両手をあげてバンザイするアルクェイド。
「うごっ……」
アルクェイドの持ち上げた袋が俺のアゴにクリーンヒットした。
「わ。大丈夫ですか志貴さん?」
幸運の後には不幸が訪れるっていう。
きっとこれもそのひとつだろう。
「……うん、大丈夫」
けど、この先さらに不幸な事があったらどうしよう。
「大丈夫……だよな?」
素直に幸せを喜ぶ事が出来ない、悲しい癖が俺の体には染み付いてしまっているのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その2
「たっだいまー」
「お帰りなさいませ、アルクェイドさま」
遠野家に戻ってきた俺たちを翡翠が出迎えてくれる。
「今日は堂々と玄関から入って来られるわね」
「まあな」
先にアルクェイドが荷物を運んでくる事を秋葉に話してあるのだ。
いつもだったら窓から入らせるところである。
「っていうか玄関からおまえが入ってきたの初めて見た気がするぞ」
「失礼ね。ちゃんと入ってきた事あるわよ。二三回くらい」
「……」
ちなみに俺の部屋の窓には琥珀さんが書いた「アルクェイドさん用玄関」という板が外に貼り付けてあったりする。
「とりあえずアルクェイドさん、食材を台所に運んでいただけますか? お魚とかは鮮度が命ですし」
「はいはい。じゃ、志貴、また後でね」
「おう。琥珀さん。お菓子はどうする?」
「翡翠ちゃんに渡しておいて下さい。アルクェイドさんのぶんを抜いて」
「わかった」
アルクェイドと琥珀さんは台所へ向かっていく。
「……さて何がいいかな」
ポテチやらチョコレートやら駄菓子やらを適当にチョイス。
割と自分の好みのものばかりになってしまったけどまあ気にしないでおこう。
「よし」
これでオッケー。
「これが残り。頼むよ翡翠」
「かしこまりました」
「あと、秋葉をリビングにでも呼んでおいてくれたら助かる。話があるから」
「話ですか?」
「ああ」
それはもちろんアルクェイドの当てたチケットの話だ。
「翡翠も一緒にリビングにいてくれ。いいものがあるぞ」
「いいもの……ですか?」
「ああ」
翡翠は動物好きそうだからきっと喜ぶだろう。
「何かはわかりませんが期待しております」
「うん。じゃ、また」
とりあえずこのお菓子をどうにかしなきゃいけない。
俺は駆け足で部屋へと戻った。
「えーと」
このお菓子を堂々と置いていたら秋葉に見つかる可能性がある。
そうなると怒られるのは俺だ。
それは絶対に避けたい事態である。
「……上に置いておくか」
俺は琥珀さんが作った壁のスイッチを押した。
すると天井に穴が開き、するすると縄ばしごが降りてくる。
「琥珀さんの部屋にもこれあったけど……どうやって作ったんだろう」
まあ世の中知らないほうがいいこともあるしなあ。
深く考えないことにする。
「よっと」
このはしごを登るのは慣れたもんなのであっという間に上に辿り着いた。
屋根裏部屋だ。
「机机……」
床にはごちゃごちゃと本やら何やらが散らばって実に歩きづらい。
「あのバカ、ちゃんと片付けろっていったのに」
あっちのマンションに住んでいた時はしっかりしてたのに、こっちに住むようになって急にだらしなくなった気がする。
それを注意したら「志貴の影響よ」とか言ってとぼけてたし。
まあ、俺も片付けは得意なほうではない。
越してきたばかりの頃はそれこそ何もなかったけれど、今では趣味のものやら琥珀さんが自分の部屋に置けないからと思ってきたハニワやらでそれなり賑やかになっていた。
「……有間にいた時はしっかりしてたんだけどなあ」
人間、世話をしてくれる人が傍にいるとだらしなくなってしまうものである。
翡翠がいるからいいや、みたいな思考をしている自分がどこかにいた。
「とにかくこれはここに置いて」
机の上にお菓子を置いておく。
「……行くか」
秋葉は性格はきついが呼べばちゃんと来てくれるのである。
