「……」
お、俺はエト君なんかよりもっと奇妙なヤツと同棲してるんだからなっ。
エト君を触るよりもっと凄い経験だってしてるんだぞっ。
などと心の中で妙な対抗をしてしまう俺であった。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その19
『というわけで志貴さんとアルクェイドさんに拍手ー』
俺たちに向けて子供たちがわーわー言いながら拍手をする。
『よくやったな』
教授が手を差し出してくる。
「ど、どうも」
きぐるみだというのに妙にしっかり作りこまれた教授のごつい手。
がしりと力強い握手だった。
「……」
なんだかちょっと嬉しくなる。
『ではさらばだ』
「あ、ありがとうございました」
思わず頭を下げてしまう俺。
『ふっ。これからもその美人っぷりに磨きをかけるとよいぞ』
「あはは、ありがと」
アルクェイドはばけねこと握手をしていた。
『ではもう一度二人に拍手〜』
ぱちぱちぱちぱち。
拍手の中舞台を降りていく二人。
「みんなありがと〜」
アルクェイドはアイドルみたいに周囲に笑顔を振りまきつつ戻ってきた。
『はっ! ほりょがにげたニャ! 追えっ!』
『誰が捕虜ですか……』
そしてまたガクガク動物ランドご一行のやりとりがはじまった。
「志貴さん。エト君の感触はどうでした?」
琥珀さんが尋ねてくる。
「……すごい生きてるっぽかった」
俺は正直な感想を述べた。
「はぁ……恐るべきガクガク動物ランドですねー。この謎はきっと解いてみせますよー」
「が、頑張って」
それが明らかになっても別段何の役にもならないだろうけど。
「……羨ましいです」
「う」
翡翠が純粋に嫉妬の目を向けてきた。
こんな表情の翡翠はなかなかいい。
っていかん。これじゃ有彦みたいじゃないか。
「まあばけねこが勝手に俺たちを選んだんだからしょうがないよ」
ほんと、俺たちなんかより翡翠を選べばよかったのに。
「残念です」
翡翠はうなだれていた。
「勝手にといいますけど……あれは計算された行動だと思いますよ?」
シエル先輩がそんな事を言った。
「え?」
「最初に遠野君たちを……というか大人を選んだのは、急に会場にあがってもすぐに対応できると踏んだからでしょう」
「あー」
確かに最初から子供を呼んじゃ説明するのに手間取りそうだもんな。
「お名前は?」って丁寧に何度聞いても答えてくれなかったりとか。
「良識のある大人であれば舞台を壊すことはあり得ないし、うまくイベントは進行する」
「はぁ」
「この先のイベントの法則性を子供に理解させられるわけですね」
「法則性?」
「だから、ばけねこに連れて行かれると自己紹介をすることになって上手く出来ればエト君を撫でられるって事ですよ。そして最後に握手」
「なるほど」
あのばけねこの行動にそんな意図があったとはなあ。
「さすがガクガク動物ランドのスタッフはやることが違いますねー」
「うーん」
そう考えると急にばけねこが賢く見えるから不思議なものだ。
「さらにいうと『遠野君とアルクェイド』を選んだ理由もあるんですが……」
そこまで言ってちらりと秋葉を見る先輩。
秋葉はなんですかという視線を先輩に向けた。
「ま、これはあくまでわたしの勘なんで言うのは止めておきます」
「さいですか」
なんだろう。
なんとなく秋葉がいる前では言いづらそうな理由っぽいけど。
アルクェイドが巨乳だったからとかなんだろうか。
『他にほりょになりたいヤツはいないかー! アチキが連れていくぞー!』
「ん」
舞台を見るとばけねこが両手を挙げて叫んでいた。
捕虜という言葉は悪いが要するに会場にあがりたい子はいないかなーという意味である。
はいはいはーいとあちらこちらから挙手の嵐。
ばけねこは普段の番組からこんな喋り方だから別に子供は怖くないんだろう。
『ふふふ。誰にしようかニャー』
「……」
やはりエト君を触りたいのか、おずおずと挙手をしている翡翠。
『よし。アチキはせっかくだからあの赤い服の子供を選ぶぜっ』
残念な事に翡翠は選ばれなかった。
「……」
もう目に見えて落ち込んでいる。
「ひ、翡翠ちゃん。次はきっと大丈夫だよっ」
しかし次も、その次も翡翠が選ばれることはなかった。
「最初以外に大人を選ぶ必要はないですからね……」
「……確かに」
シエル先輩の推理が正しいならもうわざわざ大人を選ぶ必要はないはずだからな。
元々ガクガク動物ランドは子供向け番組なんだし。
『きのこのこの』
『む、いかん。そろそろ帰らねばいかん時間だぞ』
教授がエト君の言葉を聞いてそんな事を言った。
『そうですね。次の授業の支度をしなくてはいけませんし』
えーえーとブーイングの声。
『なごりおしいがこれも運命なのニャ。君らもアチキらの活動が見られなくなったら困るだろう?』
『我慢を覚えて人は大人になっていくのだよ』
だんだん子供の声がおさまっていく。
「……」
翡翠はもう泣きそうになってしまっていた。
俺はエト君を触れたのに大ファンの翡翠は触れなかったんだからなあ。
「翡翠ちゃん……」
さすがの琥珀さんも困った表情をしている。
『では我々は皆さらば……ん?』
エト君がくいくいと教授の服を引っ張っていた。
『どうした?』
『このこのきのこ』
『……ほう?』
『どうしました? 教授』
『うむ。あの少女がエト君を気にかけているらしいのでな……』
そう言って俺たちのほうを見る教授。
その視線は間違いなく翡翠に向いている。
ま、まさか翡翠の想いがエト君に通じたのかっ?
『ほほう。ではせっかくだし、彼女にエト君をなでさせてやるか? なんとかんようなアチキ』
『それは貴方が決めることではありません』
『のここ』
『構わんそうだ』
「……だってさ、翡翠」
俺は翡翠の肩を叩いてやった。
「え……え?」
翡翠はあまりの驚きに事態を理解出来てないらしい。
「ほらほらっ」
アルクェイドが背中を押す。
「あっ……」
翡翠はてってってと舞台のほうへ歩いていった。
『さあ』
知得留先生が翡翠に手を差し出す。
「……」
そっとその手を握り、舞台へと連れられていく。
不思議と子供たちも静かだった。
翡翠のあまりの緊張ぶりが伝わったのかもしれない。
『きのこ』
エト君と対峙する翡翠。
「……あ、そ、その」
翡翠の手は宙を泳いでいる。
「ひ、翡翠ちゃんっ、ガンバっ」
琥珀さんは気合を入れていた。
「……」
視線を俺に向けてくる翡翠。
何も言わず、頷いてやった。
「……」
凛とした表情でエト君に向き直る翡翠。
そうして、本当にゆっくりと優しい手付きで頭を撫でる。
「あ……」
緊張していた翡翠の表情が緩んだ。
そして心から喜んでいると感じられる、幸せそうな微笑を浮かべるのであった。
続く
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