どうしよう。ここで後は任せたっ、とか言って逃げるのはアリなんだろうか。
「い、いや、そんなことをしたら後が怖いっ」
どうして一緒に来なかったのよ志貴と文句を言われるに決まってる。
いや、下手をしたらさっきみたいに迷子放送の刑だ。
「……ごめん、やっぱり俺行くよ」
「動機が情けないのは気のせいですか? 兄さん」
「……」
反論できない悲しい俺であった。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その17
「はい、ここですね。到着です」
シエル先輩の丁寧な道案内のおかげなのか、途中何事も起きずあっさり会場へと辿り着いた。
「……まあ予想通り会場は混んでるわけだけど」
一体どこにこんなに子供がいたんだよってくらいの盛況ぶりだった。
「さすがガクガク動物ランドは大人気ですねー」
わからん。今時の子供の考えはまったくわからん。
「でも舞台が見えないって事態にはならなさそうだわ。よかった」
「……だなぁ」
そう、確かに会場は子供たちがごった返している。
だが子供なのだ。しかもきぐるみショーを見るような子供だから身長はさほど高くはない。
用意されていた椅子には座れないけど立っていれば余裕でショーを見ることが出来そうだった。
「この辺りの位置が最適だと思われます」
「お」
しかも翡翠がやたらと見やすい位置を確保。
普段のメイドとしての決め細やかさが役に立った感じだ。
「ほんとだ。会場全部見えるじゃない」
「不思議なもんだなぁ」
例えて言うなら満員電車で絶対座れないと思っていたのに次の駅で目の前の席の人間が降りてくれたようなもんだ。
思わぬ幸運。
「まったく下らない……」
そう言いつつもしっかりついてくる秋葉は結構几帳面だと思う。
「せっかくですしわたしも見学していきましょうかね」
メモ帳を取り出す先輩。
「って何故メモを?」
「今後役に立つかもしれませんから」
「……」
永久にそんな機会来ない気がする。
「しかし騒々しいですね……ショーの声が聞こえるかどうか心配です」
「……うーん」
子供の集団というだけあってそのやかましさは大人の比ではない。
わーわーきゃーきゃーそこいらじゅうから声が聞こえ、動物よりもやかましいくらいだ。
『はーいよいこのみなさんっ。おまたせしました〜』
しん……
「うおっ」
だが放送が入った瞬間辺りは静まり返ってしまった。
「今の、知得留先生の声ね」
「はい。間違いありません」
アルクェイドと翡翠がそう言うんだから多分間違いないんだろう。
『うむ。さすがはよいこの皆だ。知得留先生の普段の注意をよく守っているな』
続いてやたらと渋い声。
これはあんまりガクガク動物ランドを見てない俺でもすぐにわかった。
「教授の声だな」
「あったり〜」
「志貴さん、なんだかんだでガクガク動物ランドはまってません?」
「い、いや、そんなことないよ」
一度あの超絶に渋いきぐるみと声を見てしまったら絶対に忘れられないだろう。
「ちなみにいつも知得留先生が言っているんです。番組を見る時は静かにお願いしますねと」
「教育番組だからなあ」
これだけ子供のしつけに影響しているというのことは、案外いい番組なのかもしれない。
『守らないと知得留がブチ切れるからニャー。あれは精神的によろしくないニャ』
『だまらっしゃい!』
アハハハハと会場から笑いが響く。
『きのこのこのこ』
『……うむ。そうだな。このように姿を隠したまま会話をするというのは失礼か』
「え、え、エト君っ……」
振るえた声を出す翡翠。
きのこのこのこ、というのはエト君の鳴き声(?)なのだ。
そして通訳できるのは教授だけなのである。
「おっと」
翡翠のその手からぬいぐるみが落ちてきたので慌てて俺は受け止めた。
「……ほんとにファンなんだなぁ」
翡翠もアルクェイドも普段と目の輝きが違う。
