カードが配られた瞬間、秋葉がなんともいえない顔をしていた。
「うわー、キツイですね……」
琥珀さんすら苦笑いするカードの正体。
「そ、そんな……」
秋葉の手元に来たのは、ダイヤの2のカードであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その15
「は、謀りましたねっ!」
叫ぶ秋葉。
「別に何もしてないわよ。テキトーに配ったんだもん」
「まあ落ち着け」
苦笑しつつ秋葉をなだめる俺。
「ですが兄さん」
「考えても見ろ。こいつにイカサマが出来ると思うのか?」
「……なるほど」
「うわ、なんか腹立つなぁ」
「フォローしてやったんだよ」
我ながら酷いフォローだと思うけど。
「むぅ……じゃ他のみんなも配るわね」
若干不満げな顔をしながらひょいひょいとカードを配っていくアルクェイド。
「うーん……」
現在の数値はこうだ。
秋葉が3か13。
翡翠が20。
俺が14。
琥珀さんが9。
「そして最後に……と」
アルクェイドがカードを引いた。
「エースかあ」
ダイヤのエース。
「じゃあわたしは17ってことね。さあ、みんなどうするの?」
「むぅ」
この場合、翡翠以外の全員がカードを引かないと負けになってしまうわけだ。
「ほら妹、どうするの?」
「む」
アルクェイドに悪意はないんだろうが、秋葉はかちんときたような顔をしていた。
「引くに決まってるでしょう!」
「はい、じゃあ1枚ねー」
秋葉の手元に配られるカード。
9。
「うぐっ……!」
秋葉はエースを1に出来るからセーフだが、それ以外だったら即アウトの数字である。
「こ、これで12ですっ! もう1枚っ!」
「はーい」
ひょいと。
4。
「あ、貴方わざとやってるでしょう!」
つまり秋葉の数字は16である。
このままでは勝てない。
「ま、まあまあ」
が、それにしたって秋葉が一人でヒートアップしすぎている。
「順番でカードを引いたほうがいいんじゃないか?」
「そうですねー。考える時間があったほうが宜しいかとー」
「……いいでしょう。この人が何か妙な事をやっているかもしれないですしね」
まだ言ってるよ。
「おっけー。じゃあ次は翡翠よね? どうする?」
「スタンドさせて頂きます」
つまりこれでストップという事だ。
まあ20だったら誰でもそうするだろう。
「ちぇ。仕方ないか。じゃあ次は志貴だけど」
「引くよ。ヒット」
今のままじゃ負けだからな。
バーストする可能性のほうが高いがやるしかない。
「いいのが出るといいわねー」
なんで言いながらカードが配られた。
「お」
出て来たのは5だった。
「あーっ!」
そしてそれを見て叫び声をあげる秋葉。
「な、なんだ。どうした……って」
ああそうか。
本来これは秋葉のところにくるはずだったカード。
秋葉の数字は今16だから。
「兄さんが余計な事を言うから!」
「あ、あはははははは」
秋葉のブラックジャックのチャンスを奪ってしまったわけだ。
「やり直しを要求します!」
「ダメですよ秋葉さま。覆水盆に帰らずというやつです」
「琥珀……あなた!」
「おや、わたしは何もしていませんが」
「……!」
正確に言えば俺と一緒に順番でやろうと提案したのも琥珀さんなのだが。
「次はわたしの番ですねー」
突っ込むタイミングを与えまいと自分の順番を要求していた。
「ほいっと」
琥珀さんのところには8。
「これはいい感じですねえ」
合計で10か。
「はい。お待たせしました。秋葉さまの番ですよー?」
「……」
無言でアルクェイドの顔を指差す秋葉。
「引くの?」
こくん。
「ひょいと」
9。
「キーーーーーッ!」
「うわ、その叫び方する人初めて見たっ!」
「奇遇だな、俺もだよ」
なんて冷静に分析してる場合じゃなくて。
「兄さんのせいで!」
「俺かよ!」
まあ半分は認めるけど。
「はい、コイン没収ー」
秋葉の賭けた3枚のコインは無慈悲にも回収されてしまった。
「……っ! 兄さんもとっととバーストしてしまえばいいんですっ!」
「あ、あはは……」
今の数字は19だから引かなくても勝てる可能性のほうが高いのだが。
ここで引かないととんでもない事になってしまう気がする。
「じゃ、じゃあ1枚……」
「いいの? じゃあ……」
案の定、6が出てバースト。
「当然です!」
「志貴さま、お勤めご苦労様です」
「いやいや……」
コインいっこで秋葉の機嫌が治るなら安いもんだ。
「ではわたしも1枚くださいなーっと」
「ん」
琥珀さんへ配られたのは12。
「ってことは20ですねぇ」
最初に配られたカードが2だった割には実にいい組み合わせだった。
「わたし21出さなきゃ負けってことじゃないの」
「そうだな」
17から21にするのは結構難しいと思うのだが。
「アルクェイドさん。遠慮はいりません。イカサマでもなんでもいいから勝ってしまいなさい」
既に負けが確定している秋葉は言いたい放題だった。
「何が出るかな……っと」
出た数字は8。
「あらら」
アルクェイドもバーストしてしまった。
「ってことはわたしたちの勝利ですねー」
「そうなるわねえ」
琥珀さんと翡翠の元にコインが配られる。
「ふっふっふ。一歩リードですよー」
といっても1枚増えただけだから大したリードではないのだが。
「くっ……」
既に3枚賭けてしまった秋葉にとってはものすごい差である。
「アルクェイドさん! 次の勝負です!」
すっかり頭に血の昇ってしまった秋葉。
「はいはい」
少年マンガとかだと真っ先に倒されるタイプである。
ところがお嬢さま補正なんだか、なんなんだか。
勝負の神様ってのがいるらしくて。
「……ふ、ふふふ」
秋葉の手元に輝くAとキング。
「見なさい! ブラックジャックよっ!」
そりゃもう秋葉は満面の笑みを浮かべていた。
「あららー。秋葉さまイカサマしちゃダメですよー」
「していませんっ!」
「ははは、よかったな秋葉」
世の中捨てたモンじゃないらしい。
「ねえ志貴」
「ん?」
ところが。
その空気をぶち壊す、最悪の言葉がアルクェイドから発せられた。
「ブラックジャック同士の場合って、親が勝つんだっけ?」
「……あ、秋葉を取り押さえろっ!」
と言った時には既に遅かった。
「アルクェイドさん……今日という今日は……!」
わなわなと肩を震わせ、髪の毛が真っ赤に染まっていく妹の姿。
「あ、秋葉さまー! 赤くなるの禁止、禁止ですー!」
「……勝負が、混沌です」
こうしてアルクェイドで遊ぼう企画はあっさりと終わってしまったのであった。
続く