「今だってかわいいけど。これからあれがショーをやるんだぞ」
「……そんな……私卒倒してしまいそう」

やばい、こいつほんとに秋葉か?

「撮影禁止かな? カメラ持ってくればよかったね」
「そ、そうです! 兄さん聞いてきてください! この可憐な姿は永遠に保存して置くべきですっ!」
「わ、わかった、うん」

いつもと完全にノリの変わってしまった秋葉に驚きつつも、大人しく飼育員さんを探しに向かうのであった。
 

秋葉に命令されると拒めないのは悲しい習性である。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その14






「あ、撮影は全く構いませんよ」
「え? マジですか?」

駄目だと言われるのを覚悟して尋ねたのでその答えはかなり意外だった。

「ええ、あちらでカメラも販売してますので」
「すいません、ありがとうございます」

飼育員さんに頭を下げ売店のほうへ。

「……高い」

使い捨てカメラひとつ1000円なり。

近所のスーパーで同じのが680円くらいで売ってたぞ。

「まあ秋葉に請求すればいいか……」

なけなしの金をはたいてカメラを購入。

「……そして売店の場所は黙っておこう」

売店には巨大なペンギンやライオンのぬいぐるみがたくさん陳列されていた。

今の秋葉じゃここにあるペンギンのぬいぐるみ全てを買い占めると言いかねないからな。

「まもなくペンギンショーの時間です。お時間がある方は是非ご覧下さい」
「おっと」

いかん、急がなくちゃな。

俺は駆け足で秋葉たちのところへと戻った。
 
 
 
 

「遅いですよ兄さんっ。もう始まってしまいますっ」
「悪い悪い。けど朗報だ。撮影OK。カメラも買ってきてやったぞ」
「あら、志貴にしてはいやに気が利いてるじゃない」
「うるさいなぁ」

たまに気を利かせるとこれだ。

「ありがとうございます兄さんっ。さすがわたしの兄さんですっ」

秋葉は目をキラキラさせて俺の手を握りしめてきた。

「お……おう」

鳥肌が立った。

秋葉がこんなセリフを言うなんて。

いつも兄さんは駄目だ兄さんは朴念仁だと言い続ける秋葉が。

……ペンギン飼おうかなあ。

俺は思わずそんな事を考えてしまった。

「志貴っ、ペンギン出てきたよ」
「ん、ああ」

アルクェイドの言葉で正気に返る。

危ない危ない。

ペンギンを飼うだなんてそんなバカな。

どうせ飽きて世話をするのは俺になるんだ。

そんな恐ろしいモノを飼わせるわけにはいかない。

っていうかそれ以前にペンギンは個人で飼うもんじゃない。

ぺたんぺたんぺたんぺたん。

繰り返すが秋葉の擬音ではない。

ペンギンがよちよち歩きで列を作って歩いている音だ。

「きゃーっ! きゃーっ!」

いつもだったらこの音に過敏に反応しそうな秋葉は完全にペンギンに心を奪われてしまっていた。

「い、妹ってこんなキャラだったっけ?」
「いや、全然違うけど」
「そ、そうよね」

あのアルクェイドすらを動揺させる秋葉の豹変振り。

「まあでもペンギンかわいいし、気持ちわからなくもないかな」

アルクェイドはため息をつきながらそんな事を言った。

「その割におまえ冷静だよな」
「だって志貴のほうがかわいいもん」
「止めろそういうセリフはっ」

また鳥肌が立っちゃったじゃないか。

「ペンギンのジョニーがボールをうまくキャッチしまーす」
「シャ、シャッターチャンスっ」

パシャパシャパシャッ!

シャッターを押しまくる秋葉。

「おいおい、それじゃすぐにフィルムなくなっちまうぞ。ショーの最後まで持たないじゃないか」
「その時は兄さんがまた買って来て下さいっ」
「……」

俺は無言で秋葉からカメラを没収した。

「に、兄さんっ! 返してくださいっ!」
「駄目。撮影は俺がやる」

俺だってショーは見たいのだ。

そんな何度もパシリにされてたまるか。

「撮影は志貴に任せておけばショーの見物に集中出来るじゃないの」
「そ、そうですね……では兄さん撮影お願いします。くれぐれもブレなど起こさないように」
「……」

まああんまり立場的には変わってないような気もするけど。

男の扱いなんてそんなもんである。

「やれやれ……」

さてどんなところを撮ろうかな。

ペンギンはしゃーっとお腹ですべって水の中へと入っていく。

さっそく一枚。

「か、可愛い……」

ついでに秋葉の顔も写しておいた。

こんな顔してるところはもう見れないかもしれないからな。

「あ、ずるい。志貴、わたしも撮ってよ」
「……はいはい」
「ぶいっ」
「もうちょい左」

うまくペンギンが背後に写る様にしてアルクェイドも撮ってやった。

「凄い……あんなに早く泳いで……」

ペンギンが泳いでるシーンも撮影。

自分で言うのもなんだけど割といい写真が撮れてるような気がする。

「……ん」

ちょうど俺たちのいる席の反対側に琥珀さんと翡翠の姿を見つけた。

そういえば二人もペンギンを見に行くって言ってたもんな。

パシャッ。

「何撮ったの志貴? やけにへんなとこ見てたけど」
「ほら、あそこ」
「あ、なるほど」

二人の姿を見つけてアルクェイドは笑った。

「二人が今の秋葉を見たらびっくりするでしょうね」
「だなぁ」
「ああっ、そこっ、いいっ、もっとっ!」

微妙に怪しいセリフを叫びまくる秋葉。

「妹も普通の女の子って事かしらねえ」
「普通なのか? これは」
「……ちょっと違うかも」

普段クールに徹してる反動なのかもなあ。

「とりあえず今ちょっかい出すのは勘弁してやってくれよ」
「今はペンギン見てるほうが楽しいからやらないわ」

要するに他に興味となる対象がないとアルクェイドは誰かにちょっかいを出したがるらしい。

ペンギン飼おうかな。

「いかんいかん、そんな事になったら俺が飼育委員に……」
「? 変な志貴」
 
 
 

「それではみなさんありがとうございましたー」

ワーッ!

パチパチパチパチパチ……

ペンギンのショーは最高の盛り上がりの中幕を閉じた。

「面白かったね、志貴」
「ああ」

最初はバカにしていたんだけどなかなかどうしてプロの仕事であった。

途中のロミオとジュリエット風劇なんて爆笑の嵐だったからな。

「……」
「おーい、秋葉」
「……」
「駄目だこりゃ」

秋葉は完全に放心状態だった。

「どうするの? 志貴。置いてく?」
「そういうわけにもいかんだろう」

さていったいどうしたもんか。

「ナイチチ」

俺が考えているとアルクェイドがそんな事を言った。

「誰がナイチチですかっ!」

即座に正気に返る秋葉。

「えー? 誰もそんな事言ってないわよ。ねえ?」
「あ、ああ」

やはり秋葉を正気に返らせるにはそれなのか。

「ペンギンショーは終わったわ。次見に行きましょうよ」
「……もう一度見ませんか?」
「残念だけど次は二時間後だよ」
「そ……そうなんですか」

秋葉はとても残念そうだった。

「他の見てからまた来ればいいでしょ。ね?」

子供をあやすような口調のアルクェイド。

「……そうですね。ペンギンがこんなに可愛かったんですから他にも可愛い動物がいそうですし」
「そうそう。ライオンもいるしサルもいるんだから」
「……」
 

普段と立場が逆転している二人がなんだか妙に微笑ましく見えた。
 

続く


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