首を傾げるアルクェイド。
そしてそれがさも大した事じゃないような口調で言うのであった。
「なんか死徒っぽいのが現われてるのよ」
「な、なんだってー!」
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その20
「死徒ってのは、吸血鬼の一種で……」
「いやそういうお約束のボケはいいから」
「まあ志貴には関係ない話よ」
そう言ってため息をつくアルクェイド。
「関係あるだろ。バケモノが町に滞在してるって事じゃないか」
まさかいつぞやのロアとかネロとかみたいなのじゃないだろうな。
「わたしもバケモノの一人なんだけど?」
「……それはまあ、そうだけどさ」
「つまりそういう事なのよ」
「何がだよ」
さっぱり意味がわからない。
「あのねえ志貴。シエルが死徒に気付いてるのにわたしが気付かなかったはずないでしょ?」
「じゃあなんでもっと早く言わなかったんだよ。何か被害があってからじゃ遅いんだぞ」
「だから、被害が何にもなかったのよ」
「え?」
被害がない?
死徒ってのは誰彼構わず血を啜るような奴じゃなかったっけ。
「死徒自体はずっと前から潜伏してたわ。でも吸血事件とかに起きてないでしょ?」
「でも、みんなが気付かなかっただけで……」
「それも無いわ。どんなに僅かだろうが被害があった時点でわたしか、シエルが気付いてる」
「……よくわからないけど、死徒がいるのは間違いなくて、それなのに被害はないと?」
「そういう事」
それまた妙な死徒もいたもんである。
平和主義なんだろうか。
「珍しいパターンよ実際。不思議なくらいに」
「ふーん……」
ひとまずは安心していいのかな。
「だからまあ、今までは放置してたんだけど……ね」
意味ありげな表情をするアルクェイド。
「何かあったのか?」
「空間の歪みを感じるようになったのよ」
「……急にオカルトじみてきたな」
もっと言えば出来の悪いRPGみたいだ。
「ただ、その死徒が元凶なのかはわからないわね。今調べてるところ。シエルは犯人だって決め付けてるけど……」
「違うのか?」
「多分ね。わたしとしてはどっちでもいいんだけど。ただ」
「ただ?」
「何か面白そうな事が起きそうじゃない?」
「……そういう問題なのか?」
毎度の事ながら、こいつの思考はどっかずれている。
「もうちょっと真面目にだな……」
「じゃあつまらないからって調べないほうがいい?」
「いや、うん。悪かった」
「でしょ?」
結局のところ、そっち関係の厄介事はアルクェイドの知識に頼るしかないのだ。
今まで観察してくれていたってだけでもありがたいのかもしれない。
「……そういう事なら、俺も手伝うよ」
そんな事を聞いたら聞いて黙っていられなかった。
「あら。志貴嫌がると思ってたのに」
意外そうな顔をしているアルクェイド。
「何でだよ」
「だって、ネロ退治の時は嫌がってたじゃない?」
「……あの時はあの時だろ」
当時はわけがわからなかったし、俺に戦う力がある事も知らなかった。
まあ何より、そういう厄介ごとに適応しつつあるっていうのが一番強いが。
「まあ志貴から協力してくれるっていうのは嬉しいわ」
アルクェイドは嬉しそうだった。
「何が出来るかはわからないけどな」
「そうねー。せいぜい一緒に夜の街を歩くくらいかしら?」
「歩いてどうするんだ?」
「死徒を探すか……何か違和感のある場所を探すのよ」
なるほど。
「全く関係ないって事はないだろうし……ってこれもシエルに影響されてるのかも」
「多少はあるんじゃないか?」
能力者は能力者に惹かれあうものだし。
「ま、調べていけばわかるでしょ」
「だといいけどな」
毎度なんとかなってるから多分大丈夫だろう。
「しかし……夜の街かぁ」
そりゃ死徒が昼間に行動するってのはあり得ないが。
「また秋葉に小言言われそうだなぁ」
「じゃあ行くのやめる?」
「行くってば」
夜の街を恋人と徘徊。
アバンチュールな雰囲気っぽいが、それっぽいイベントは何一つなさそうなのが悲しかった。
「一応この辺まで探したのよ」
「なるほど」
そこはシエル先輩とアルクェイドが待ち合わせていた場所だった。
「さすがに人通りが多いところは気配が少ないわね」
「死徒ってどういう所に多いんだ?」
「……暗くてじめじめしたとこ?」
なんか嫌な虫みたいだな。
「路地裏とかね」
「……路地裏」
そこはあまりいい記憶のある場所じゃなかった。
「まあ、今日は別のところを探しましょう。どうせそういうとこはシエルがやってくれるから」
「……そうか」
もしかして気を使ってくれたんだろうか。
「サンキュな」
「べ、別にアンタの為じゃないんだからね!」
「……なんだよそれ」
「妹の真似」
「正しいけど物凄く間違ってる」
っていうか緊迫感がまるでない。
「こんなんで本当にいいのかなぁ……」
色々と不安である。
「あ、そだ」
「ん?」
少し歩いたところでアルクェイドが足を止めた。
「人手は多いほうがいいわよね」
そう言って指を弾く。
「お」
アルクェイドの足元に懐かしい姿が現われた。
「レンか」
黒猫、いや夢魔のレン。
彼女には色々とお世話に……いや、まあそれは別の話だ。
「そ。魔力を辿るにはこの子も役立つからね」
「……」
ふんふんと鼻をひくつかせ、闇の中へと消えていくレン。
「何かあったら連絡くれるわ」
「一緒に行動しないのか?」
「それじゃ人数増やした意味ないじゃないの」
「……それもそうか」
何バカな事言ってるんだ俺。
「あ。志貴は一緒に来るのよ?」
「……まあ一人じゃ見つけられないだろうしな」
メガネを外して見れば死徒もわかるんだろうか。
割と負担かかるんだけどな、あれ。
「え? 志貴でも分かると思うんだけど」
「ん?」
どういう事だ?
「まあ歩きながら話しましょう」
「……それもそうだな」
「こないだ翡翠がね……」
「……いきなり雑談かよ」
やっぱり緊迫感がまるでない。
「あーでも思い出すな」
「何を?」
「いや、前もさ。こういう事あったなって」
「……わたしとの事?」
「いや、シオンとワラキア探してた時にさ……」
シオンという名前を自分で言って懐かしさを感じた。
彼女は今どこで何をやっているんだろうな。
「……」
すたすたすたすた。
「いや、ちょっと歩くの早くないか?」
「気のせいよ」
「し、死徒を俺が知ってるって話は?」
「知らない。自分で考えれば」
「ちょ、ちょっと? アルクェイドさーん?」
その日は突如不機嫌になってしまったアルクェイドとの追いかけっこで捜索が終わってしまうのであった。
続く