「ねえねえ志貴ー。遊びに行こうよ」
「ん? また今度な」
「えー?」
「……いや、えーじゃなくてな?」

最近の俺は正直言ってアルクェイドの誘いに辟易していた。

「ここんとこ毎日じゃないか」
「だって恋人なんだもん。当然じゃない?」
「……」

そりゃ最初は楽しかった。

今までこそこそ悪い事でもしているようだったのが、堂々といちゃつけるようになったんだから。

けれどそれが毎日となると、疲れも溜まってくるわけで。

「今日はちょっと一人で休みたいんだ」

倦怠期とか言ったらバカにされるんだろうな、きっと。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その10









「つまんなーい」

むぅと頬を膨らませるアルクェイド。

「琥珀さんと遊んで貰えばいいじゃないか」

あの人は遊びとかネタに関しては天才だからアルクェイドと意気投合出来ると思うんだけど。

「志貴がいいの」
「むぅ」

嬉しいやら悲しいやら。

「たまにはいいじゃないか」
「ぶーぶー」
「……まったく」

しょうがないなと諦めて付き合う事にする。

「わかったよ。どこに行く?」
「ほんとっ? じゃあ……」

こうしてアルクェイドと一緒に出かけるのが最近の俺の日課である。
 
 
 
 

「前に動物園行ったじゃない?」
「ああ」

特に目的地もなくぶらぶらと歩く俺たち。

アルクェイドがふとショーウインドウの前で足を止めた。

「ぬいぐるみとか買おうかなと思って」

そこには巨大なクマのぬいぐるみが置かれている。

「……結構好きだよな、おまえ」

こいつは俺をデフォルメしたぬいぐるみを持っていたりするのだ。

「だってカワイイじゃない」
「まあな」

それがタコのぬいぐるみと並んでいるのを見た時にはなんとも言えない気もちになったもんだ。

「あとマンションに置いてきたのも持って来たいのよね」
「行っても大丈夫なのか?」
「ちょっとくらい大丈夫よ」

コイツは今、俺の家の屋根裏部屋に住んでいるのだ。

それはマンションの住人の健康診断だったかなんだったか、そんな事がきっかけだったのだが。

なんだかずいぶん昔の話のような気がする。

「ねー、志貴、あれ買ってー」

アルクェイドは巨大クマの隣にあった、なんだかよくわからないぬいぐるみを買って欲しいとねだってきた。

「……子供じゃないんだからそういうねだり方はやめたほうがいいと思うぞ」
「子供でもいいから買ってよー」

まったく、こういう時ばっかり甘えてくるんだからなあ。

ゴロニャーゴと猫の鳴き声が聞こえてくる気がする。

「おまえの趣味はいまいちよくわからないな」

っていうか周囲の目線が痛い。

「志貴に言われたくないわよー」
「じゃあおまえを選んだのも趣味が悪いってか?」
「……その言い方はずるいわよ」

むぅと顔をしかめるアルクェイド。

「いや、冗談だけどさ」

周りのギャラリーは思っているだろう。

なんでこんなメガネがあんな美人と?

俺もそう思う。

そもそも俺がこいつを分割したという最悪な出会いから、恋人にまでなってしまうだなんて。

どんなファンタジーだよそれ。

「で、買ってくれるの?」
「くっ、覚えてたか」

話を逸らせる作戦は失敗に終わってしまった。

「わたし、時々思うんだけど」

そこで何故かにこりと笑うアルクェイド。

「なに?」
「志貴、わたしの事バカだと思ってるでしょ」
「うん」
「……やっぱり」
「はっ!」

しまった、ついうっかり本音が。

「いや全然そんな事はないよ」
「じゃあ、買ってくれる?」
「そ、それとこれとは別で」
「ちぇ」

不満そうに口を尖らせるアルクェイド。

「まあ今日は許してあげる」
「……ありがとうございます」

なんか俺って尻に敷かれそうだよな。

いやもうこれって敷かれてるんじゃないだろうか。

「他の場所に行きましょ」
「あ、うん」

いかんな、もっと主体性を持たねば。
 
 
 
 

「そろそろ帰るよ」

そうと決まれば早速実行である。

俺は公園の前でアルクェイドにそう告げた。

「えー、なんでよ」
「さっきも言ったけど、今日はゆっくり休みたいんだ」

このままじゃ俺はアルクェイドにいいように扱われるだけの存在になってしまう。

それじゃダメなんだ。

互いに互いの事を支えあってこそ恋人ではあるまいか?

なんて理想論だけど。

「せっかく外に出てきたんだし」
「もう十分だろ? 明日もあるんだし」
「うー」
「うーじゃなくて」
「ぶーぶー」
「ぶーぶーでもなくて」

子供どころか赤ん坊を相手にしている気分である。

「志貴、わたしの事嫌いになったんだ」
「……なんでそうなるんだよ」

いくらなんでも考えが飛躍しすぎだろ。

「そうよ。わたしがあんまりしつこいから邪魔になったんだ」
「自覚してんのかよ」

してるならもうちょっとどうにかすればいいのに。

「だって、遊びたいんだもん」
「そこをどうにか調整するのが大人なの」
「……そんなのだったら大人になんかなりたくないわ」

その体の発育具合でそれを言うか?

「おまえさ、真祖の姫君なんだろ?」
「いきなり何よ」
「やらなきゃいけない仕事だってあるはずなんだ。そういう時どうするんだよ」

ネロやワラキアみたいなヤツが出てきたら、それを倒すことが出来るのはこいつのような力をもった存在だけなのである。

「そ、それは」

俺の問いに戸惑った表情をするアルクェイド。

「志貴も一緒に連れて」
「俺には俺の生活があるんだ。ついていけない時だってある」
「……ずるいよ、志貴は」

アルクェイドは今にも泣きそうな顔をしていた。

「う」

まずい。

この問いかけは、もしかしたら一番してはいけないものだったのかもしれない。

「志貴だって反則的な力持ってるくせに。わたしばっかりそういう事やれって言うんだ」
「い、いや、それは……」
「志貴のバカ! もう知らない!」
「あっ!」

アルクェイドは物凄いスピードで走り去ってしまった。

「まずったなあ……」

いくらなんでも無神経すぎたか。

「……どうかしてる」

本当にどうかしてる。

昔の俺だったらそんな事言わなかっただろう。

気にもしなかったはずだ。

「……」

真祖の姫君か。

アルクェイドと一緒にいるからには、きっとそれは永遠に付きまとう問題なんだろうな。

「……いや」

考えるのはやめよう。

とにかく今はアルクェイドを探すことだ。

「おーい、アルクェイドー」
 

俺はアルクェイドの名前を呼びながら公園内を探し始めるのであった。
 
 
 

続く



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