これってもしかして。
「なになに? 何が描いてあるの?」
「これは……」
アルクェイドも秋葉も驚いた顔をしていた。
「ちと距離が遠かったな。もう少し近くで描くべきだったよ」
「いや、滅茶苦茶上手いですよ」
「まぁそう言ってくれるのは有り難いんだがね」
「ほんとですって。教授もエト君もばけねこも知得留先生も完璧に描かれてるし……」
そう、イチゴさんの描いた絵とは。
「あの会場こんなんだったよねっ。すごいっ。わたしたちも描かれてるのかなっ?」
虎の檻の近くでやっていたガクガク動物ランドショーだったのである。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その22
「ん、その辺にいるはずだけど」
イチゴさんが絵の左のほうを指さす。
「あ、ほんとだ」
観客の子供たちの中にやたらと目立つ背の高い集団の姿。
「アルクェイドはやっぱり目立つんだなあ」
描かれているのは後姿ではあるが一目見ただけでアルクェイドとわかるものだった。
もちろんイチゴさんの絵がそれだけ上手いっていうことなんだけど。
「これは妹よね」
秋葉はステージに興味がなさそうにそっぽを向いている。
が、片目だけでしっかりステージを見ていたり。
「そしてステージの上に……」
知得留先生、教授、ばけねこ。
それからエト君と……翡翠の姿があった。
「これは……」
「ん。何度かショー見てたけどああいうイベントは初めてだったよ。だから描いといた」
「よく描く時間ありましたね」
ほんの数十秒の出来事だったのに。
「そこは記憶を頼りにな。だからどうもデカブツと猫の位置が違う気がしてねぇ」
「……もしかして唸ってたのってそのせいなんですか?」
その唸りで虎が怯えてたことにはあえて触れないでおく。
君子危うしに近寄らずというやつだ。
「ああ。ほんと残念だ」
イチゴさんはやれやれとため息をついていた。
「いや、そんなの関係なしにすごい上手い絵だと思うんですけど」
例えデカブツ(多分教授の事)と猫(ばけねこだろう)の位置が違っていようがその事実に変わりはない。
「それもあるけどさ。ステージ上を後回しにしちまったから観客の反応とステージの演出が微妙に違うんだよ」
「はぁ」
俺から見たらそんな事はまるで気にならないんだけどやはり芸術家ってのはそういうのを気にするものなんだろう。
「ほんと素晴らしいですよ。一子さん、この絵譲っていただけませんか?」
「ちょ、秋葉」
時々無茶言い出すんだよなあ秋葉のやつも。
「ん? こんなんでよかったらいくらでもやるけどさ」
「うそっ?」
なんとイチゴさんはOKを出していた。
俺ですら貰ったのは絵の具どまりだというのに。
ちょっとジェラシーを感じてしまう。
「本当ですか? どうもありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる秋葉。
「いいんですか? イチゴさん」
「構いやしないよ。貰って喜ぶ人間がいるならそいつの手に渡ったほうが絵も幸せだろうさ」
イチゴさんはスケブを綺麗に破って秋葉に手渡した。
「額縁に入れて飾っておきますか」
「いや、それは勘弁してくれ。駄作なんだから」
「またまたご謙遜を」
「……だからいいんですかって言ったのに」
秋葉はもちろん悪気があってやってるわけじゃないんだろうけど。
「迂闊だったか。まあいい。それも運命だろ」
しかしさすがにイチゴさんは大人であった。
アルクェイドとかだったら「や、やっぱり返してっ」などと騒ぎ出しただろうからな。
「この余裕が必要だよなあ」
「ん? 何か言った志貴?」
「いや……」
イチゴさんもイチゴさんで変わってる人だから参考にはならないだろう。
「いかんねどうも。気分転換でもするか……」
そう言って口元を押さえるイチゴさん。
どうやらタバコが恋しいらしい。
「あ、そろそろお昼にしましょうか?」
秋葉はイチゴさんの仕草をそういう意味だと受け取ったようだ。
「いや、昼は別にいいんだが……」
「秋葉。イチゴさんは一人で休んだほうが落ち着けるだろうからさ、俺たちは移動しようぜ」
俺は慣れてるけどタバコの煙は秋葉には辛いだろう。
「ん、そうだね。好意はありがたいけどそうしてくれると助かる」
「そうですか……差し出がましい真似をして申し訳ありません」
「いやいやこちらこそ悪いね」
「うーむ……」
この奥ゆかしい会話はどうだろうか。
遠慮しあう美学、これぞ日本の心。
「ねー、次どうするの? ご飯? それともどっか行くの?」
「……」
いつでもどこでも自己主張ばかりのこいつに欲しいもののひとつである。
「しかし……腹減ったな」
ご飯とかそういう単語を聞くと急に空腹を感じ出してしまった。
夢中になってる時は気付かないのに不思議なものである。
「ではお昼にしましょうか。琥珀を探さなくてはいけませんけど」
「なんで?」
「ほら、弁当を持ってるのが琥珀さんだろ」
と言いつつ記憶の中の琥珀さんは荷物なんか持ってなかったような気がするんだけど。
「そうだっけ?」
「……そう言われるとなんともいえない」
弁当はどこに行ってしまったんだろう。
「いや、弁当はここにあるんだけどね」
「え?」
「ほれ」
イチゴさんが足元を指差すとそこには風呂敷包みが。
「まさに灯台下暗し……」
「みんながある程度勝手に行動するんだから集合場所に置いといたほうがいいだろうってさ」
「なるほど」
さすがは琥珀さん、先の先まで読んでいたのか。
「では……お昼ですかね?」
「だな」
「ならあたしゃ席を外すよ。そこのテラスでも使うといい」
イチゴさんの指差した先にはちょうど空席が4つのテラスがあった。
「なんて都合のいい……」
いくらなんでも出来すぎじゃないだろうか。
「あそこさ、椅子にペンキ塗りたてって描いてあるんだよ」
そう言って笑うイチゴさん。
「……実行犯は?」
聞かなくてもわかるけど一応尋ねてみる。
「ん? そういえばメイドの一人があそこに行って何やらやってたような気がするけど」
「やっぱり……」
あの人の仕業か。
「琥珀……」
秋葉は頭を抱えていた。
「どういうことなの? ペンキ塗ってるなら座れないんじゃない?」
「いや、だってあの琥珀さんだぞ?」
わざわざ他の人に席を取られないように細工したに違いない。
「……兄さん。他に座れる席はなさそうですし、琥珀の策に乗るのは癪ですが……乗るのもありかと思います」
「む」
確かに周囲のテラスは全て家族連れで埋め尽くされていた。
「そうかガクガク動物ランドショー終わった直後だもんな」
食事をするにはいいタイミングというわけである。
「なら……しょうがない……のかな」
「えー。止めた方がいいんじゃないかなぁ」
「しかし他に場所はありませんし……」
「……瀬に腹は変えられんというやつだ」
それに俺たちが座るのを見れば後の人たちも座れるようになるじゃないかっ。
などと自分の行動を正当化したりしてテラスの前へ。
「あー、どっこいしょと」
わざとらしく腰掛けてみる。
ぬちゃ……
「え」
同時に腰に感じる嫌な感触。
「ま、まさか……」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「ぺ、ペンキがついてるだとおっ!」
「な、なんですってー!」
思わずどこかで見たようなやり取りをしてしまうマヌケな二人であった。
続く
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