なんてかわいい奴なんだこいつは。
「……翡翠ちゃん、あれは平和なのかな?」
「多少やりすぎかとは思われますが」
「多少なんてもんじゃないわよ。今時恋愛小説だってあんなのないわよ」
「おや秋葉さま。恋愛小説に興味がおありで?」
「そ、そんな事は言ってません!」
「ほら、今度は俺が食べさせてやるよ」
お返しとばかりにアルクェイドへおかずを取ってやる。
「えー? じゃあ、えへへ……」
ぱく。
「美味しいか?」
「うん、とっても」
「……なんか、わたしたちいてもいなくてもどうでもいい存在になってません?」
「そう思うでしょう? でもね」
秋葉がすっと立ち上がった。
「お。出かけるのか?」
「……ほら、妙なところだけ反応速度が速い」
「それはもう普段からの癖になってるんじゃないかと。特に秋葉さまの一挙一動については」
「どういう見解かしら?」
「あ、あはっ。わたしちょっと急用を思い出しましたー」
琥珀さんはすたこらさっさと部屋を去っていった。
「待ちなさい! もう」
渋い顔をしてそれを追いかけていく秋葉。
「みんな、もっと大人になるべきだよな」
「そうよね。寛大な心を持たないと」
「……複雑です」
「ん? 何か言った?」
「いえ、どうぞお食事を楽しんでください」
「そっか。じゃあもう一度食べさせてやろうかな」
「えー。やだもう、ばかー」
「……」
多分この頃は俺とアルクェイドにとって最も幸せな時間だった。
だがそれがひょんな事で崩れてしまうとは。
この時は微塵も考えてもいなかったのである。
続く