「ああ。遠野家と愉快な仲間たちご招待ってね。さ、行くよ」
「駐車料金もバカにならねえからな。みんな急いでくれっ」
「え、あ、はい。行こう、翡翠ちゃん」
「は、はい」
「え、ちょっと待ってよ。ねえ電車はー?」

登場してわずか数分で乾姉弟はメンバーをまとめてまった。

「電車は今回はなし。次回のお楽しみってね」
「ちぇー……」

まあ多少と言うかかなり強引なところもあるけれど。

俺の人選は間違っていなかったようだ。

「はいはい脇道それない。こっちこっち」
 

みんなを引率するイチゴさんは俺の目にはとても頼もしく見えるのであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その10










「ほい、みんな乗った乗った」
「へえ……」

イチゴさんの案内してくれた駐車場にはかなり大きなワゴン車が止められていた。

全員が乗っても余裕でスペースがありそうな感じだ。

「わたしいっちばーん」

さっそくとばかりにアルクェイドが後部座席に乗り込んだ。

「ほら、志貴こっちこっち」

そうして俺に手招きをする。

「はいはい」
「ん、タンマ」

続けて乗り込もうとするとイチゴさんに止められた。

「なんです?」
「あんたはこっち」

そう言って助手席を指差す。

「はぁ、別に構わないですけど」

何でだろう。

「えー? 志貴はわたしの隣に座るのー」

不満そうな声をあげるアルクェイド。

「いや、地図見てもらう相手が欲しいんでね。有彦じゃアテにならんし、かといって他の連中とはさほど面識もないし」
「悪かったな頼りなくて」

有彦が苦笑いしている。

確かにさほど親しくもない相手に道案内を頼むのは難しいだろう。

「わかりました。アルクェイド、すぐ着くから我慢してろ」
「そうそう。どうせ動物園についたらイチャイチャできるんだからさ」
「む……」

イチゴさんの言葉に秋葉が顔をしかめていた。

「じゃあ、せっかくだから俺はアルクェイドさんの隣に……」

言うやいなやアルクェイドの隣に座りこむ有彦。

「ちぇ。つまんないの」
「まぁまぁ。俺の超絶爆笑トーク五十連発を聞かせてあげますから」

まあ有彦ならアルクェイドの隣でも大丈夫だろう。

「ではではわたしも乗り込むとしますかね」

シエル先輩が有彦の隣に。

アルクェイドが問題を起こさないように見張ってくれるつもりなんだろう。

「そうなると遠野家組が最後部ですねー」

後部座席は手前と奥に別れている。

アルクェイドたちが座っているのが後部座席手前で琥珀さんたちが座ろうとしているのが最後部座席というわけだ。

ちょっとややこしい。

「では……」

翡翠が最初に乗り込み続いて琥珀さん、最後に秋葉が乗り込んだ。

「ほれ、有間も乗んな」
「あ、はい」

慌てて助手席へ。

「んじゃ、遠野家ご一行と愉快な仲間たちを動物園へごしょうたーい」

ぱちぱちぱちとアルクェイドだと思われる拍手がワゴン内に響いた。

「……オーケー盛り上げありがとう。出発進行」

ぶろろろろとエンジンの音が響き渡り、ワゴンは動き出した。

「動物園までどれくらいかかるんですかね?」

シエル先輩の声。

「んー。高速使って三十分ちょいかな。渋滞に巻き込まれなきゃすぐだよ」
「結構近いんですねえ」
「そんなに早かったでしたっけ」

子供の頃は車の中がずいぶん長い時間みたいに感じたんだけど。

「ガキの頃は暇だ暇だーって有彦が叫んでたからなぁ」
「んな昔の事引っ張り出してくるんじゃねえよ」

非難の声をあげる有彦。

「でも確かにただ到着を待つだけでは退屈ですねー」

琥珀さんがそんな事を言った。

「しりとりでもしてたらどうだい」

イチゴさんがそれに答えるように言う。

「そんな子供みたいな……」
「あ、面白そうですねー」
「いいんじゃない? わたし結構強いわよ?」
「いいねぇっ。負けた奴は罰ゲームってことでどうだ?」
「……」

多勢に無勢と悟ったか秋葉の声が聞こえなくなる。

「では誰からいきましょうか?」
「しりとりの『り』から。ほれ有間」
「え? 俺?」

いきなり指名されてしまった。

「志貴さん、早くー」
「え、ええと、じゃ、じゃあ……りんご」

琥珀さんにせかされあまりといえば王道すぎる単語を言ってしまう俺。

「次アルクェイドさんね。以下時計回りで後ろに」
「じゃあ……ゴリアテっ!」

またそんなマニアックな言葉を。

「手塚治虫」
「無駄」

人名もありらしい。

「だ、だ……」

考え込むような翡翠の声。

「濁点抜きもありだよ」
「た……たい焼き」
「食い逃げ」
「いや、それ全然しりとりになってないから」
「あはっ。つい連想クイズになっちゃいました」

琥珀さんの言ってる事は時々謎である。

「では……ギンギラギンにさりげなく」
「熊」

アリなのかそれっ?

