俺は笑いながら駆けだした。
その場に止まってたら秋葉にどうにかされちまう。
「も、もうっ! 兄さん! 待ちなさいっ!」
「待ってよ志貴〜」
「あはっ、鬼ごっこですね〜」
「ま、待ってくださいっ」
こうして奇妙な鬼ごっこが始まるのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その16
「ははははは……ん?」
走っている途中にあるものが俺の視界に入ってきた。
どんっ。
「うおっ」
秋葉に激突されてしまった。
「に、兄さん、急に立ち止まらないで下さいっ」
「悪い悪い」
さっきまで待てと言っていたのに、正直に止まると文句を言いたくなるのが人間の不思議。
「エト君がいたんだよ」
「え? エト君が?」
「どどどどど、どこにですかっ? 志貴さまっ」
翡翠が身を乗り出してきた。
さすがエト君の大ファンなだけのことはある。
「あそこに……」
「ん? 看板みたいね」
よく見るとそのエト君は看板に描かれた絵であった。
いや、看板にしたってどうしてエト君なのかは謎なんだけど。
「えーとなになに? ガクガク動物ランドショー……?」
『君も会場で教授と握手!』
エト君の隣には渋い教授と知得留先生が描かれている。
「……」
要するにアレだ。
遊園地とかでよくやっているヒーローショー。
あれのガクガク動物ランドバージョンってことだろう。
「ど、どういうことなのこれ? ねえ志貴」
「いや……だから会場に行くとエト君とか教授とか知得留先生とかに会えるんじゃないか?」
「……!」
「……っ!」
それを聞いたアルクェイド、翡翠、琥珀さんの表情が一変した。
「みんなっ! 生教授と生エト君を見に行くわよ!」
いや、生とかつけるな生とか。
「今すぐ直行です!」
「そんなきぐるみショーなんて……子供が見るようなものを」
「秋葉さまは黙っててください!」
「な……」
あの翡翠が秋葉を一喝した。
「本来ガクガク動物ランドを生で見る事が出来るのは子供だけ!」
そりゃ動物ランドのテレビスタジオ内にいい大人が入るわけにはいかないだろう。
「ですが、今! このわたしたちが生で彼らを見られる可能性が出てきたんです!」
琥珀さんが翡翠に賛同するように叫ぶ。
「そうです! この機会を逃すことは絶対にあってはなりません!」
「ガクガクランドという素晴らしい世界を生で!」
「……」
ガクガク動物ランドについて大声で熱く語る姉妹。
「ちょ、ちょっと二人とも落ち着いて……」
正直滅茶苦茶恥ずかしかった。
うわぁ、そういえば俺もさっき笑いながら走ってたんだよなぁ。
危ない奴だとか思われたんじゃないだろうか。
「うおお……」
今更になって精神的ダメージを食らう俺。
「とにかくここで何をしてても時間の無駄っ! 会場を探しましょう!」
「どこでやっているんですかっ?」
「A地区特設会場だってっ。ええと……虎の檻の近くよっ」
即座にパンフレットを開き確認するアルクェイド。
普段もこういうキメの細かさがあればいいんだけどなぁ。
「……虎か」
つまりイチゴさんが絵を描いてるところの傍ということだ。
「開始時間は……わ! 始まるの十分後よこれっ!」
「じ、時間がありませんっ!」
「……今から行ってもお子様たちに場所を占拠されてるんじゃないか?」
「大丈夫ですっ。お子様ごときこの琥珀がたちどころに追い払ってみせますからっ」
「駄目駄目駄目! ちゃんとマナーを守るのっ! 大人なんだからっ!」
「あは。冗談ですよ。冗談」
「いや、目が笑ってないから」
やばい、みんな相当にハイになってしまっている。
このままじゃ会場にいる良い子のみんなが危ないっ!
