「いえ、それは単に汚れた服を着替えてくださいというだけですが」
「……ですよね」
「志貴のスケベ」
 

二人の冷ややかな視線に俺はただ萎縮するしかないのであった。

男の待遇なんて所詮こんなものなのである。
 

涙。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
第七部
その9




「粗茶でございますが」
「ど、どうも」

そうかしこまられるとなんだかやり辛かった。

「ワイシャツ一枚の遠野君……燃えますねー」
「シエル。いい趣味してるじゃないの」
「……あ、あはは」

当然だけど、先輩の家に俺の着替えがあるわけがない。

このワイシャツは着れそうなものということで用意して貰ったのである。

「……普通のシャツなのになあ」

先輩とアルクェイドはやたらと喜んでいた。

「逆を想像してみればわかるわよ」

そんな事を言うアルクェイド。

「逆ね」

つまりアルクェイドやシエル先輩がワイシャツ一枚で……

「……なるほど」

なんとなく理解出来た気がする。

「アフターサービスはそれがよかった?」
「そ、そんな事は」

大歓迎でありますが。

「それはちょっと喜ばせすぎですねー」

くすくすと笑うシエル先輩。

「いいじゃないか、それだけ心配したんだよ」
「心配?」
「そう、またケンカするんじゃないかって」

それを聞いたアルクェイドは不思議そうな顔をした。

「ケンカなんてしょっちゅうしてるわよ?」
「え?」

驚いて先輩のほうを見る。

「ええ、してますね」

あっさりと肯定されてしまった。

「ちょ、それって」
「志貴だってしょっちゅう妹とケンカしてるじゃないの」
「あ、あれは……」

むしろ秋葉が一方的に。

ってそうじゃなくて。

「ケンカするほど仲がいいと言うじゃありませんか」
「で、でも先輩とアルクェイドは」

真祖の姫君と埋葬機関の戦士。

「立場上の問題というのもありますけど」
「……」

以前と明らかに違うのは、互いに殺気だっていないという事だろうか。

「そうね。どうしたって意見の相違は生まれるもの」
「遠野君が想像しているようなとんでもないケンカはしませんよ」
「そうそう。せいぜい子供がおやつを取り合うような、そんなレベルだから」
「そ、そっか」

それなら安心してもいいのかな。

「遠野君は心配しすぎなんですよ」
「だから今回みたいな事をやったんだけどね」
「うーん」

以前のこの二人を知っていて、心配するなというほうが難しいのだが。

「確かに気にしすぎてたかな」

逆に俺が意識し過ぎてやり辛かったのかもしれない。

「お互いのペースでうまくやれてるんなら俺から言う事は何もないよ」
「ありがとうございます」

にこりと笑うシエル先輩。

「なんせアルクェイドとケンカするのはわたしの生きがいみたいなものですし」
「い、いや、それはどうかと」
「楽しいからいいのよ」

あっけっらかんと笑うアルクェイド。

「なんだかんだで、わたしにちゃんと接してくれるのって志貴とシエルくらいだしねー」
「む」
「秋葉さんたちもそうでしょう?」
「あ、うん。けど二人は特にそうじゃない」
「……確かになあ」

先輩は俺の知らないアルクェイドを知っているだろうし、言っている事は大概正論でためになるものである。

「ケンカというのは悪い言いかたでしたね」

苦笑いをしているシエル先輩。

「アルクェイドの事をもっと知りたいというのが真意でしょうか」
「えー? シエルってそっちの気があったの?」

俺に擦り寄ってくるアルクェイド。

「ち、違いますっ」
「……」

アルクェイドとシエル先輩が組んずほぐれつ。

それはそれでいいかも。

いやいやそうじゃなくて。

「仕事上の好奇心というものもありますが、一個人としてどうなっていくのか見ていきたいといいますか」
「シエルに見られてなくたってわたしはちゃんとやってるわよ」

そう言ってぎゅっと俺に抱きついてくる。

「お、おいおい」
「ええ、躾け等に関しては遠野君に一任してます」
「……あはは」

それをどうにかするのが一番大変だと思うのだが。

「ただ、貴方一人で買い物に行かせるのも心配でしょうし」
「あー」

前に行かせた事があったけど、結局心配で後をつけてったくらいだからな。

「いわゆる一般常識が欠如しているんですよ」

いつの間にやら先輩のお説教モードが発動していた。

「そんな事ないわよー」
「あるんです」
「なるほど、これでケンカになるってわけか」
「……あ」

俺の言葉にはっと気付いた顔をするシエル先輩。

「す、すいません、つい」
「いやいや」

つまりはアルクェイドを心配するからこその小言なわけだ。

「安心した」

それならむしろ大歓迎名くらいだ。

「俺が言っても聞かない事があるから、先輩もばしばし言いまくって下さい」
「あはは、志貴ってばさっきまでと言ってる事違うー」
「いいんだよ」

互いを憎しみあってのケンカは駄目だと思うけど、こういう事は生活している中で結構あることなのだ。

「俺が秋葉に小言言われてるようなもんだからさ」

その裏にはこうあって欲しいという願望や愛情があるわけだ。

「というわけで万事解決」
「それはよかったです」

先輩は嬉しそうだった。

「で、肝心のアフターサービスってのはまだなのかな」

正直それを期待して待っていたんですが。

「え? 終わりましたよ?」
「終わり?」

俺何かされたっけ?

「ええ。わたしがお茶を出して」
「わたしが抱きついて」
「……いや、いつもの事じゃない? それ」
「冗談ですよ」
「え? 冗談だったの?」

アルクェイドのサービスには最初から期待してないので問題ない。

ただ先輩のサービスっていうと。

「カレーを作って置いたんですよ」
「ほらやっぱり」
「何か言いました?」
「いえ、何でもありません」

なんだかんだで先輩のカレーを食べるのも久々な気もするし。

「堪能させて頂きます」
「はい、待っててくださいね」

先輩はぱたぱたと台所へ向かっていった。

「なんかマンガで書いてあったのよ」

ふいに思い出したように呟くアルクェイド。

「なんて?」
「友達ってね、一緒にいると楽しくて、遊んだり、笑ったり泣いたり、ケンカしたりするものだって」
「ふーん」
「わたしとシエルってそんな関係だと思わない?」
「ん、そうだな」

確かにそうかもしれない。

「ケンカしてる時が一番楽しいんだけどねー」
「それはやめろってのに」
「あはははは」

おかしそうに笑うアルクェイド。

「志貴と妹だってそうじゃない」
「あれは別に俺はケンカしたいわけじゃ……って」

この会話はさっきもやっただろ。

「無限ループもよくある話なんだよな」

あれこれ変な方向に逸れておいて、結局元の話になってしまうという。

「友だちの話?」
「そ」

よくある話だ。

「そうそう。わたしもこの間シエルと……」
 

俺たちはとてもまったりとした時間を過ごすのであった。
 

続く



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