「ペンギンショーは終わったわ。次見に行きましょうよ」
「……もう一度見ませんか?」
「残念だけど次は二時間後だよ」
「そ……そうなんですか」

秋葉はとても残念そうだった。

「他の見てからまた来ればいいでしょ。ね?」

子供をあやすような口調のアルクェイド。

「……そうですね。ペンギンがこんなに可愛かったんですから他にも可愛い動物がいそうですし」
「そうそう。ライオンもいるしサルもいるんだから」
「……」
 

普段と立場が逆転している二人が妙に微笑ましく見えた。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その15











「さて次どこに行こうか」
「兄さん、昔ここに来た事があると言ってましたよね」
「ん? ああ」
「どこか面白いところを覚えていませんか?」
「うーん」

なまじあのペンギンショーを見てしまっただけに生半可なものじゃ満足出来なさそうだけど。

「……なんだろうなあ」

正直、一度しか来た事のない動物園の記憶なんてないに等しい。

ペンギンがいたことだってギリギリ覚えていたくらいだ。

「もう。頼りないわね」
「ど、動物園は目的もなく歩き回るのが楽しいんだよ」

苦笑しながら反論する俺。

「むー。じゃあ適当に歩き回ってみる?」
「だな」

意外と変な動物が見れるかもしれない。

「あ。志貴さん、秋葉さま〜」
「ん?」

声のした方向をみるとペンギンの帽子を被った女の子が手を振っていた。

まあ琥珀さんなんだけど。

「どうしたの? 琥珀さん、それ」

さっき見た時はそんなのつけてなかったのに。

「ああ。売店で買って来たんですよー」
「……はっ!」

しまった聞かなくていいことを聞いてしまった。

そんな情報を聞いてしまったらアルクェイドと秋葉はきっと。

「に、兄さんっ! 今すぐ売店に行きましょう! ペンギングッズを買い占めるんですっ!」

案の定さっきみたいにきらきら目を輝かせてそんな事を言い出した。

「だあ、そんな金あるかっ!」
「安心して下さい、カードがありますっ。これがあればあらゆるグッズを手に入れる事が……」
「そんなあからさまに駄目な金の使い方許さんっ!」

俺は毎日食費を削って小遣い増やそうと頑張っているというのにっ。

「……なんだかまずいところに来てしまったようですね、わたしたち」

翡翠は胸にペンギンのぬいぐるみを抱えていた。

ちょうど抱えられるくらいのサイズの俺でも可愛いなと思えるようなぬいぐるみだ。

「ひひひ、翡翠っ! それ! それ! それはどこにあったんですっ?」

そしてその人形に気付いてしまった秋葉がものすごい剣幕で翡翠に迫っていった。

「あ、秋葉さま?」
「答えなさいっ! 拒否権はありませんっ!」
「……いや、だから売店に売ってたんだろ」
「じゃあその売店の場所を教えなさいっ! 今すぐにっ! さあっ!」
「ああああ、秋葉さまっ。落ち着いてくださいっ」

さすがの翡翠もこの秋葉には動揺しているようだった。

「……仕方ない」

こんな時、秋葉を止める言葉はアレだ。

「ナイチチえぐれ胸」
「だれがナイチチマナイタえぐれ胸ですかっ!」
「うおっ」

自分のコンプレックスに関しては地獄耳な秋葉であった。

「そ、そんな事誰も言ってないよ。ただな。秋葉。売店ってのは最後の締めに行くもんなんだ。色んな動物を見たらそのぶん色々欲しくなるもんだからな」
「た……確かに」

納得しちゃったよおい。

ちょっと無茶な理屈かなあと思ってたのに。

「そうよね。ペンギンたくさん買った後ライオン見てぬいぐるみ欲しくなったら困るもんね」
「そうですね……荷物を持つ兄さんが大変そうですし」
「おいおい」

さりげなく物騒な事言ってないか?

「買ってしまったわたしが言うのもなんですけど、後で行ったほうがいいですよー。荷物を持って園内を回るのはしんどいと思います」
「……だな」

大量の荷物を抱えて苦しむ俺の光景が目に浮かぶようだ。

そうなったら有彦にも半分苦しみを分けてやろう。

「楽しみは最後に取っておいたほうがいいっていいますし」

俺をフォローするような翡翠のありがたい言葉。

「……わ、わかりました。売店は後にします」

それで秋葉は折れてくれた。

「よかった……」

けどこれで結局売店に行く事は確定だな。

女の買い物につき合わさせる男ほど退屈な人間はいない。

「……はあ」

今からもう憂鬱な気分だった。

「どうしたのよ志貴、ため息なんてついて」
「なんでもないよ」

まあそんな先の事を考えるのはよそう。

「ところで琥珀。あなたたちはこれからどこに行く予定なの?」

秋葉が琥珀さんに尋ねる。

「あ、はい。わたしたちはこれから鹿を見に行こうと思いまして」
「鹿」

面白いんだろうかそれは。

「エト君のような鹿がいるかもしれませんから」
「……ああ」

なるほどそういうことか。

けど真っ黒い鹿はさすがにいないと思うんだけどなあ。

「いいわね。確か鹿に餌あげられるのよ」
「へえ、そうなのか」

俺はそう言うとアルクェイドはにんまりという感じの笑いを浮かべていた。

「あー。志貴ってばパンプレットちゃんと読んでないんでしょう。いっけないんだー」
「確かパンフに書いてありましたよ? 鹿とのコミュニケーションコーナーと」
「……そ、そうなのか」

めんどくさくて全然そんなの読んでなかったんだけど。

「兄さん。ああいうものは行く前に読んでおかないといけないんですよ」
「……う」

秋葉はこういう時妙に真面目なのでちゃんとパンフレットを読んでいたらしい。

いや、待てよ。

「秋葉。そういうおまえもペンギンを知らなかったんだからパンフレット見てないだろ」
「そそそそ、それは」

図星だったらしい。

危ないところだった。

俺一人責められるところだったからな。

「ぱぱぱ。パンフレットなんて読まないほうが当日の楽しみがあっていいんですよっ!」
「妹、言ってる事がすごい矛盾してる」
「あはっ、そこは突っ込んではいけませんよー」
「……そうそう、秋葉の言うとおりだ」

同じ穴のムジナとして秋葉を応援する俺。

「じゃあ、みんなで鹿を見に行こう。うん。それで決定っ」
「あ。志貴が強引にまとめた」
「逃げましたねー?」
「に、逃げてないぞ? なあ秋葉?」
「は、はいっ。そうです。すごくとても自然な会話の流れですっ」

秋葉の変な言葉に俺は思わず噴出してしまった。

「な、なんですか兄さんっ!」
「い、いや、なんでもない」
「なんでもありますっ! 私の顔を見て笑いましたねっ?」
「妹の顔が面白かったんじゃない?」
「……」

アルクェイドの言葉を聞いた瞬間また今の秋葉の変な言葉、表情が蘇ってしまった。

「ぷっ……はは、はははははっ!」

俺は笑いながら駆けだした。

その場に止まってたら秋葉にどうにかされちまう。

「も、もうっ! 兄さん! 待ちなさいっ!」
「待ってよ志貴〜」
「あはっ、鬼ごっこですね〜」
「ま、待ってくださいっ」
 

こうして奇妙な鬼ごっこが始まるのであった。
 

続く


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