「わたしって女としては認識されてないのかなぁとか色々考えてしまいます」
「むぅ……」

これはいわゆる恋の相談というやつだ。

正直俺になんぞ話すのはお門違いというものだろう。

「……ごめんなさい、こんな話しちゃって」
「いやいや」

ななこさんが話せる相手は俺かシエル先輩か有彦しかいないのだ。

先輩にはこういう相談は出来ないだろうし有彦にはもちろん無理と。

やはり俺がなんとかしてやらねば駄目なようである。

「しかし……」
 

俺にはどう考えても不可能そうな大役であった。
 
 


「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その26









「そんなことないって。ななこさん可愛いんだから」

とにもかくにもその大役を果たそうと努力する俺。

「あは、ありがとうございます。有彦さんの口から一度でもそんな事聞きたいですねー」
「……それは難しいかもしれない」
「ですよね」

だが相手が有彦というのがよくなかった。

あいつの悪いところを言えとなったらそれこそ一日中でも語れるんだろうけど。

いいところなんかあったっけあいつ?

「ええと、だから、とにかく……」

有彦のフォローは無理だ。諦めよう。

とりあえずななこさんの気持ちを上向きにしなくては。

人間だったら何か美味い物でも食べて元気出してというところだけど。

「に、にんじんでも食べる?」

ななこさんといえばやはりにんじんだろう。

「あ、いいですねー」

ななこさんはにこっと笑顔を浮かべてくれた。

さすが好物の効果は絶大である。

「わかった。じゃあさっそく買ってくるよ」

立ち上がった瞬間、自分がなんて愚かな事を言ったんだろうと気付いてしまった。

「でも……にんじんなんてどこで手に入るんだ?」

ここは動物園。八百屋でもデパートでもないのだ。

「あ……」

ななこさんの表情も強張ってしまう。

「……ゴメン」
「い、いえ、志貴さんは悪くないですよー」

しょせん俺の思いつきなんてその程度である。

「……」
「……」

非常に気まずい沈黙が流れた。

「……うま」

しばらくした後にぽつりと呟やくななこさん。

「う、馬?」
「そうです。馬のところに行けばにんじんを分けてもらえるんじゃないでしょうか?」
「あ……なるほど」

一般人にわけてくれるかどうかはわからないけど交渉する価値はあるかもな。

「しかし馬……か」
「どうかしました?」
「いや」

確かにそれはいいアイディアだと思う。

けれど俺は嫌な予感がしてたまらなかった。

それは。

「この動物園、馬いたかなと思って」

パンフレットをちゃんと見てないから分からないけど、多分いなかったような気がする。
 
 
 
 
 

「あ、そうですか。いませんか……」

こういう時ばっかり予感は的中してしまうものだ。

この動物園に馬はいないというのが飼育員さんの返答だった。

「シ、シマウマもいないんですか?」
「うん、残念だけど」

ペンギンはいるのに馬系統はいない動物園。

実に不可思議である。

「まあ……世の中色々事情があるんだろうね」
「……残念です」
「う」

いかん、なぐさめるどころか余計落ち込ませてしまったじゃないか。

「えと、いや、その……」

いよいよ俺はどうしたらいいのかわからなくなってしまった。

普段散々言われている朴念仁という言葉が重く圧し掛かってくる。

俺に出来る事はこの程度しかないんだろうか。

「お。遠野」
「うおっ?」

いきなり声をかけられ慌てて振り返る。

「あ、有彦」

そこにいたのは有彦だった。

「……あ、えと、その、だな」

ここでななこさんと有彦が遭遇するのはまずいよな。

「なんだよ。なにあせってるんだ?」
「いや……あれ?」

気付くとななこさんは俺の視界から消えていた。

どうやら有彦に気付いて隠れたらしい。

「いや、うん。いきなり声をかけられたからびっくりしただけだ」
「そうか。まあそれならいいんだが」

きょろきょろと周囲を見回す有彦。

「あー、遠野。ちと聞きたい事があるんだが」

それから咳払いをしてそんな事を言った。

「何だよ」

やたらとその動きは不審である。

いつも不審だけどそれ以上に。

「あそこの茂みに……鈍器のパーツみたいなのが落ちてなかったか?」
「茂み……」

有彦の指差したところはななこさんのパーツが落ちていた場所だった。

そのパーツは今は俺が持ってたりするんだけど。

「なんでそんなもん探してるんだ?」

敢えて俺はとぼけてみることにした。

「いや……なんでもいいだろそんな事。おまえには関係ない事だ」
「人に質問をしておいてそれはないだろう?」
「……色々と事情があるんだよ、事情が」

確かにななこさんの事を話すわけにもいかないだろうしなあ。

有彦のこの態度も仕方ないのかもしれない。

「ん?」

そこで俺は有彦の持っているあるものに気が付いた。

「有彦。おまえそれ……ニンジンか?」
「ん? まぁな」

俺に気付かれたくなかったのか、ニンジンの入った袋を後ろに隠す有彦。

「ここの動物園に馬はいなかったはずなんだが……どこで入手したんだ?」
「……ウサギのとこだ。けどどうでもいいだろそんなことは」
「ウサギか……」

なるほどそれは盲点だった。

ななこさんを見てたら馬しかイメージ出来なかったもんなあ。

「そんなことより、鈍器のパーツだ。誰か持ってったとかないよな?」
「……」

きっと有彦は飼育員さんに怪しまれながらも頑張ってニンジンを入手してきたんだろう。

「そうか……そういうことか」
「あん?」

俺は鈍感なほうではあるが。

ななこさんの好物のニンジンを持ってきて、なおかつななこさんを探している有彦が何をしたいのかくらいわかる。

「……つまり俺が何もしなくても問題なかったと……」
「は?」
「なんでもないよ」

なんだか一気に疲れが出てきてしまった。

有彦は有彦で謝ろうとしてたし、ななこさんはななこさんで有彦の事を気にしていたのだ。

しかも俺なんか一切関係なしに。

「ちなみにそのパーツなら俺が持ってるんだが」

そう言ってパーツを取り出す。

「なっ……おまえ、なんかその……へんな幻覚とか見なかったか?」

有彦はかなり動揺していた。

このパーツを誰かが持つイコールななこさんを見られるってことだからな。

「いや別に何も見なかったけど。なんか怪しいものなのか? これ」
「そ、そうか……いや、なんでもない、なんでもないんだ」

ほんとはななこさんと会話してたけど、教えないほうがいいだろう。

話すとややこしいことになっちゃうからな。

「じゃ、ちゃんと仲直りしてくれよ」

もはや見えなくなってしまったななこさんに言うつもりで呟いた。

「は? な、何言ってるんだよおまえ」
「独り言だ。じゃあな」

後は俺がいないほうがいいだろう。

さっさとその場から離れることにした。

「……」
 

有彦に手渡したななこさんのパーツは不思議と輝きを増しているように見えた。
 

続く


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