「あのー……どうしたんですか? みなさん」
「ん? ……うおっ」
看板に描かれている知得留先生が急に動き出した。
「……あ、いや、シエル先輩か」
口に運んでいるカレーパンで区別がついた。
看板の後ろから出てきたからびっくりしたじゃないか。
「どうしたの先輩」
「いや、なんだか騒がしいから見てみたら遠野君たちがいたもので」
「……やっぱ目だってたんだ」
「はい、思いっきり」
「うおお……」
ああ、穴があったら入りたい。
「とにかくなんとかしないといけないんでは?」
「そうなんだけど……あっ! そうだっ。先輩、ごめんっ」
俺はシエル先輩の髪の毛を掴み、くしゃくしゃにした。
「え、ちょ、な、何するんですかっ?」
「これで……」
くしゃくしゃになった髪型のシエル先輩の姿。
それはまさに。
「みんな! 慌てるな! ここに知得留先生が来てくれたぞっ!」
「え……え?」
きょとんとしている先輩。
「……シエル先輩じゃな」
「ほ、ほんとだっ! 知得留先生ですよっ!」
秋葉の言葉を遮って琥珀さんが叫んだ。
これは多分、俺の考えを知っていてわざわざ乗ってくれたんだと思う。
「ほ、本物?」
本物はきぐるみだからあからさまにニセモノなんだけど。
シエル先輩と知得留先生はとても似ているのだ。
「本物だっ! 決まってるだろう!」
強引に通す俺。
「これから知得留先生が俺たちを会場に引率してくれる。みんな、園内を走ったり大声をあげるのは絶対厳禁だからなっ」
「そ、そうですね。それはちょっとよくない行動です」
もちろんこんなことをみんなが信じてくれるはずがない。
みんなこれはシエル先輩だとわかっているのだ。
だが、場のノリというのは恐ろしいモノであって。
「みなさん、知得留先生のいう事を聞いて正しい行動をしましょうっ」
二人がそのネタに乗ずれば。
「わかったわ。時間はないけど知得留先生がそう言うなら仕方ないもんね」
「……そう、ですね。せいては事を仕損じます。わたしたちが騒動を起こしてイベントが中止になっても困ります。そうですよね? 知得留先生」
三人四人と連鎖反応を起こすのである。
カラオケで一人がアニソンを歌うと連鎖的に叫び声が増えるみたいな。
……ちょっと違うか。
とにかくその場のノリというのは時に真実すらねじまげてしまうのだ。
「……いやに大人しくなりましたね、みなさん」
元ネタのガクガク動物ランドの知得留先生をよく知らない秋葉はさすがに反応が悪かったけど。
「ええと……わたしはどうすればいいんですか? 遠野君」
「とりあえずこの場所にみんなを引率してくれればありがたい」
看板を指差す。
「ああ……なるほど」
それで先輩は理解してくれた。
「ではみなさん。このプロフェッサー知得留が的確かつ迅速にみなさんを引率します」
「わ、すごいっ、テレビで言ってたのとおんなじだっ」
そんなセリフあったっけ?
「ガクガク動物ランド修学旅行編での名言ですね……流石です」
「……」
改めて思うけど、ガクガク動物ランドってのは本当に謎の番組である。
「では、みなさんしゅっぱーつ」
「しんこーっ」
「アルクェイドさんが自然とばけねこの立ち位置になってるのが面白いですね〜」
「……わ、わたしはエト君の位置に」
「じゃ、俺は背景の木Aで」
みんなが多分原作どおりの立ち位置で歩き出したので俺はジャマにならない背景に徹することにした。
「兄さん……私はどうすれば?」
「背景の木Bでいいよ」
「そういう意味ではありませんっ。私は別にガクガク動物ランドとやらに興味はないんですっ」
むくれっ面の秋葉。
「兄さんだってそうでしょう?」
「……言われてみればそうだな」
アルクェイド、琥珀、翡翠はあの番組の大ファンだけど、俺はそうでもないのだ。
それでもって引率はシエル先輩に任せちゃったし。
「うーん」
どうしよう。ここで後は任せたっ、とか言って逃げるのはアリなんだろうか。
「い、いや、そんなことをしたら後が怖いっ」
どうして一緒に来なかったのよ志貴と文句を言われるに決まってる。
いや、下手をしたらさっきみたいに迷子放送の刑だ。
「……ごめん、やっぱり俺行くよ」
「動機が情けないのは気のせいですか? 兄さん」
「……」
反論できない悲しい俺であった。
続く
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