俺たちは商店街に食糧の買いだしに来ていた。
「そうですねー。お肉も安くていいのが手に入りましたし、言う事ありません」
手ぶらで歩く琥珀さんはとても満足そうである。
「うん。あの肉は美味そうだった。期待してるよ」
「任せてくださいな」
「お菓子もたくさん買ったし……」
俺の持っている袋の中にはお菓子が盛りだくさんに入れられていた。
ちなみに持っているのはこれだけなのでそんなに重くはない。
「秋葉さまに見つからないようにしてくださいよ? 怒られちゃいますからね」
「わかってるわかってる」
もちろんこれは琥珀さんがこっそり部屋に隠しておく用のお菓子なのだが。
それともうひとつあった。
それは今回残りの荷物を全部持ってくれているやつへの、まあご褒美である。
「ねえ、志貴。あそこで何かやってるよ?」
大量の食材の入ったビニール袋を持ったアルクェイド。
「こら、手を上げるな。ビニール落としたらどうするんだよ」
「志貴こそお菓子を落とさないでよね」
「わかってるって」
そう、残りの荷物を持っていてくれるのはアルクェイドなのだ。
つくづく琥珀さんはアルクェイドの怪力や空想具現化を庶民的に利用する天才だと思う。
「あれは福引きですねー」
そんな事はさておき、アルクェイドの指差した先ではどうやら福引きがやっているようだった。
ガラガラ回して当たりの玉が出たら景品が貰えるというあれだ。
「そういえばさっきレシートと一緒に何かくれたっけ」
あれが福引きの券だったのか。
「行ってみようよ」
「走るなっ! 食材が周りの人間に当たるっ!」
「アルクェイドさんを荷物持ちに抜擢したのは微妙に間違いだった気もしてきましたねー……」
琥珀さんと二人苦笑しながらアルクェイドを追いかけていった。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
「はーいいらっしゃーい」
「ねえねえ、これ何やってるの?」
「だから福引きだってば。おまえ人の話全然聞いてなかっただろ」
「福引き? ああ、ハズレが出ればティッシュが貰えるってやつね」
「まあ……間違ってはないけど」
少なくとも福引きの会場で言っていいセリフじゃないと思う。
「まあ、面白いことを言うお嬢さんね、ほほ、おほほっ」
案の定福引きのおばちゃんは引きつった笑いを浮かべていた。
「あのー、これだけあるんですけど何回出来ますかね?」
琥珀さんが別のおばちゃんに券を手渡している。
俺もさり気なくアルクェイドを引っ張ってそっちに移動した。
「どれどれ……ひーふーみー……ん。五回分だね」
「五回か」
ひとつ当たればおなぐさみってところだな。
「五等がティッシュ、四等商品券、三等自転車、二位がランダムペア入場券で一位がハワイ旅行ね……」
お約束どおり一位だけが妙に豪華な色彩で描かれている。
「ランダム入場券って何ですか?」
「あ、俺も気になった」
「ああ。それは水族館か動物園か温泉のペア入場券が当たるってやつさ。どれが当たるかは引いてからのお楽しみ」
「ふーん」
なかなか斬新な景品かもしれない。
「水族館を二等で動物園を三等とかにしたらスポンサーともめそうですしね」
「いや、そんな大人の事情まで考えなくても」
「……」
おばちゃんは明後日の方向を遠い目で見ていた。
きっと色々あったんだろうなあ。
「さて、やるからには一発ハワイを当てたいところですねー。みんな揃ってバカンスです」
おばちゃんを気にせずに明るく振舞う琥珀さん。
こっちはアルクェイドと違って何か裏があるような気がしてしまう笑顔だ。
「む。何か言いたげですね志貴さん」
「いや、別に。とりあえず三人いるわけだし、何回づつ回そうか」
アルクェイドはこういうの好きそうだから二回やらせて、琥珀さんが二回俺は一回ってとこかな。
