部屋でごろごろしていると翡翠が部屋にやってきた。
「アルクェイドさまにお客さまなのですが」
「わたしに?」
屋根裏部屋から顔だけ覗かせてるアルクェイド。
「はい。シエルさまです」
「先輩か」
先輩のほうから尋ねてくるなんて珍しいな。
しかもアルクェイドに用事だなんて。
「何だろ。ケンカでも売りに来たのかしら」
「さらりと怖い事言わないでくれよ」
苦笑しつつアルクェイドを見送る俺。
「あれ? 志貴来ないの?」
「おまえに用事があるんだろ」
俺を呼べばセットでアルクェイドもついてくる。
それをわざわざという事は、アルクェイドだけであったほうが都合がいいんだろう。多分。
「志貴が空気読むなんて変なの」
こいつにだけは言われたくなかった。
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その18
「気になりませんか?」
アルクェイドの変わりに部屋に現われたのは事件大好き琥珀さんだった。
「そりゃ気にならないって言ったら嘘になるけどさ」
当人同士じゃなきゃ解決出来ない事もあるだろう。
「姉さん、人のプライベートに口を挟むのはよくないと思います」
翡翠はいぶかしげな顔をしていた。
「でもほら〜、万が一の事があったらまずいじゃないですかー」
「以前ならともかく、今は大丈夫だよ」
まあ立場の関係上絶対とは言えないけど。
「どうせ巻き込まれるのは志貴さんですしねえ」
「……勘弁してくださいって」
あながちありえないと言えないのが困る。
「まあ志貴さんが行かないのであればわたしも野暮なことはいたしません」
「姉さんにしては賢明ですね」
「……翡翠ちゃんが酷い事言ってる」
ぐすぐすと泣き真似をしているが毎度の事なので無視しよう。
「たっだいまー」
そんなこんなをしているうちにアルクェイドが戻ってきた。
「おう、おかえり」
「一体どんな話でした?」
直球で尋ねる琥珀さん。
「んー? 秘密」
「あ、あら?」
普段だったらあっさり話すアルクェイドなのに。
「気になりますねえ」
「大した事じゃないわよ。それで今から出かける事になったから」
「先輩と?」
「そ。すぐ終わると思うわ」
「……そうか」
なんだかよくわからないが頷いておいた。
「何やら事件の匂いがしますね」
「姉さんは漫画の読みすぎです」
翡翠は呆れた顔をしている。
「あはは……」
でもホントに何があったんだろうな。
「じゃねー」
「……」
気になる。
帰ってきたら聞いてみるか。
「……」
戻ってきたアルクェイドはそりゃもう全身から不機嫌ですってオーラを放っていた。
「お、おかえり」
「ただいま」
「……えーと」
これはちょっと聞ける雰囲気じゃないような。
「ねえ志貴」
「な、なんだ?」
「しばらくわたし忙しくなるかも」
「……そ、そうか」
「……」
アルクェイドは無言のまま屋根裏部屋に篭ってしまった。
「何があったんだろう」
ものすごく気になる。
「なあ」
声をかけても返事はない。
「うーん……」
ここはシエル先輩経由で聞いてみるべきだろうか。
でも本人が聞かれたくないことかもしれないしなあ。
「……はっ!」
そこで俺は考えるのを止めた。
「言っておくけど何を言っても手伝わないからね」
「ちぇー。つまんないです」
ドアから顔を覗かせていた琥珀さんがいやに子供っぽい口調でドアを閉めた。
「まったく……」
琥珀さんにとってはかっこうのエサが出来てしまった形になる。
「なんとかしたいけどなあ」
はてさてどうしたものやら。
「出かけてくるわ」
「あ、うん」
今日も今日とて行き先を告げずに外へ出て行くアルクェイド。
「よし……」
俺はアルクェイドを尾行することに決めた。
本気を出されたら追いつく事は出来ないけど、まだ窓からアルクェイドの背中が見えるくらいだ。
そう急いでいるわけではないのだろう。
「琥珀さんは来なくていいからね」
「……まだ何にも言ってないんですが」
そんな笑顔で部屋の前に待機されてたらバレバレですってば。
「まあ志貴さんの許可を得ずに尾行しなくなっただけマシになったと思ってください」
「そうですね……」
とにかくこんなところで時間を潰してる場合じゃない。
「じゃ、行ってくる」
「晩御飯までには帰ってきてくださいねー」
「ああ」
駆け足で外へ。
ええとアルクェイドは……いた。
「商店街のほうか」
どうやら何か事件というわけではないようだ。
「いやでも前例もあるしな……」
油断は出来ないか。
一応七夜の短刀を持っている事を確認する。
っていうか薄情だよな、あいつも。
前は強制的に手伝わせたくせに。
「それとも俺を巻き込みたくないと気を遣ってくれたのか……」
複雑な気分だった。
「……っと」
危うく見失うところだった。
「右か……」
あっちは確か……映画館?
「お」
アルクェイドのさらに先にシエル先輩の姿を確認。
どうやらここで合流する約束だったらしい。
一体二人で何をするつもりなんだ?
「……」
二人はしばらくの間映画館の前で話をしていた。
もちろんここからでは会話の内容はわからない。
しかしどちらの表情もシリアスで、尋常でない様子が伺える。
「やっぱりなにか新たな敵が……」
ネロやワラキアみたいなのが現われたんだろうか。
「お」
二人が動き出した。
迷わず一直線にある方向へ歩いて行く。
「あれは……!」
俺はそれを見て愕然とした。
「駄目ですアルクェイド、それでは!」
「くっ……!」
アルクェイドの爪は確実に獲物を捉えていたはずだった。
しかしそれは獲物の表面を撫でるだけで、まったくといっていい程効果を示していなかった。
「今度はわたしが……!」
変わってシエル先輩が獲物を狙う。
右へ左へ、ぶれるような移動。
獲物への距離が近づいていく。
その目は獲物をしっかり見据え。
「これで!」
寸分狂わぬ狙いで攻撃を仕掛けた。
はずだった。
「ああっ!」
先輩の攻撃は獲物に当たった。
いや、本来狙っていたものと別の存在に阻害されたのだ。
紙一重。
僅かな迷いがその判断を鈍らせた。
「――どうして、こんな」
信じられないといった顔をしている先輩。
俺は堪え切れず、二人の前に姿を現した。
「重心を捉えてないからだよ」
「えっ……し、志貴っ?」
「と、遠野君! どうしてここに!」
俺の登場に信じられないといった反応を示す。
「……いや、さすがに気の毒になって……」
明るい音楽がかえって悲哀を誘う。
「もう1000円以上使ってるだろ……?」
空しく何も掴んでいない爪を動かす機械。
そう。ここはゲームセンターのUFOキャッチャーコーナーであった。
続く