満面の笑顔で弁当箱を片付ける琥珀さん。

「美味しかったねー」
「琥珀の腕は確かですから」

全員がなんとなく満ち足りた表情をしていた。

食事前にあんなにもめてたのが嘘みたいだ。

「食事は人類を救うってことね」
「かもな」
 

普段ならそんな事あるかと言いたくなるアルクェイドの呟きだが、今は頷きたくなるような奇妙な説得力があるのだった。
 
 


「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その25












「それじゃあお腹も膨れた事ですし、もう一度ガクガク動物ランドと行きましょうか〜?」

弁当箱を片付け終わった琥珀さんがそんな提案をした。

「はーいっ」
「そうですね。早めに場所を確保していおきたいですから」

翡翠、琥珀さん、アルクェイドはもう一度ガクガク動物ランドへレッツゴーコースらしい。

「まあ頑張ってくれよ」

俺はアルクェイドにそう言ってやった。

「あれ? 志貴は来ないの?」
「行かないって言っただろ」
「そっか。残念」
「……」

志貴も一緒に……と誘われなかったのは嬉しい事のはずなのに、妙な疎外感を感じてしまう。

いや、だがしかしこれでいいのだ。

いつもアルクェイドと同じ事をやっていても芸がないからな。

大人しく他のところを回るとしよう。

「じゃあどっか行くか秋葉っ」
「……いえ、もう少し休んでからにします」

こほんこほんと咳払いをする秋葉。

「そ、そうか」

そういえばこいつも地味にたくさん食べてたからなあ。

食べ過ぎて苦しいのかもしれない。

「じゃあ……」

残ったメンバーはというと。

「……お前かよ」
「それはこっちのセリフだ」

残ったのは当然というかなんというかで有彦だった。

「あれだけの美女が揃っているというのに何故男二人で歩かねばならんのだ?」

とか言いながら歩き出す有彦。

「まあ、そうなんだけどさ」

一人で歩くのはもっと空しそうなのでとりあえず有彦の後をついていく。

「俺はイヤだぞ。断じて断る。あっち行け」
「いやそれ二重表現だから」
「なんだよ。ついてくんなっ」
「俺だってやだよ」

だがしかし、さっきの有彦の表情も気になってはいたのだ。

ななこさんも行方不明だし、二人の間に何かあったんだろう。

「だからあれだ。二人でシエル先輩を探すってのはどうだ?」
「……そういえばさっき先輩はいなかったな」

つまり先輩を探すついでに有彦の様子を探ろうという作戦だ。

「いや、でもシエル先輩は……ちょっと」

普段だったらあっさり承諾するはずの有彦は渋い顔をしていた。

「なんだよ。先輩じゃ不足だっていうのか?」
「いや、そういうわけじゃないんだが」

言葉を濁す有彦。

「……はっ」

そういえばシエル先輩はななこさんのマスターなんだっけ。

「シエル先輩とケンカしたとか?」
「バババ。バカ、ちげえよ。先輩とはケンカしてない。断じて先輩とはな」
「……」

要するにななこさんとケンカしたらしい有彦はシエル先輩ともなんとなく顔を会わせ辛いと。

俺はななこさんの事を知ってるからいいけど、何も知らない人がいまの会話を聞いたら有彦と先輩に何かあったんじゃ?と考える事だろう。

「真実を知っているものの特権というやつだな」
「は?」
「いや何でもない。誘った俺が悪かった」

これじゃ先輩探しは無理か。

「何にもないなら俺は行くぞ。少し一人になりたいんだ」
「あ、こらっ」

有彦はすたすた一人で歩いていってしまった。

「……」

そして本当に一人残されてしまった俺。

「わあっ。ジャガーだっ。かっこいいなあっ」

あのしましまがたまらないんだよなっ!

「……空しい」

あんまりにも悲しすぎるので一人ボケは止めることにした。

「志貴さぁ〜ん……」
「ぬ?」

どこからか聞こえてくる俺を呼ぶ声。

「……誰だ?」

アルクェイドじゃないし秋葉でもないしシエル先輩でもない。

翡翠でもないし琥珀さんでもないし、もちろん有彦のわけがないし。

「わたしですよ〜。ここ、ここです〜」
「……?」

声の聞こえる方向へ歩いていく。

「あ」

草むらに見覚えのあるパーツがあった。

「……ななこさんか」

それを手に取る。

「はぁ。ようやく知り合いに出会えましたー」

その途端、俺の目の前にななこさんのビジョンが現れた。

「うおっ」
「あ、すいません驚かせてしまって」
「い、いや、大丈夫、うん」

唇とかぶつかってないよな?

