これはまさか、以前の険悪モード復活の兆しなのか?
「うふふふふ」
シエル先輩はただ不敵に笑っているのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その8
「まあ待て落ち着けアルクェイド」
俺は取り合えず先輩とアルクェイドの間に割って入った。
「だいたい、志貴がせかすから間違えたのよ」
「う」
最初はおまえのほうがやってきたくせに。
「綺麗な顔が台無しですよ? はいタオル」
「……」
差し出されたタオルをぶんどるアルクェイド。
「あったまきた。次は絶対間違えないんだから」
ふき取ったおかげで顔はまともになったが、それ以外は小麦粉まみれである。
緊迫感があるべき場所のはずなんだけど、まるでそれが感じられなかった。
「ええ、期待していますよ」
先輩は相変わらずにこにこしているし。
「では遠野君への問題です」
「は、はい」
とにかく俺も間違えないように気をつけなければ。
「3-2は1である。○か×か」
「え、ええっ?」
なんでまた俺だけそんな簡単な?
「シエル……」
地獄の底から響いてくるような低い声を出すアルクェイド。
「せ、先輩。もっと難しい問題がいいなあ?」
俺は苦笑いしながら先輩にそう伝えた。
「そうですか? では……」
少し考える仕草をするシエル先輩。
「電波や音波などの発生源と、観測者との相対的な速度によって、波の周波数が異なって観測される現象の事を」
「げ」
何ですかこの急激なレベルアップは。
「ドップラー効果と呼びますが、さて」
しかも続きモノっ?
「ドレミの歌でドはドーナツのドである。○か×か」
「え」
なんですって?
「もう一度ですか? 電波などの……」
「ああ、いや」
そうじゃなくて。
最初と最後のほう、全然関係なくないか、それ?
ドレミ〜のところからでいいじゃん。
「シエル」
アルクェイドも怒ってるようだ。
「志貴ばっかり問題を二回言うのはずるいわよ!」
「いやそこじゃないだろ!」
「わかってるわ」
ぎろりとシエル先輩を睨み付ける。
「なんです?」
しまった、やぶへびだったか。
「ドップラー効果を語るなら……」
アルクェイドはなんだかよくわからない呪文みたいな事を言い出した。
「なるほど、しかし……」
それに対してやはり呪文みたいな言葉を返す先輩。
「ま、魔法?」
「ただの数式よ」
「ちょっと遠野君には難しいかもしれませんね」
「……」
確かにカケラも理解出来ない。
けど。
「理解できたって問題に関係ないじゃん!」
俺は耐え切れずに叫んでしまった。
「あらら、ボケ倒しに耐え切れなかったんですかね?」
「わざとですかっ!」
「当たり前じゃない」
「アルクェイド! おまえもか!」
って待てコラ。
「……なんかおかしいぞ」
「何もおかしくないですよ。さあ、答えに向かってダイブしちゃってください」
「そうそう。突っ込んじゃいなさいよ」
アルクェイドとシエル先輩は妙に息が合っていた。
「……」
ケンカ直前だったよなあ、この二人。
「え、えーと」
不審に思いつつも正解であろう○のほうへと向かう。
「とうっ!」
ぼふっ。
再びクッションが俺の体を包み込んだ。
「……ふう」
これでセーフと。
「……」
「……」
「うぐっ!」
アルクェイドと先輩は冷たい目線をぶつけ合っていた。
な、なんだ、俺が走ってる間に何があったっ?
「ではアルクェイドへの問題です」
「ええ」
またも専門用語全開の問題を出すシエル先輩。
「むぅ……」
考え込むアルクェイド。
そして出した結論は、×。
「えいっ!」
ぼんっ!
再び白煙がまきあがった。
「こほっ……けほっ」
「残念でしたねー」
再び粉まみれになってしまったアルクェイド。
「むっかー!」
「お、落ち着けアルクェイド!」
「キレテナイ、キレテナイッスヨ」
「先輩はやし立てないで!」
っていうか先輩そういうキャラじゃないでしょっ?
「次! 志貴行きなさい!」
「は、はいっ!」
ああ、俺は一体どうしたらいいんだろう。
「問題です。青信号は止まれですが……赤信号は進めである。○か×か」
「くっ……」
またしても出される簡単な問題。
「シエル……」
「なんですか、アルクェイド」
「ああもう!」
この場を和ますにはひとつしかない!
「せっかくだから俺は×を選ぶぜ!」
間違っている事を知っていながらそちらへと向かう。
これで俺が真っ白になってしまえばアルクェイドと一緒。
機嫌も少しはよくなるだろう。
「とうっ!」
ぼんっ!
「ごほっ! げほっ!」
粉っぽい煙が沸いた。
これで俺の全身は粉まみれのはずだ。
「……はっはっは……間違えちゃった」
なんて言いながら振り返る。
「あ!」
するとそこには信じられないものが掲げられていた。
『ドッキリでした』
そんな看板と、してやったりという顔をしたアルクェイドとシエル先輩である。
「実はこれ全然汚れてないのよ」
「……マジだ」
アルクェイドの服の見た目はものすごく粉っぽかったのに、触るとさらさらしていた。
「錯覚の利用です」
錯覚というか先輩の暗示の応用だろう。
つまりだ。
アルクェイドと先輩がケンカしているように見せかけて、俺の自爆を誘ったのである。
「くっそう」
通りで緊迫感が出ないわけだ。
それなのにすっかり騙されてしまった。
「遠野君の自己犠牲の精神、しかと見させて頂きました」
「全然嬉しくないんですが」
「志貴って芸人向きよね」
「……もっと嬉しくない」
ただただ苦笑いするしかなかった。
「お詫びに二人でアフターサービスしちゃいますよ」
「さ、サービスっ?」
「そうそう。これも計画の一部なんだから。名付けてびっくりしたけど嬉しい事があったからプラスマイナスゼロ作戦」
「長い」
しかもどっかで聞いた事がある気がする。
「さあさあ、そんな事は気にしないで服を脱いで下さいな」
「お、大人向け展開ですか!」
サービスって二人同時に?
そんなに持つかな俺っ?
「いえ、それは単に汚れた服を着替えてくださいというだけですが」
「……ですよね」
「志貴のスケベ」
二人の冷ややかな視線に俺はただ萎縮するしかないのであった。
男の待遇なんて所詮こんなものなのである。
涙。
続く