こないだみたいな目にあったらたまらないからな。
「家でじっとしてるよりよっぽど健康的だろ」
「志貴と一緒だったらどこでも楽しいよ」
「はは」
その言葉は素直に嬉しかった。
「で、どこ行くの?」
「……」
さあ、どこでしょう。
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その17
「ねえ、どこ行くの?」
「んー、うん……」
家にいるもんかと思い出かけると宣言したまではよかった。
しかし肝心のどこに行くかということはさっぱり考えていなかったのだ。
「曖昧な返事ねえ」
思いつきで行動するのはよくないぞといういい例である。
てかバカだろ俺。
「あ。わかった。秘密にして驚かせようっていうんでしょ」
「いや全然」
「ふふ、そういう事にしておいてあげるわ」
「……」
しかもあらぬ誤解をしているアルクェイド。
これじゃ適当に公園やゲーセンで暇つぶしってわけにもいかなそうである。
「あ」
「ん?」
「シエルだ」
「あー」
アルクェイドの指差した先には確かにシエル先輩がいた。
「何してるのかしら?」
「さあ」
先輩は挙動不審に周囲を見回している。
「隠しスポットのカレー屋でも見つけたのかしら」
「だったらこそこそなんかしないだろ」
むしろ嬉々として入って行くはずだ。
シエル先輩だけおかわり数が限定されているカレー屋がこの界隈にいくつあることか。
食べ放題のバイキング等ではカレーの類が一切無くなったらしい。
先輩曰くバイキングのカレーはさほど美味しくはないですがいくらでも食べられるのがいいですねと。
多分一人で全部空にしたんだと思う。
「志貴?」
「はっ」
ついそんな事を思い出してしまった。
そんな事を考えている場合じゃないのだ。
どこへ行くかを考えないと。
「面白そうだからシエルに声かけてみようか」
「いやそれは迷惑だろ」
しかし先輩に頼るという案はいいな。
その間に色々と作戦を……
「ってあれ?」
既に先輩の姿はどこにもなかった。
「さっきまでいたのに」
「シエルがすぐいなくなるなんていつものことじゃない」
「おまえはそうだろうけどさ」
まあ街中でシエル先輩を目撃した事自体珍しいんだけど。
「そんな事より早く行こうよ」
「……ああ、うん」
先輩の事を考えている場合じゃないのだ。
今はどこへ行くかということが重要だ。
「ええと……」
いっそ映画でお茶を濁すというのはどうだろう。
最近行ってなかったから新しいものくらいやってるだろうし。
「はっ!」
そこで俺はある重大な事に気がついた。
「どうしたの?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
財布の中身を確認する。
「はは」
なんて……無様。
計画性のなさはここに極まったと言えるだろう。
「志貴、ひょっとして……」
金がない。
全然ない。
多分頑張ったら1000円くらいあるけどそれしかない。
これじゃとても映画なんて見れたもんじゃない。
「い、いや別になんでもない」
とここで変なカッコをつけて心の中で激しく後悔。
「やっぱり家に帰ろっか?」
「それはさすがに……」
情けなさ過ぎるような。
映画は無理にしても何かこう……
「あ」
映画でひとつ思い出した。
「行こう」
「え? 大丈夫なの?」
「ああ」
これなら手持ちの資金で何とかできる。
しかもアルクェイドは喜ぶはずだ。
「ここは……」
「前に来ただろ」
「ええ」
二人で中に入る。
「いらっしゃいませー」
活気に溢れた店内。
「ご注文はいかがなさいますか?」
「ハンバーガーセット」
まあ要するにそこはファーストフードの店であった。
「わたしもそれで」
「かしこまりました。お飲み物は……」
「コーラで。アルクェイドもそれでいいか?」
「わたしメロンソーダ」
それを聞いて思わず顔がにやけてしまう。
「かしこまりました」
「……何よ」
「いや何でも」
こういうところが妙に子供っぽいんだよな。
「なによー」
「何でもないってば」
なんてやり取りをしつつ代金を支払う。
「お釣りになります」
持ち金はこれですっからかんになった。
「わたし席取っておこっか?」
「ん、頼む」
「おっけー」
ひょいひょいと客席へ駆けて行くアルクェイド。
「お待たせしました」
すぐにメニューは運ばれてきた。
「こっちこっちー」
「……言わなくてもわかるってのに」
嫌でもあいつは目立つんだから。
くすくすという笑い声の間をくぐってアルクェイドの元へ。
「前もこの辺の席だったんだけど覚えてる?」
「そういえばそうだったかもな」
あの時もアルクエィドと二人でこの店に来た。
「あの頃は志貴とこんなになるなんて思わなかったなー」
「だなぁ」
まさか彼氏彼女の関係になって、しかもそれがみんなに公認されるだなんて。
「バッドエンド一直線だと思ってたのに」
「それどういう意味よ」
「いや、色々とさ……」
しばらく昔を懐かしむ話が続く。
そういえばいつから彼女になったんだっけ? とか。
もう全然覚えてない。
気付いたらそうなってたというのが一番正しいだろうな。
アルクェイドは俺を好きだったし、俺もアルクェイドを好きになっていた。
「もまみのはみなままむのも」
「食い終わってからでいいから」
「なんだか照れくさい話ね」
「よく言うよ」
いつも喜んで話すくせに。
「もう、志貴ってば」
「ははははは」
どうやらこの店を選んだのは正解だったようだ。
「志貴、最初からここに来たかったんだね」
アルクェイドが笑顔でそんな事を言った。
「え、いや、うん、まあ、あはは」
本当の事は言えそうにない。
心の中にだけ秘めておこう。
「あ、ポテトもーらいっ」
「こら、人のを取るんじゃない」
まったくもう、こいつときたら。
「えへへ、いいじゃないの」
その仕草のひとつひとつが愛しくてたまらない。
多分これが愛という感情なんだろう。
なんて恥ずかしい事を考えながら。
「返せってのに」
まだアルクェイドの口にくわえられたポテトを噛んで。
「あっ」
そのまま唇に触れた。
「もう……ポテトの味しかしないじゃない」
顔をほんのりと赤く染めているアルクェイド。
「塩味だな」
「……ふふ、ふふっ」
「はははははっ」
二人して笑う。
とても幸せだった。
そしてついでに。
「……」
「はは、ははは」
周囲の視線がものすごく痛いのであった。
続く