そんなことしたらビジョンとはいえ有彦に悪いからな。

「いやもう聞いてくださいよ志貴さん。聞くも涙語るも涙のお話なんです」

俺の動揺なんぞ気付かないようにしゃべりまくるななこさん。

「と、とりあえずベンチに座ってもいいかな」
「あ、はい」

そういえばまだペンキのついたままのズボンなんだよな俺。

まあいい、斬新なデザインのズボンということでひとつっ。

「それにしても志貴さんずいぶんヘンテコなズボンですね」
「……ははは」

やっぱ後で買わなきゃ駄目か。

「で、どんな話?」

とりあえずジュースを買って俺はベンチに腰掛けた。

傍から見たら一人で誰もいない空間に話しかけてるように見えるだろうからかなり不気味だろう。

「聞いてくださいっ! 有彦さんがわたしを捨てたんですっ!」
「……それは物理的な意味で?」
「そ、それもそうですけど精神的にもですっ。酷いんですよ有彦さんはっ」
「はぁ」
「もうホント酷いんですよ有彦さんってば……」

そこからななこさんの長い長い愚痴が始まった。

本人は色々な状況の話をしているつもりなんだろうけど、内容はどれもほとんど同じものであった。

「……つまり要約すると」

五度目のループくらいで俺は話をまとめることにした。

「ななこさんが一緒にいるのにもかかわらず有彦は他の女を見てばかり。腹を立てて『有彦さんなんか嫌いですっ!』と叫んだら投げ捨てられたと」
「そうなんですっ。ほんと有彦さんって鬼畜そのものですよねっ!」
「いや……まあ、うん」

ななこさんの言葉が周囲に聞こえないのは幸いである。

ループの途中で放送禁止用語っぽいのが結構あったからなあ。

よい子にもアルクェイドにも絶対に聞かせてはいけないレベルであった。

「有彦もななこさんの気をひこうとわざとそういうことやってたんじゃないかな」
「そんな事ありませんよっ。巨乳の人を見た時のだらしない顔ってばもう酷かったんですからっ!」
「いや、まあそれは……」

男としては仕方の無い反応だろう。

「わたしの胸が薄い事へのアテツケとしか思えませんっ!」
「いや、大丈夫。世の中にはもっと薄いのが……」
「あ、そ、そういえばそうでしたね……ごめんなさい、失礼な事言って」
「いや、俺は構わないよ」

本人に言ったら殺されるだろうけど。

「まあそれは男としては仕方の無い反応なんだ。多少多めに見てやってくれよ」
「で、でも……有彦さんってばてんでわたしに無関心で」
「照れてたんだよきっと」

あいつが照れてるだなんて気持ち悪いけど。

「そんな事ないですよ。ほんとに他の女の人の事ばっかりで……」
「いや、それはあれだ。最終的にななこさんが一番だなという結論に持っていこうとしてたんだよ」
「そんな気配ありませんでした」
「ぬぅ」

有彦との付き合いは長いけれど、未だにあいつの行動パターンはわからない。

だからななこさんから間接的に話を聞いている状態ではなおのこと概要が掴めなかった。

「大丈夫だって。あいつ好きな子には意地悪したくなるタイプなんだよ」

とりあえずよくわからないフォローはしておいてやるけど。

「それは同意します。志貴さんへの対応とかでなんとなく」
「……裏表はないやつだけど身内相手にはさらにテンションが高いというかなんというか……な」

あんまり知らない人に対しても傍若無人だが身内にはさらにそれが酷いというか。

「ヘンテコなノリなんですよね」
「そうそう」

親しいからこそ礼儀なしといったところだろうか。

「……まあ、悪いやつじゃないってことはわかってくれよ」
「それはわかってるつもりなんですけど……でも」

俯くななこさん。

「わたしって女としては認識されてないのかなぁとか色々考えてしまいます」
「むぅ……」

これはいわゆる恋の相談というやつだ。

正直俺になんぞ話すのはお門違いというものだろう。

「……ごめんなさい、こんな話しちゃって」
「いやいや」

ななこさんが話せる相手は俺かシエル先輩か有彦しかいないのだ。

先輩にはこういう相談は出来ないだろうし有彦にはもちろん無理と。

やはり俺がなんとかしてやらねば駄目なようである。

「しかし……」
 

俺にはどう考えても不可能そうな大役であった。
 

続く


感想用フォーム 励みになるので宜しければ感想を送って下さいませ。

名前【HN】

メールアドレス

更新希望ジャンル
屋根裏部屋の姫君  君も今日から魔法少女!   短編    ほのぼのSS   シリアスSS
その他更新希望など(なんでもOK)

感想対象SS【SS名を記入してください】

感想、ご意見【良い所でも悪い所でもOKです】



続きを読む

戻る