「……なにやってんだおまえ」
「うん?」

すると後ろからいやに聞き覚えのある声が聞こえた。

この忘れたくても忘れられない声は。

「有彦?」
「彼女連れで祭りたあいいご身分だな」
 

そこにはにやにや笑った顔の有彦がいたのであった。
 
 


「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その4








「彼女だって。えへへ」

有彦の言葉を聞いてご満悦のアルクェイド。

「……強引に連れて来られたんだよ」

俺は反射的にそう答えてしまった。

慣れというものは恐ろしいものである。

だがコイツ相手そういう事を言うと、一瞬で広まりかねないので正しい判断だったとも言えた。

「しかし型抜きとは懐かしいなオイ」

じっと俺の手元を見てくる有彦。

「なんかやってみたくなってさ」
「志貴、線なぞるのとか得意だもんねー」

得意というかなんというか。

少なくとも型抜きでは効果を発揮出来なさそうな感じだった。

「そう上手くはいかないみたいだ」
「だな」

死の線をなぞったらバラバラになるに決まってるのに。

「っていうか男ならちゃんと彼女をエスコートしてやれ。自分が楽しんでどうするんだよ」

有彦は非難の声を俺に浴びせてきた。

「……有彦。それはアルクェイドの身に着けているものを見てから言ってくれ」
「あん?」

アルクェイドに目線を移す有彦。

ゴムヨーヨーに金魚の入った袋。

頭にはさっき買ってやったばけねこっぽいお面。

まあ、前半はほとんど一子さんのチケットのおかげのアイテムだけど。

「なるほど」

有彦は納得したような顔をしていた。

「もう金が無いから帰ろうかなと思ってる」

っていうか型抜きで無駄に浪費してしまった。

せっかくサービスしてやろうと思っていたのになんて駄目な男なんだろう、俺は。

思わずため息が出てしまう。

「……おまえも大変なんだなあ」

よくわからないが有彦に同情されてしまった。

「妹さんとかは来てないのか?」
「秋葉は人ごみが嫌だってさ。翡翠と琥珀さんは来てるかもしれない」
「ふーん」

本当はアルクェイドが行くなら行かないとか言われたんだけど。

確かにアルクェイドのこの浴衣姿を見ちゃったらなあ。

「志貴ー。早く次のところ行こうよー」

アルクェイドが俺の袖を引っ張ってきた。

「はいはい。わかってるよ」

チケットも残り僅かだ。

最後にもうちょっと遊ばせてやって帰るとするか。

「……じゃ、またな有彦」
「おう」

俺たちは有彦と分かれ入り口のほうへと向かっていった。
 
 
 
 
 