「えいえいえいえいえいえい」
ぐるんぐるんぐるんぐるん。
「ってこらっ! おまえ勝手に回してるんじゃないっ!」
ちょっと目を離している好きにアルクェイドがガラガラを回してしまっていた。
「えー? 何でよ。五回回していいんでしょ?」
「だからその五回をみんな均等に……」
「時既に遅しですねー。もう玉が五個出ちゃってますよ」
「……」
アルクェイドから目を離した俺が迂闊だったか。
「しかも四つが赤玉か……」
赤玉っていうのはだいたいハズレの色である。
「ティッシュ四つですかね?」
残りの緑が三位とかだったらいいけどなあ。
「ば、バカなっ! に、ににににに、二位が四つもっ?」
「へ?」
「ちょいとアンタっ! これ玉の配合間違えたんじゃないかいっ?」
「そそそそ、そんな事ないよっ! 今まで当たりが出た奴なんかほとんどいなかったんだからっ!」
急に福引き陣営が慌しくなった。
「どうやら赤い玉が二位だったみたいですねぇ」
「当たりを出させまいとハズレの緑を大量に入れすぎて逆に当たりが集中しちゃったんじゃないかいっ? どうするんだよっ!」
「やっぱり二位をひとまとめにしたのが間違いだったのさっ! あたしゃ最初から反対だったんだ!」
「うーん……」
なんだかおばちゃん勢がかわいそうな気もする。
「ちょっとちょっと。当たりを当てたんだから商品ちょうだいよー」
この状況でそんな事を言えるアルクェイドはよほどの大物というわけではなくただのバカである。
「く、くそうっ、持ってけドロボー!」
おばちゃんの一人が投げ捨てるようにアルクェイドに封筒を四つよこした。
「あはっ。皆さん残念でしたねー。策士策に溺れるとはこのことです」
琥珀さんはその言葉をそのまま他山の石として欲しいところである。
まあそれでタチが悪くなったら笑えないけど。
「やった。貰っちゃった」
「一体何の入場券なんだ? それ」
「んーと……」
アルクェイドが封筒の中身を取り出した。
「動物園ね。象が描いてあるわ」
「動物園か……」
それは電車でちょっと行ったところにある動物園の入場券であった。
「二枚入りだからペアチケットってやつですね。それが四セットで……計八枚?」
ご丁寧に八枚全てが動物園のやつである。
「やけになっちゃったんでしょうねえ」
「確かに」
「ま、ハワイが八枚でなかっただけよかったんじゃないですか?」
「そうだな……」
まああのやり取りを見た限り、そんなに一等が入ってるとも思えないけど。
「じゃあ、せっかくだしみんなで行こうよ」
アルクェイドが能天気にそんな事を言った。
「……取りあえず歩こう」
このままここで話をするのはおばちゃんたちがあまりに気の毒である。
というか視線が痛い。
「それではみなさんさようなら〜」
琥珀さんが手を振り、俺たちは福引き会場を後にした。
「しかし動物園ねえ……」
正直そんなに興味をそそられるものではないんだけど。
「楽しいって。それに、行かなきゃチケット勿体無いよ?」
「まあ、そうだけどさ」
せっかくタダで貰ったもんだし、有効活用しないとな。
「とりあえず帰ったら秋葉に話してみよう」
最近アルクェイドと遠出することもなかったし、たまにはいいかもしれない。
「わーいっ」
両手をあげてバンザイするアルクェイド。
「うごっ……」
アルクェイドの持ち上げた袋が俺のアゴにクリーンヒットした。
「わ。大丈夫ですか志貴さん?」
幸運の後には不幸が訪れるっていう。
きっとこれもそのひとつだろう。
「……うん、大丈夫」
けど、この先さらに不幸な事があったらどうしよう。
「大丈夫……だよな?」
素直に幸せを喜ぶ事が出来ない、悲しい癖が俺の体には染み付いてしまっているのであった。
続く
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