アルクェイドは笑ってそう囁いてきた。
「……ものすごいバカにされてる気がするんだけど」
「うん」
「コノヤロウ」
「きゃーっ」
マヌケな鬼ごっこを始める俺たちであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その5
「志貴さま、志貴さま」
「ん……」
翡翠の声で目が覚める。
「おはよう、翡翠」
「正午に近いのでこんにちわが正しいかもしれません」
睨まれてしまった。
「ご……ごめんなさい」
平謝りするしかない俺。
「いえ、大分お疲れのようでしたね」
どうやらかなり眠っていたようだ。
昨日はあれこれ遊んで疲れちゃったからな。
祭りってのはパワーを使うものである。
「アルクェイドさまはお出かけになられたようです」
「あ、そうなの?」
「はい。屋根裏部屋も確かめましたがいらっしゃいませんでしたので」
「そっか……」
あいつはタフだよなあ。
それはさておき。
「翡翠が屋根裏部屋に入るのはちょっと見てみたかったかも」
相当珍しい光景の気がする。
「志貴さま、それは失礼です」
翡翠は恥ずかしそうな顔をしていた。
「?」
そんなにヘンな事言ったかな。
「……あ」
気がついた。
「いや、ごめん」
もう一度謝る。
「いえ……」
恥ずかしそうに目線を逸らせる翡翠。
そう、翡翠はスカートの裾を押さえていたのだ。
俺はベッドの上に寝転がっていたんだから、必然的に中が見えてしまうと。
「……あは、あははは」
ああ、どうして眠っていたんだろう俺は。
「今日はどうなさいますか」
苦笑していると翡翠が元の表情に戻って尋ねてきた。
「どうって?」
「アルクェイドさまが留守ですので、ご予定などは」
「ああ、うん。特にないね」
最近ではこういう日は珍しいくらいだ。
ちょっと羽を伸ばしてみようかな。
「そうですか……」
何か言いたげな顔をしている翡翠。
「うん?」
自分で言うのもなんだけど、こういう事に気付くようになったのって相当な進歩だよな。
「いえ、何でもありません」
翡翠はぺこりと頭を下げて部屋を去っていってしまった。
「うーん?」
どうしたらいいんだろうな。
何か用事でもあったのかな。
「……後で聞いてみるか」
取りあえずは腹が減ったから何か食べよう。
こんな時間じゃお昼まで我慢してくださいねとか言われそうだけど。
「お昼まで我慢してくださいね?」
「ほら、やっぱり」
俺がそう呟くと琥珀さんは不満そうな顔をした。
「志貴さんにやっぱりと言われるのは憮然としませんね」
「え、その、ごめん」
なんだか起きてから謝りっぱなしである。
「冗談ですよ」
くすくすと笑う琥珀さん。
「最近ちょっとは鋭くなってきたんじゃないですか?」
「どうだろうな」
自覚は全然ないんだけど。
「アルクェイドさんのおかげだとしたら感謝感謝ですね」
「……あいつは先手を打たないと何しでかすかわからないからさ」
「いいコンビなんですよ」
まあ確かにバランスが取れてないようで取れている気がする。
「のろけ話を聞くのは真っ平ごめんですので」
琥珀さんは小さなパンを差し出してくれた。
「これでも食べていて下さい」
「ありがとう」
量は少ないが、昼まで持てばいい話だからな。
「で、当のアルクェイドさんはお出かけですか」
「翡翠に聞いたの?」
「はい。朝からいなかったそうですけど」
「ふーん」
どこ行ったんだろうな、あいつ。
「お昼は帰ってきますかね?」
「わからないなあ」
食べなくても全然平気なやつだし。
「駄目ですよ志貴さん」
琥珀さんはめっとしかるような仕草をした。
「アルクェイドさんのお世話はちゃんとするって約束したでしょう?」
「そりゃしたけど」
アルクェイドが屋根裏に住み続ける条件として言われたのがそれだ。
志貴さんがアルクェイドさんのお世話をちゃんとしてくださいねと。
「でも、そんなペットじゃないんだから……」
「彼女だったら尚更でしょう」
「でもあんまり管理しすぎるのもどうかと……」
「志貴さんは放任しすぎなんですってば」
「……はい」
琥珀さんからすれば、まだまだ俺は甘ちゃんのようだ。
「まったくもう。作りすぎて残ったら困るじゃないですか」
「確かになあ」
食わなくてもいい割に、食う時は無駄に食べるのがアルクェイドなのだ。
「それだったら作らなくて構わないよ。もし帰ってきたら俺がなんとかするからさ」
そういえばラーメンを作るだのどうだの約束した気がするし。
「それはそれで面白くないんですけどねー」
苦笑いしている琥珀さん。
「今日はそういう事でお願いしますよ」
「了解」
とか言ってるとタイミング悪い時に帰って来るんだよな、きっと。
「今日はアルクェイドさんがいないんですね」
「秋葉までそんな事言うんだな」
アルクェイドの事に関しては無関心を決め込んでるものだと思ってたのに。
「そういうつもりじゃなくてですね。ただふと気になっただけです」
ふんとそっぽを向いてしまう。
「駄目ですよ志貴さん秋葉さまをからかっちゃー」
琥珀さんはくすくすと笑っていた。
「いやそういうつもりじゃなくて……」
「うふふ、言い訳が同じですねー」
「うぐ」
「琥珀」
「はい、調子に乗りすぎましたー」
「……まったく」
渋い顔をしている秋葉。
「……」
そういえばこれが昔の食事風景だったっけな。
いや、違うか。
昔は琥珀さんだって食事中は静かだったもんな。
「えーとソースは……と」
「志貴さま、ソースはこちらです」
「あ、どうも」
こうやって雑談をするようになったのはいつからだったろう。
「いつもでしたらアルクェイドさまが持っていらしゃいますからね」
くすりと笑う翡翠。
「ああ、そうだった」
こうやって話すようになったのはアルクェイドのせいか。
いや、おかげというべきなのかな。
「あれには困りましたよ。必要な時に手に届く場所にないんですから」
むくれっ面をしている秋葉。
「なければアルクェイドさまが所有していると考えれば楽だと思われます」
調味料系が行方不明な時はアルクェイドに聞けば、何故か独占してたりするのだ。
「味付けには自信あるんですけどねえ」
探すからには話さなくてはいけない。
というか何もなくたってアイツは「これ何?」とか聞いてくる。
大した内容ではないが、会話のネタに困る事が無いのだ。
だから逆に会話がないとこう、ヘンな気分になってしまう。
「今日のお肉は美味しいわ」
などと秋葉も感想を言うようになったし。
「あ、わかります? いいトコを仕入れたんですよー」
琥珀さんも食事作りになお励むようになったようだ。
「俺はもう少し味が濃くても……」
「志貴さんは素材の味を生かす事を覚えなくてはいけませんね」
「……さいですか」
俺の扱いはまるで変わってないけど。
「ふふ」
翡翠も笑う事が多くなった気がする。
それもこれもみんなアルクェイドのおかげだ!
なんていうのは大げさだろうか。
いや、それくらい言ったっていいよな?
あいつは俺の彼女なんだから。
「……ぐは」
自分の考えに思わず悶えてしまう。
「ど、どうしたんですか兄さん?」
「喉にでも詰まりましたか?」
「……あ、ああ、いや、何でもない」
「ヘンな志貴さんですねー」
「いつもの事でしょう?」
「……はっはっはっはっは」
これで後は俺の待遇がよくなってくれればなあ。
というのは我侭なんだろうか。
複雑な心境の俺であった。
続く