待たせたら何て言われるかわかったもんじゃないし。
「よっと」
降りる時はそのまま下のベッドに落下。
これがなかなか楽しかったりする。
「やっほー志貴」
「ん」
窓を見るとアルクェイドが座っていた。
「なんだよ。結局窓から入ってきたのか?」
「うん。なんか落ち着かなくって」
「……気持ちはわからなくもない」
俺もアルクェイドが玄関から入ってきた光景には違和感を感じたからなあ。
「それよりアルクェイド。おまえまた屋根裏部屋散らかってたぞ。駄目じゃないか。片付けないと」
ちょうどいいのでそれをしかっておく。
「何よー。屋根裏部屋はわたしの部屋なんだからどう使ったって自由でしょ。それに志貴くらいしか入ってこないじゃない」
「片付けないとおばけが全部持ってっちゃうんだぞ」
子供番組みたいな文句でアルクェイドを脅かす。
「お化けなんて怖くないもん」
そりゃそうだ、こいつは真祖なんだから。
「この前俺が屋根裏のもんほとんど隠してやったらオバケに持ってかれたって半ベソかいてたのはどこの誰だ?」
「……ぶー」
ただ真祖云々以前にこいつには一般常識っていうか精神的修練が足りてない。
俺とこいつが同棲するようになったのも、神様がこいつを世間一般に適応させるために与えた試練なんじゃないか、とか思っていたりする。
それをシエル先輩に言ったら苦笑してたけど。
「とにかく片付けておけよ。モノが見つけづらくて困るだろ?」
「後でやっておくわ」
「……」
絶対やらないから後でまた注意しないとな。
「それより今はこれのことでしょ。早く妹に話そうよ」
「ん……そうだな」
さっきも言ったけど秋葉を待たせると怖いのだ。
「じゃ、行くぞ」
今日はアルクェイドのことを隠さなくていいから気が楽である。
「おはよー妹」
「今は夕方です。挨拶をするならこんばんわでしょう」
「あはは。こんばんわ」
「用が済んだらさっさと帰ってくださってよかったんですよ?」
こんなんだが秋葉の当たりは以前に比べたらだいぶ柔らかくなったのである。
「用事があるからここにいるの。せっかくだから妹も一緒にと思って」
「用事?」
なんせ前はほとんどまともにアルクェイドの話を聞かなかった秋葉がちゃんと意味のある会話をしているんだからな。
「そう。じゃーん、これ、何だと思う?」
「何だと思うと言われましても」
「動物園の入場チケットなんだ。アルクェイドが福引きで八枚も当ててくれた」
「……動物園」
やはり翡翠が嬉しそうな顔をしている。
「そう。動物園よ。シカもクマもゾウもライオンもペンギンもシマウマもいる動物園」
「……ペンギンは多分いないと思うけど」
「パンダもいますかね?」
琥珀さんはいつもながら楽しそうだった。
「いたんじゃないかな? 俺そこの動物園昔行った事あるし」
イチゴさんが保護者みたいな感じで有彦と一緒に遊びに行ったんだっけ。
「……パンダ」
パンダという単語に秋葉も少し興味を持ったようだった。
「最近遠出をすることも無かったですし、よいのではないでしょうか」
翡翠のさりげない後押しが秋葉の心を揺する。
「……それは兄さんももちろん行くんですよね?」
もうあと一押しだ。
「ああ。もちろんだ」
「修学旅行みたいな感じになりそうですねー。今からドキドキしちゃいますよ」
「……」
「どうだ秋葉?」
「妹ー」
「秋葉さま」
「あっきはさまー?」
「……ああもうっ! 鬱陶しいわねっ! 行くわよっ。ええ、みんなで行きましょうっ」
鬱陶しいと言いながらも笑顔の秋葉。
もしかしたら秋葉のやつ、あんまり誰かに誘われることなんてないから実は嬉しくてしょうがなかったのかもしれない。
「決定ね。それじゃあわたしと握手っ!」
いつ覚えたんだか、テレビのCMのフレーズを真似してアルクェイドが秋葉の手をぎゅっと握るのであった。
続く
感想用フォーム 励みになるので宜しければ感想を送って下さいませ。