「わたあめっておいしー」
「だろ」

砂糖の塊という恐ろしいほどシンプルな食べ物だが。

これがまたなんともいえず美味い。

「今度作ってよ」
「いや無理だから」
「えー」
「こういうのは祭りで食べるから美味しいの」
「……ん、そうかもね」

いやにものわかりがよかった。

「素直だな」
「だってほら、一人でご飯食べるより志貴と食べるほうが美味しいし」
「ば、ばか」

何恥ずかしい事言ってるんだコイツ。

「えへへへへへ」

アルクェイドは照れくさそうに笑っていた。

「そういえば最近志貴の作ったラーメン食べてないね」
「まあな」

家にいると家事は琥珀さんに任せっきりになっちゃうからな。

「作ってやってもいいんだが……」

秋葉の口には合わないだろうしなあ。

「ま、そのうち」
「期待してるわよ」

そう言って小指を差し出してくるアルクィエド。

「なんだよ?」
「指きり」
「……」

子供っぽいなあと口に出しては言わなかった。

こういう事をしたがるのがアルクェイドなのだ。

「ゆーびきりげーんまんうーそついたーらはーりせんぼんのーます」

この歌もなんか懐かしいよな。

「指きった」
「……っていうかおまえがこれを知ってる事に驚いた」
「マンガに書いてあったのよ」
「さいですか……」

時々思う。

コイツは本当に真祖の姫君なのかと。

「よーし、じゃあ家まで競争ねっ」
「こら、なんでそうなるんだよ」
「いいじゃないの。じゃあよーい……どんっ!」
「だあっ!」

とんでもない速度で遥か彼方へ消え去ってしまうアルクェイド。

「……ははは」

マンガじみてて信じられないけど本当の事なんだよなあ。

「ま」

そんな事は些細な事なのだ。

肝心なのは俺とアルクェイドが好き同士で、ずっと幸せに暮らしていけたらいいなという気持ちであって……

「……うっわ」

なんだこの少女マンガ思考。

「アルクェイドに毒されたかな……」

苦笑しながら帰路を進む。

「おそーい」
「ごめんごめん」

途中、追いかけてこない俺にむくれた顔をしたアルクェイドと合流して。

「帰りはゆっくり行こう。祭りの余韻ってのもあるしさ」
「うん」

腕を組みつつゆっくり歩いていった。
 
 
 
 
 

「……さてと」

物語だったらめでたしめでたしといくところだがそう簡単にはいかない。

「ちょっと秋葉のところへ行ってくるよ」

家に到着した俺は秋葉のところへお土産を持っていくことにした。

「志貴って妹に関してだけは妙にマメよね」
「……そうかな?」

色々やっておかないと後が怖いというイメージがあるせいかもしれないが。

「一応兄としていいところを見せたいじゃないか」
「あはははは」

それを聞いておかしそうに笑うアルクェイド。

「な……なんだよ」
「ううん、なんか志貴っぽいかもって」
「どういう意味だよ」
「そのまんまよ」
「むぅ……」

あれか、妹の尻に尻に挽かれる駄目な兄貴と。

「……否定出来ないのがなんともなあ」
「元気出してよ」

励まされるのがまた悲しい。

「ま、行ってくる」
「頑張ってねー」

アルクェイドは俺の部屋のほうへと向かっていった。

「……さてと」

待っててくださいな、もう一人のお姫さまと。
 
 

「秋葉ー」

ドアの外から声をかける。

「何ですか兄さん」
「いいかな?」
「どうぞ」

部屋の中にはなんとも不機嫌そうな顔をしている秋葉が。

アルクェイドとの交際を認めてはくれたものの、やはりこう堂々といちゃいちゃしていると面白くないようだ。

最近は特にそれが酷かったからな。

ここ数日の自分を冷静に振り返ってびっくりした。

なんだよあのバカップル。

いやあれはあれで楽しかったんだけどさ。

「何かご用ですか」
「あ、うん」

過去の事より目の前の秋葉だ。

「祭りに行ってきたんだよ」
「知ってます」

顔を背ける秋葉。

「さぞ楽しかったんでしょうねえ」
「あ、あはははは」

なんとも答えづらい質問だった。

「取り合えず秋葉におみやげを買ってきたんだ」
「ご機嫌取りですか」
「まあそういわずに」

さっそくそれらを見せてやる。

「……これは?」
「ラムネの中のビー玉」
「……」

いかん、滅茶苦茶食いつきが悪いぞ。

アルクェイドはバカみたいに喜んだっていうのに。

あれを基準にしたのはやはり間違いだったか。

「こ、これはまあジョーク」

すばやくそれを仕舞おうとする。

「いえ、それはそれで頂いておきますが」
「あ、そう?」

秋葉は机の中にそれを入れてしまった。

「本命は何なんです?」
「えと……これだ」

祭りといえばやはり食べ物である。

そして絶対に外せないアイテムがあった。

「……これは?」
「あれ?」

もしかして知らないのか。

「あんず飴っていうんだけど」
「へえ、これが……」

秋葉は興味深そうにそれを眺めていた。

「美味いんだぜ」

これを食べた事がないなんて勿体無い。

「そうですか。頂いておきます」

ひょいとそれを受け取る秋葉。

「一応ありがとうと言っておきましょう」

こんな反応だが、喜んではいるみたいだった。

「そうか。よかった」
「……見られていると食べ辛いので」
「おっと」

大人しく撤退する事にしますかねと。

「じゃあな」
「はい」

最後に挨拶をして秋葉の部屋を出た。

「うおっ」

ドアを開けた瞬間アルクェイドが立っていた。

「な、なんだよ」

ひそひそ声で話しかける。

「志貴ってばおっとなー」

アルクェイドは笑ってそう囁いてきた。

「……ものすごいバカにされてる気がするんだけど」
「うん」
「コノヤロウ」
「きゃーっ」
 

マヌケな鬼ごっこを始める俺たちであった。
 

続く



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