『遠野志貴さま。遠野志貴さま。お連れ様がお待ちです。管理室まで……』
『志貴ーっ。何迷子になってるのよーっ! 早く来なさ……』

がちゃ。

「……」

「……」
「兄さん……」
「……あんのばっかおんなーっ!」
 

我ながら久々に使うフレーズを叫びながら俺は大急ぎで管理室とやらに向かうのであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その12




「アルクェイドぉっ!」
「あ。志貴。こっちこっちー」

やたらとファンシーな外装の管理室。

アルクェイドが俺に気付いてぶんぶん手を振りまわしている。

「駄目じゃないの志貴。いきなり迷子になっちゃ」

そして俺に向かって呆れた顔をしてそんな事を言った。

「それはこっちのセリフだっ! 迷子になったのはおまえなんだよおまえ!」

さすがに温厚な俺と言えどもこれには怒らざるを得ない。

「えー?」
「えーじゃない。駄目だろ勝手にどっか行っちゃ!」
「……志貴がついてこなかっただけでしょ」
「それを勝手っていうんだよっ! そんなんだったらもう俺は一緒に動物園回ってやらないからな!」
「……」

アルクェイドはみるみるうちにしょんぼりしていく。

「……ごめん……なさい」

そして目をうるうるさせながら頭を下げた。

「あ、いや、その」

いけない、ちょっと言いすぎただろうか。

いや、いつも甘いからいけないんだ。こういう時にきっちりしておかないと。

「こ、今度勝手な行動したら本当に回ってやらないぞ。だからちゃんと俺と一緒に来る事」

とか思いつつも甘い俺。

「……うん、しない、絶対」

アルクェイドはぎゅっと俺の手を握りしめてきた。

「むう……」

その光景にものすごく不満そうな秋葉。

「こうでもしてないとまたはぐれちゃうからさ」
「……」

そっぽを向かれてしまった。

まあ「私も一緒に……」と言い出されなくてよかった。

秋葉の性格上それはあり得ないけどもしそんなことになったら俺のほうが見世物状態になっちゃうからな。

「じゃ、お説教はおしまい。楽しく動物園を回ろうじゃないか」
「うんっ」
「単純でいいですね……まったく」

ため息混じりに皮肉を言う秋葉。

「どこまわろっか? ゾウ?」

だがそんな皮肉が通用するアルクェイドではなかった。

「ゾウはさっき見てきたから他のがいいな」
「えー? わたしまだ見てないわよ。ずるい」
「ずるいったっておまえ一人でなんか見てきたんだろ?」
「……思いっきりスルーですか……いい度胸ですね」
「んー。秋葉はどこに行きたい?」

秋葉が険悪モードになりそうだったので咄嗟に尋ねてみる。

「え? あ、は、はい。ええと……」

急に振られたのでさすがの秋葉も戸惑ってるみたいだった。

ちなみに俺はいかにも平然を装っているがいつ激突しやしないかと内心冷や冷やしてる。

「……そういえば翡翠たちはペンギンを見にいくと言ってましたね」
「ペンギン? いるの?」
「ああ。いるみたいだな。水族館じゃなくてもいるもんなんだなぁ」

確か昔イチゴさんに連れられて来た時からペンギンはこの動物園にいた。

その当時からここの人気スポットだった場所である。

「じゃあそこに行こっか?」
「……そうですね。それもいいかもしれません」

秋葉もペンギンが見たかったのか、あっさりと頷いた。

「じゃあペンギンに決定。行くぞ二人とも」
「はーい」
「アルクェイドさんっ! 手を繋ぐのはともかくそんなに擦り寄らないでくださいっ!」
「うぐ……」

三歩と歩かないうちにアルクェイドはその体を俺に密着させてきた。

双丘がむにむにと押し付けられてなんともはや。

「だってまたはぐれたらやだもん」

アルクェイドの主張も正論なので強く離れろとは言えない。

「だ、だったら……」
「え」

なんと秋葉も反対側に抱きついてきた。

秋葉だったらこんなこと絶対しないって安心していた矢先なのに。

「あ、ああ、秋葉」
「何ですかっ。アルクェイドさんはよくて私は悪いとでも?」
「い、いや……それは」

駄目とは言えない。

「うぐ……」

無茶苦茶恥ずかしいんだけど。

「おいおい見ろよあれ……」
「クソっ、なんて羨ましい……アダ、アダダ!」

周囲の野郎どもから浴びせられる羨望の視線。

いや、そりゃこの状況、嬉しくないって言ったら嘘になるんだけどさ。

「ペンギンペンギンっ」

むにむにむに。

「……」

ぺたんぺたんぺたん。

「……なんだかなぁ」

左右の感触があまりといえばあまりに極端であった。

どっちがどっちなのかは言うまでもあるまい。

「あ。あそこに変な鳥がいるっ」
「だあ、引っ張るなっ!」
「ちょ、アルクェイドさんっ!」

三人くっついてるので普通に移動するだけでもさあ大変。

「……本当に変な鳥だな」

その鳥は異様に毛が赤くて鳴き声が女性の金きり声みたいだった。

「妹みたいね」
「どういう意味ですかっ!」
「俺を間に挟んでケンカするのは止めてくれ……」

そして動物よりも俺たち三人への視線のほうが多かったのがとても悲しかった。

なんだかペンギンに辿り着く前に力尽きてしまいそうである。

いや、くじけちゃ駄目だ。

ここでなんとかできないようじゃこの先だって危うい。

「よし、いっそこうしようっ」

俺はアルクェイドと秋葉を無理やり引き剥がした。

「ちょっと志貴?」
「兄さん。どういうつもりなんです?」
「いや、何も俺が間に入る必要がないなと思ってさ」

時には強引な手段も必要だろう。

毒を持って毒を制すじゃないけど。

「こうやってだな」

アルクェイドと秋葉の手を握らせる。

「な、何をするんですかっ!」
「いつもあんまりコミュニケーションしてないだろ二人とも。こういう機会に仲良くなっておけよ」
「えー? 志貴は?」
「俺も一緒についてくから問題なし」
「ちぇ。妹と手を繋いだってつまんないわよ」
「つまんなくてもいいの。秋葉と一緒だったらまずはぐれないからな。な、秋葉。秋葉は俺からはぐれたりしないよな?」

ちょっと秋葉のプライドをくすぐるように攻めてみた。

「当然です。足手まといがいても兄さんを見失ったりはしません」

うまい具合に秋葉は俺の挑発に乗ってくれた。

よし、なんか冴えてきたぞ俺。

「じゃあアルクェイドの事を頼んでも大丈夫だな」
「そ、それは」
「いや、さすが秋葉だ。頼りになる。ほんと感謝してるよ」
「……」

いつもこうだったら楽なのになあと思うくらい今の俺は手際がよかった。

琥珀さんの亡霊でも(死んでないけど)とり憑いたのかもしれない。

「わかったわよ。じゃあしょうがないわね。妹。迷子になるんじゃないわよ?」
「それはこっちのセリフですっ!」
「まあまあ」

俺が巻き込まれてない分、これならまだ客観的な判断が出来るというものだ。

「じゃあ早くペンギン見に行こうぜ」
「ええ。そうね」
「わかってますよそれくらい」
「……いや、ペンギンいるのはそっちじゃないから」

言うや否や二人はあらぬ方向に歩き出してしまっていた。

「わ、わかってます! 軽いジョークですよっ。ねえアルクェイドさんっ?」
「そ、そうよ。何も考えないで歩き出したとかないんだからね」
「……」
 

意外とこの二人、いいコンビなのかもしれなかった。
 

続く


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