「じゃあ早くペンギン見に行こうぜ」
「ええ。そうね」
「わかってますよそれくらい」
「……いや、ペンギンいるのはそっちじゃないから」

言うや否や二人はあらぬ方向に歩き出してしまっていた。

「わ、わかってます! 軽いジョークですよっ。ねえアルクェイドさんっ?」
「そ、そうよ。何も考えないで歩き出したとかないんだからね」
「……」
 

意外とこの二人、いいコンビなのかもしれなかった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その13









「そこのカバのところを右に曲がって……」
「カバって案外凶暴なのよ。妹、知ってた?」
「またそんなデマカセを」
「ほんとよ。あの口に噛まれたら腕なんか引き千切られちゃうわ」
「……」

がぶがぶ。

カバは巨大な口で餌をぱくついていた。

「確かにあれに噛まれたらやばそうだな」
「……本当なんですか?」
「まあ怒らせなきゃ平気だろうけどね。それにこれは飼われてるから。怖いのは野生のカバよ」
「うーむ」

あんなマヌケそうな顔してるカバがそんな怖い存在だったとは。

「勉強になった?」
「そんな下らない事よりも一般常識を身につけてください」

まあそんな事言ったら我が妹と手を繋いで笑ってるアルクェイドは地上最強の生物なのだが。

誰も信じてくれないだろうなあ。

俺もちっとも怖いと思ってないし。

「動物園は楽しむもんなんだからさ。そういう怖い話はなしだよ」
「えー? もっと色々あるのよ?」
「動物を見てかわいいねーとか言ってるのが正しい動物園の楽しみ方だろ」
「正しい楽しみ方なんてあるんですか?」
「……いや、それはわからないけど」

少なくともカバについて延々と語る場所ではないと思う。

「ならいいでしょ。ちなみに学名は……」
「アルクェイドさん。私たちはペンギンを見に行くんです。カバはもういいでしょう」
「はーい」

アルクェイドは渋々といった感じで歩き出した。

「語るならせめてペンギンについて語ってください」

秋葉がため息をつきながらそんな事を言う。

「んー。ペンギンは鳥」
「いや、それくらいいくらなんでも知ってるから」
「そ、そうなんですか?」
「……おいおい」

大丈夫なのか秋葉。

お兄さんはちょっと心配になってきたぞ?

「へーん。妹ってばそんなことも知らないんだ」
「な……じょ、冗談ですっ! そんな事知ってて当然でしょう? ええ、飛ぶんだからペンギンは鳥ですっ」
「いや、飛ばないから」
「え……?」
「秋葉……」
「そ、そんな顔をしないで下さいっ。ちょ、ちょっと間違えただけですっ。そう、あれはヤンバルクイナでしたっ」

よくわからないけどそれも飛ばない鳥のような気がする。

「妹。一般常識も身につけなきゃ駄目よ?」
「おまえが言うな」

さすがに苦笑してしまった。

「……」

秋葉の肩がふるふると揺れている。

やばい、怒らせてしまったのか?

「知らないことは恥ではありません。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」
「おおっ」

うまい切り替えしだ。

しかも秋葉はきちんと自分がペンギンのことを知らなかったということを肯定している。

秋葉、知らないうちにおまえも成長していたんだなっ。

胸はちっとも……いや、言うまい。

素直に秋葉の心の成長を喜ぶべきだ。

「やーいやーいペンギンしらなーい」
「ぬわんですってえっ!」
「いったあっ! ちょっと、そんな強く握らないでよっ」
「だあ、止めろ止めろ止めろっ!」

そこを茶化しちゃうのがアルクェイドのまだ駄目なところだよなあ。

雰囲気が読めないというか常に秋葉をからかいたがるというか。

まあ、確かに秋葉はからかいやすい性格だからなあ。

朴念仁と言われる俺ですらそうなのだから策士琥珀さんや一応頭脳明晰なアルクェイドにはネギをしょったカモ状態なんだろう。

「アルクェイド。そのへんにしとけ。今日は秋葉をからかっちゃ駄目だ。いいな?」
「わたしは普通にコミュニケーションを取ろうとしてるだけよ」
「嘘です。絶対私をからかってましたっ」
「だからケンカはやめろって……」

