アルクェイドと一緒にいるからには、きっとそれは永遠に付きまとう問題なんだろうな。
「……いや」
考えるのはやめよう。
とにかく今はアルクェイドを探すことだ。
「おーい、アルクェイドー」
俺はアルクェイドの名前を呼びながら公園内を探し始めるのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その11
「……いない、か……」
公園の端から端まで探してみたが、アルクェイドの姿はどこにもなかった。
「……まあ、そのうち戻ってくるだろ」
そもそも我侭言い出したのはあっちなんだから。
「アルクェイドー。ちゃんと晩飯前には帰って来いよ!」
そう叫んで公園を後にする。
帰り道で追いかけてくるかと思いきや、てんでそんな素振りはなかった。
あいつめ、まったく。
「志貴さま、お帰りなさいませ」
「ああ、ただいまっ」
「……どうかなされました?」
「え、あ、いや」
つい翡翠に強い口調で当たってしまった。
「なんでもないよ。気にしないでくれ」
「志貴さまがそう仰せられる時は大抵何かしらあるのですが」
「う」
思いっきり怪しまれてる。
「いや本当に何もないから、大丈夫、うんっ」
「……はぁ」
逃げるようにその場を立ち去る俺。
「さてはアルクェイドさんと喧嘩でもしましたか?」
「うぐっ!」
しかし次の瞬間、一番厄介な人が目の前に現われた。
「いやはや偶然って怖いですねえ」
「……」
くすくすと口元を隠して笑う琥珀さん。
「まあ今の反応でだいたいはわかったんで聞きません。翡翠ちゃんもこの件は内密にね?」
「喧嘩をなされたのですか?」
戸惑うように尋ねてくる翡翠。
「い、いや、なんていうかその」
琥珀さんはともかく、翡翠にウソをつくのは良心がうずく。
「……仰せの通り。アルクェイドと喧嘩してさ」
俺は正直に告白する事にした。
「あらま、ほんとにですか?」
目をぱちくりしている琥珀さん。
「……まあね」
「一体どうしてそのような……」
翡翠も戸惑っているようだった。
「いや、理由もつまらないんだけど」
俺はごく大雑把に事情を説明した。
「それはなんともいえませんねえ」
「う、うん」
真祖云々を伏せて話したので、本当にただアルクェイドが拗ねたというような内容になってしまった。
「まあそれ以上は個人のプライパシーということにして聞きませんが」
「恐らくは志貴さまが解決せねばいけない問題だと思います」
「……うん」
といっても一体どうしたものやら。
「その顔だと何も考えがないって感じですね」
「あっはっはっはっは」
図星過ぎて笑うしかなかった。
「時が解決してくれるかもしれませんし」
「だといいけど」
正直頭が痛かった。
自分で考えておいてなんだけど、アイツが真祖だという事実を覆せるわけがないじゃないか。
「うーん……」
「取りあえずの問題はアルクェイドさんに謝る事だと思いますけどね」
「元々はあいつが悪いんだよ」
そう、あいつが駄々をこねださなきゃこんな事考えなかったのに。
「やはり時間が必要だと思われます」
「ま、志貴さんは色々わかってませんですし」
二人は揃って淡白な反応だった。
「うーん」
やっぱり俺が悪いんだろうか。
いや、たまには灸を据えてやらないと。
「そのうち戻ってくるよ」
俺はそれだけ言って階段を昇り始めた。
「夫婦喧嘩は犬も食わないってほんとですねえ」
「……」
琥珀さんの言葉は聞かなかったことにする。
「あら」
食事の時間になったがアルクェイドは帰ってこなかった。
「今日はいないんですね」
秋葉が不思議そうな顔をしていた。
「なんだよ。いたらいたでうるさがるくせにさ」
俺がそう言うとむっと顔をしかめる。
「ええ、いなくてせいせいしますね」
「あはは、食事は楽しく食べましょうよー」
「喧嘩はよくありません」
「……」
秋葉とまでケンカしてどうするんだよ俺。
「ご、ごめん」
「……兄さん、どうかしてますよ」
「かもな」
まったくどうかしてる。
あいつが勝手な事するからだ。
「……」
今日は部屋でじっとしていよう。
アルクェイドがいないぶん、ゆっくりできるだろうしな。
「琥珀さん、今日のご飯美味しいよ」
「はぁ、そうですかー」
褒めたのに琥珀さんはあんまり嬉しそうではなかった。
「……」
そして食事は妙に静かな空気のまま進むのであった。
「はぁ……」
なんだか何もしてないのに疲れてしまった。
「いや」
朝からアルクェイドに振り回されてたせいだろう。
「休もう……」
目を閉じる。
「……」
意識が泥の中に溶けていく。
ふわっ。
柔らかい風が顔を撫でた。
「アルクェイドっ?」
慌てて飛び起きる俺。
「……あ」
「ひ、翡翠?」
「申し訳ありません、もうお休み中でしたか」
翡翠が扉を空けた状態で困った顔をしていた。
「あ、うん、ちょっと疲れてたから」
「……志貴さま、今日はあまり深く考えないほうがよいと思います」
「うん、ありがとう」
翡翠の言葉は本当にありがたかった。
「じゃあ、おやすみ」
「はい」
ばたん。
部屋を後にする翡翠。
「……そういえば何しに来たんだろう」
シーツでも替えに来たのかな?
「ま、いいか……」
深く考えるのは止めろと言われたばかりだ。
何も考えずに寝る。
寝るったら寝る。
……。
さま。
志貴さま。
「志貴さま」
「……んー、もうちょっと」
「もうちょっとではありません。既に皆起きているのですから」
「あー、うん……」
ふらふらと起き上がる俺。
「ふわぁー」
「良くお眠りでしたね」
「うん」
悩んでいる時は眠れないと聞いた事があったけど、そんな事はなかったようだ。
単に俺が特殊な体質なのかもしれないが。
「えーと、その」
「まだ戻られていないようです」
「……そっか」
屋根裏部屋の姫君はまだご立腹のようだった。
「どこ行ったんだか……」
帰ってきたら謝るけど、その後叱ってやらないと。
あいつをちゃんと人として一人前にしてやらなきゃな。
「……どこのオヤジなんだよ俺は」
自分の考えに思わず苦笑してしまった。
「志貴さま?」
「いや、うん、大丈夫」
今日はあいつの行ってそうな場所を探すとしよう。
案外、王子様が自分を見つけてくれるみたいな展開を望んでいるのかもしれない。
「……やっぱ寝不足かな」
本当にどうかしてる。
どうにも調子の狂ってしまっている俺であった。
続く