真実はわからない。
だが有彦がこういう以上、他の誰にも他言はしないだろう。
「つくづくすまない」
「なぁに」
手でしっしと遠野を追っ払う仕草をする有彦。
俺はもう一度頭を下げて、公園へと向かっていった。
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その13
「アルクェイドっ!」
「え……志貴?」
公園の入り口でうろうろしているアルクェイドを発見して声をかける。
「有彦のやつが教えてくれたんだ」
「……そう」
なんともいえない顔をするアルクェイド。
「とりあえず座ろうか」
「あ、うん」
二人してベンチへ腰掛ける。
「……」
間にある微妙な距離。
いつもならべったり密着してくるのに。
「あー。その悪かった。すまん」
何はなくとも謝ることにした。
「ううん。こっちこそ急にいなくなって……ごめん」
「うん」
なんかこう、アルクェイドに謝られるのは変な気分だ。
「……」
「……」
そしてまた微妙な沈黙。
「志貴ってさ」
「ん」
しばらくしてアルクェイドが話しかけてきた。
「学校行ってるじゃない?」
「ああ」
「卒業したらどうするの?」
「どうだろうなあ。秋葉は大学に行けって言いそうだけど」
しかもレベルが高そうなところに。
「行くの?」
「わからないって」
「ふーん」
「どうした?」
何やら考え込む仕草をするアルクェイド。
「うん。わたしも考えてたの」
「考えてた?」
「これからどうなるのかって」
「あー……」
やっぱり俺の言ってた事が気になってたのか。
「でもわからなかったわ。どうなるのかなんて全然」
「みんなそうだろ」
「みんなってのは人間の話じゃない?」
「……それはまあ、そうだけど」
元はといえば俺の迂闊な発言のせいだ。
何かうまい言葉があればいいのだが。
「ほら、あれだ。未来ってのは何にでもあるもんだし、どうなるのかなんてわからないもんだよ」
「何にでもねえ」
「そう。ミミズだってオケラだってアメンボだって」
「わたしそんなのと同類なの?」
「あ、いや、例が悪かった」
だがあの歌はいい歌だと思う。
「俺だって秋葉だって翡翠や琥珀さんだって未来の事はわからないさ」
「……うん」
「もしかしたら悲しい事があるかもしれないし、楽しい事があるかもしれない」
「悲しいのはイヤよ」
「楽しい事ばっかりじゃないさ。世の中」
「どうしてかしらね」
「……そんな事言われても」
なんだか自滅してる感じの俺。
「もしかしたら志貴と一緒にいられなくなるのかなーって。そんな事考えてたらイヤになっちゃった」
「……それは」
俺だってイヤだ。
「そんな事考えなくなっていいの。おまえらしくもない」
「志貴が変な事言うから悪いじゃないの」
「……ごめん」
そう、だから俺が悪いんだって。
「でもさ」
「でも?」
「俺に出来る限りの事はするつもりだ」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「妹たちと別れる事になっても?」
「……」
一瞬答えにつまってしまう。
「いい」
しかしすぐに肯定した。
「そっか……」
ふっと天を仰ぐアルクェイド。
夜空は珍しく星が見えて綺麗だった。
「じゃあいこっか?」
「え? どこに?」
「決まってるじゃない」
「……」
まさかもう出かけるってのか?
そんな、せめて別れの挨拶くらい……
「家に帰るのよ。遠野のおうちに」
「え」
「何? もう出発すると思った?」
「あ、いや、その、ええと」
「そんな急な話のわけないじゃない」
にこりと笑うアルクェイド。
「だ、だよな?」
「別れてもいいって言ったくせに」
「う、え、だから、その」
やっぱり俺は覚悟が足りないんだろうか。
まったく我ながら情けない。
「冗談よ。そんな事言わないわ」
「……こらっ!」
それを誤魔化すかのように怒鳴る俺。
「あははははっ」
笑いながらぴょこんと跳ねるアルクェイド。
「さ。帰ろ」
「ああ」
俺は差し出されたアルクェイドの手をぎゅっと握って歩き出すのであった。
「ただいまー」
「たっだいまー」
「お帰りなさいなさいませ、志貴さま」
ぺこりと頭を下げる翡翠。
「アルクェイドさまが見つかったようで何よりです」
「心配かけちゃったみたいね。ごめん」
「いえ」
「ほんと見つかってよかったよ」
と言っても、有彦が連絡入れてくれなかったらどうなった事か。
「ですが志貴さま」
「ん」
何かあるんだろうか。
「秋葉さまが大変ご立腹です」
「ええっ!」
秋葉が一体どうしてっ?
「門限は過ぎているのに帰って来られませんでしたから」
「あ、あははははは」
そんなものすっかり忘れていた。
「しかし秋葉さまも事情を知っていおられますから、そう長くはかからないでしょう」
「だ、だよね」
「大変ねえ志貴」
「うるさいなあ」
俺ばっかりが怒られるのは宿命なんだろうか。
「おまえは部屋で待ってろ」
「はーい」
ひょいひょいと階段を昇っていくアルクェイド。
「じゃ、いっちょ怒られてくるよ……」
苦笑しつつ俺も秋葉の部屋に向かって階段を昇る。
「そういえば志貴さま」
「ん?」
「晩御飯は召しあがられたのですか?」
「……あ」
それを聞いて思い出したかのように腹の虫が鳴った。
「姉さんに食事を暖めて貰っておきます」
「た、頼むよ」
俺、秋葉の説教を受けて無事でいられるかなぁ。
「ふう……」
差し出された料理を食べきって一息ついた。
「凄い食べっぷりだったわね」
「そういや昼も食ってなかったんだよ」
てな事を秋葉に説明したら慌てた様子で琥珀さんを呼んでくれた。
「説教はまた後日だって」
結局怒られるわけだが、時間が経った分多少はマシになるだろう。
「あははは、妹らしいわ」
「だろ?」
「色んな意味でね」
「え? あ、うん」
よくわからないが頷く俺。
「それで志貴」
「うん?」
「妹から開放されたって事は、この後は何もないのよね?」
「まあ、そうだなぁ」
後はごろごろするだけだろう。
「じゃあ、わたしお風呂入ってくるから」
「あ、うん」
「志貴もその後入ってね?」
「わかってるよ」
何当たり前の事言ってるんだ。
「……って」
その意味がなんとなくわかってしまった。
もしかしなくても、誘われてる。
「今日は一緒に寝よ?」
なんて笑うアルクェイド。
「……う」
そんな風に笑われたら。
いや、笑われなくったって。
「うん」
頷くしかないだろう。
今日は散々走り回って疲れたけど。
どうやら今夜はさらに疲れる夜になりそうだった。
続く