口論を続ける二人の周りに人だかりが出来てきた。

「なんだなんだ彼氏の取り合いか?」
「あの男がか? ありえないだろ」

悪かったな。

「ああもうっ。やっぱり駄目だっ」

結局俺が二人の間に入りそれぞれの手を繋ぐ形になった。

「志貴がわたしたちの手なんか繋がせるのがいけないんでしょ」
「そうです。兄さんがいけないんです」
「はいはい。みんな悪いの。それでいいだろっ」

アルクェイドは常識知らず。

秋葉も秋葉で世間知らずと。

俺がしっかりするしかないのだ。

「え、ええ……まあ」
「……」

この俺が一番頼りにならなくちゃいけない状況なんてどうかしてる。

「ペンギンに向かって出発っ。いちに、さんし」
「ちょ、ちょっと志貴っ?」
「なんだよ。文句言わない。いちに、いちに」
「そっち逆方向」
「……」

所詮俺も同じ穴のムジナであった。
 
 
 
 

「ここがペンギンコーナーだ」

正直ペンギンコーナーへとたどり着く事が出来たのは奇跡だと思う。

「へぇ。さすがに混んでるわね」
「……これがペンギンなんですか」

秋葉は建物に描かれているペンギンを見てきらきらと目を輝かせていた。

「……」

やばい、こんな目をした秋葉を見るのは子供の時くらいである。

「ちなみに英語でもペンギンはペンギンなのよ」
「ふーん」
「イワトビペンギンがスーパーハードのCMで一躍メジャーになったわよね」
「……偏った知識だなあ」

こいつの情報源はとことん謎である。

「とにかくさっさといこうぜ。いい席がなくなっちまう」
「席があるんですか?」
「ああ。ここはペンギンのショーを見れる場所なんだよ」

動物園でも水族館でもだいたいペンギンはショーをやっているものだ。

たまには何にもしてないでグータラしてるペンギンも見てみたいものだが、きっとつまらないんだろう。

「は、早く行きましょう兄さん」
「おいおい」

ぐいぐい俺の手を引っ張る秋葉。

まるで子供時代に戻ってしまったようだ。

「行こっ、志貴」
「わかってる、わかってるって」

アルクェイドはまあいつもどおりだけど。

「……やばい俺の位置って保護者?」

急に年老いた感じがしてしまう俺であった。
 
 
 
 

ぺたぺたぺたぺた。

秋葉の擬音ではない。

ペンギンが舞台を歩いているのだ。

まだショーは始まる前なのだが、集まってくれた人たちへのサービスとしてペンギンを歩かせて入るらしい。

「か、か、かわいいっ……」

そして秋葉はなんだか別人になってしまっていた。

「ねえ兄さんっ? あれいくらですかっ? 飼ってもいいですかっ?」
「だあ、そんないかにも金持ちな発言をするんじゃないっ! 飼うの禁止っ!」

ただでさえ屋根裏に厄介なのを飼ってるんだからっ。

「あれが一匹いたら毎日がほのぼのしそうよね」
「そうでしょうっ? そうでしょうっ?」

アルクェイドの手をがしりと掴む秋葉。

「わ」

さすがのアルクェイドも驚いたようだった。

「今だってかわいいけど。これからあれがショーをやるんだぞ」
「……そんな……私卒倒してしまいそう」

やばい、こいつほんとに秋葉か?

「撮影禁止かな? カメラ持ってくればよかったね」
「そ、そうです! 兄さん聞いてきてください! この可憐な姿は永遠に保存して置くべきですっ!」
「わ、わかった、うん」

いつもと完全にノリの変わってしまった秋葉に驚きつつも、大人しく飼育員さんを探しに向かうのであった。
 

秋葉に命令されると拒めないのは悲しい習性である。
 

続く


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