「マンドリル」

なんだかなんでもOKなしりとりになってきてしまった。

「有間の番だぞ」
「え、ええと……」

ならば俺もそれに乗じるまでだ。

「ルドラの秘宝」
「却下」
「何故にっ?」
「マイナーすぎ」
「うぐ……」

否定できないのが悲しかった。

「じゃ、じゃあ……ルーマニア」
「アンドレ」
「オスカル」
「だから連想ゲームじゃないっつーに」

俺以外の連中のほうがよっぽどマニアックだぞ。

「いや、ベルばらはありだろう」
「……」

ルールブックイチゴさんには逆らえなかった。

「じゃあレバー」
「この場合バですか? アですか?」
「バ」
「では……バーモントカレー」

さすがはシエル先輩。

「レですか……」

翡翠の困ったような声が聞こえる。

ラ行の単語って結構少ないんだよなあ。

「翡翠ちゃん、レと言ったらあれだよ〜。ほら、すっぱい奴」

琥珀さんが翡翠にヒントを与えていた。

まあこれくらいはアリだろう。

「あ……れんこん」
「すっぱくないしそれっ!」
「い、いけませんでしたか?」
「いや……間違ってはいないけど」
「今日はいやにツッコミが冴えてるなあ、有間」

イチゴさんが楽しそうに笑っていた。

「というか……終わりじゃないですか、れんこんじゃ」

秋葉の冷静な声。

『あ』

みんなの声が綺麗にハモった。

「……終了?」
「れ、れんこんジュース」
「いや、そんなのないから」
「……」
「えー? もう終わりなの? つまんないわよ。もうちょっと続けましょうよ」

アルクェイドがそんな事を言う。

「そうだなぁ。まだ到着まで時間あるし……なんか芸をやったらセーフってことにしてやるよ」
「げ、芸……」

翡翠の困った顔が目に浮かぶようだった。

「無理してしりとり続けなくても他のゲームにすればいいんじゃ」

それをいち早く察したのか琥珀さんがそんな事を言う。

「いえ、終わらせてしまったのはわたしですし……責任を取って芸をやらせていただきます」

変なところで翡翠は几帳面だった。

「お、いいぞいいぞ〜」
「い、乾さま」

どうやら有彦は体を後ろに向けて翡翠を眺めているようだ。

「有彦。殴るぞ」

イチゴさんがため息混じりに言った。

「おお怖い……」
「あれ? 見ないの?」
「ええ。怖いのがいますんで」

有彦は翡翠を見るのを止めたようだ。

アルクェイドは会話の内容からして後ろを見たままみたいだけど。

「で、ではええと……洗脳探偵のモノマネを」
「ああ……」

それは翡翠が大好きなエト君のことだ。

エト君には決め台詞があるのである。

「あ、あなたを犯人です」
「ええっー? 秋葉さまが犯人なのっ? 琥珀困っちゃうっ」
「……」
「琥珀……だっけ。あんた昼飯奢りね」
「ええっ! なんでですかっ? このモノマネを盛り上げる絶妙の演出がっ?」
「あは、あはははは……」

いつもの遠野家以上にハイテンションなワゴン内。

みんなで旅行という環境がそうさせるんだろうか。

「……いい家族を持ったじゃないか」

ふいにイチゴさんが微笑みながら言った。

もしかしたら俺に聞こえないつもりだったのかもしれない。

「ええ、そうですね」

だが俺は反射的に答えてしまった。

「……」

目を丸くするイチゴさん。

「その調子で朴念仁が卒業できるといいんだけどね」

今度はにやりという言葉がふさわしいような笑い方だった。

「勘弁してくださいよ……」
「じゃあ翡翠からまた再開ね。レよ。いきなりんとかで終わらせないでよ?」

そんな会話を繰り広げているうちにしりとり再開。

「は、はい……れ……連立方程式」
「……もっと普通の言葉を選びなさいよ……鏡面反射」
「いや、それも普通じゃないと思うんだけど」
「これもやですか? しですか?」
「しで採用。死亡遊戯」
「ブルースリーの作品ですね。あれは完成しなかったのが残念でなりませんよー」
「細かいところをついてくるなあ……」
 

こうしてお互いのマニアックな知識を披露する(?)しりとりは動物園到着まで続くのであった。
 

続く


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