そう、さっき秋葉がペンギンを見た時のようなきらきらとした目だ。
「いいですねぇ……あんな純粋な時期がかつてのわたしにもあったんですけど」
琥珀さんだけなんだかおばあさんみたいな意見だった。
『ふっ。ぐみんども。このばけねこのかれんな姿をみてきょうきらんぶするといいニャっ!』
そんな声が響き、まずはばけねこが最初に舞台袖から歩いてきた。
「わ、わっ? し、志貴さんっ? あれ番組で使われてるマジきぐるみですよっ? 借りてきたんですかねっ!」
「……」
この人他の人と目が輝くポイントが違う。
「ばけねこは身長低いから中の人大変なんですよー。もうちょっと大きいのでお茶を濁すのかと思ったら……いやいや、なかなかのこだわりですね」
「そんな夢のない発言を子供がいるところで言っちゃいけません」
「はーい」
ぺろりと舌を出して笑う琥珀さん。
『こらこらばけねこ。せっかく集まってくれたよいこのみんなになんてこと言うんですかっ』
続いてぱたぱたと駆け足で知得留先生が出てくる。
「……やっぱり似てるなあ」
見た目云々もだけど、知得留先生のかもし出す雰囲気が全てシエル先輩に似ている。
『ふん。きたなじみおんな。たいとるのくせにかげがうすいんだよにゃー』
いや、先輩が地味だとか影が薄いとかそういう事を言いたいんじゃなくて。
『黙りなさいと言っているでしょう!』
ぱしーんとハリセンでばけねこを叩いてまた笑いが起こる。
「このへんのノリはいつも通りだなぁ」
「ちょっと静かにしててよ。集中できないでしょ」
「……はいはい」
いつもはアルクェイドのほうからあーだこーだと絡んでくるくせに。
『やれやれ……もっと静かに出来ないのか?』
そしてゆっくりと現れる教授。
ぱちぱちぱちと会場から拍手が起こった。
「な……な?」
「実は教授って保護者層に人気あるんですよ」
「保護者ねえ……」
よく見ると確かに手を叩いているのは子供よりも保護者らしき人たちのほうが多かった。
「やはりあの渋さがたまらないんでしょうね」
「……うーむ」
まあ確かにあの渋さには惹かれるものがあるが。
「わたしが気になるのはやはりエト君ですね。ばけねこすら完全再現したんだから頑張って欲しいんですが」
「看板に描いてたくらいだから出てくるだろ?」
あれだけでかく描いてあって出て来なかったらサギである。
『ところで教授。エト君はどうしたのかニャ?』
ちょうど舞台でもばけねこがそれを尋ねたところだった。
『うむ。エト君はあれでも恥ずかしがりでな。奥で隠れている』
『おやおや。困りましたねえ。どうしましょうか』
『ふむ。よいこの皆が呼べば出てきてくれるのではないかニャ? ぐみんではむりだろーがな』
『愚民なんていませんよ。では……みんなでエト君を呼びましょうかっ』
ヒーローショー恒例会場のみんなでヒーローを呼ぶイベント。
ガクガク動物ランドではその役目はエト君に与えられたらしい。
さすがはメインといったところか。
「……なんでエト君メインなんだろう」
握手は教授とだったのに。
謎だ、謎過ぎる。
そんな俺の疑問とはよそに。
『いきますよー。せーのっ』
「エトくーん!」
子供達がそろって大声をあげる。
「え、え、え、えと、えと、えとっ……」
翡翠はどもっていた。
「翡翠。恥ずかしがる事ないわ。みんな一緒なんだからっ」
親指を立てるアルクェイド。
こういうときアルクェイドの能天気さは翡翠にとってありがたいだろう。
『ちょっと声が小さいかニャー? もう一回いくぞー!』
これもお約束。二度目のコール。
『せーのっ』
「エトくーん!!!」
「え……エトくんっ」
翡翠にしては珍しく大きな声を出していた。
そして。
『のこのこ』
『ふむ。エト君が出て来るそうだ』
「お……」
ついにエト君が俺たちの前にその姿を現した。
続く
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