「じゃ、ちゃんと仲直りしてくれよ」

もはや見えなくなってしまったななこさんに言うつもりで呟いた。

「は? な、何言ってるんだよおまえ」
「独り言だ。じゃあな」

後は俺がいないほうがいいだろう。

さっさとその場から離れることにした。

「……」
 

有彦に手渡したななこさんのパーツは不思議と輝きを増しているように見えた。
 
 


「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その27







「さてどうするかな」

とりあえず暇になったはいいが。

「ガクガク動物ランドはまだ終わってないだろうし」

一人空しく動物園を回れというのだろうか。

それは嫌だ。嫌過ぎる。

何か俺にやるべき事はないのか。

「……あった」

そういえば俺にはやらなくてはいけないことがあったのだ。

それは。

「ズボンを買いに行く事だ……」

俺はまだペンキのついたズボンを履いたままだったのである。

確か購買はペンギンショーの傍にあったはず。

これこそ一人の時しか出来ないことではないか。

「よし、俺はズボンを買いに行くぞっ!」

俺は気合を入れた。

「……空しい」

誰もつっこんでくれない状態でのボケは悲しすぎるものがあった。
 
 
 
 
 
 

「えーとズボンズボン……ん」

購買にズボンなんてあるのか不安だったが意外にも。

「あった……」

衣類コーナーと称して上着からズボンから下着までよりどりみどりであった。

まあ動物園だけあってやはりプリント物が多いんだけど。

「がおがおTシャツってなんだよ」

恐竜シャツはいくらなんでもおかしいと思う。

まあそんなことはどうでもいい。

俺に必要なのはズボンなのだから。

「えーと」

ジャージのズボンはいくらなんでも却下として。

「適当でいいか……」

俺は目の前にあった青いズボンを取った。

「……9800円」

はい、無理。

「も、もっと安いのは」

せめて千円くらいで。

「……無い?」

どれもこれも三千円とかそんなレベル。

「これが動物園レートか……」

通常の市場とはまた違った価格帯が動物園などの世界ではあるものなのである。

ジュースが定価で200円だったりポップコーンが500円だったりだ。

「……やっぱりこのズボンで通すか……」

この俺にとって3000円の出費はあまりにも痛すぎる。

「お、有間。何してるん?」
「あ、あれ? イチゴさん?」

振り返るとイチゴさんが紙コップのジュースを持って立っていた。

自販機で売っている缶よりあからさまに高いやつだ。

「いや、まあちょっとズボンを」

イチゴさんは俺がペンキの上に座ったのを知ってるので隠す必要もなかった。

「そうか。大変だなあ」
「ええ、この出費は色んな意味で痛いです」
「ほー。奢ってやろうか?」
「え、いや、悪いですよ」

ありがたい申し出だけどイチゴさんには世話になりっぱなしだし。

「今更遠慮する間柄でもないだろう? 暑い夜を過ごした仲じゃないか」
「誤解を招くような発言をしないでください」

イチゴさんの言っているのはバカみたいに暑い夏に乾家に泊まりに行った事なのである。

だがそういう意味で取る人間は百人に一人もいないだろう。

実際周囲のおばちゃんたちが子供たちを俺たちから遠ざけてるし。

「じゃあ素直に奢らせるんだな。年上の好意は素直に受けるもんだぞ」
「……はい」

こういう時のイチゴさんは強引なので俺は大人しく頷くことにした。

歯向かうとアイアンクローの刑が待っているのだ。

「じゃ、どんなのがいいかね」
「買ってもらうんだからお任せしますよ」
「殊勝な心がけだな」

鼻歌交じりにズボンを物色し始めるイチゴさん。

イチゴさんに限った事じゃないけど、買い物をしている時の女性っていうのは本当に楽しそうな顔をする。

そしてこの笑顔に騙される男のなんと多い事か。

まあその一人である俺が言えたセリフじゃないんだけど。

「これなんかどうかね?」
「いや、さすがにピンクはちょっと……」

イチゴさんが嬉しそうなのは俺をからかえる材料が出来たってのもあるかもしれない。

「兄さんに派手なものは似合いませんよ。この地味なやつはどうです?」
「それは無難すぎてつまらんだろう。ここは奇抜なのじゃなくちゃ」
「そうですね……ではこの紫色など」
「おいこらちょっと待て。秋葉、おまえどっから沸いて出てきた」

いつの間にやらイチゴさんがやってる俺のズボン探しを手伝っている秋葉。

「沸いたとは失礼ですね。私はずっと前から購買にいましたよ」
「ずっと前ってどれくらいだ?」
「兄さんがいなくなってからすぐです」

その言葉を聞いた瞬間、俺の背筋に冷たい汗が流れた。

「マジか?」
「それはあたしが保証するよ。あたしがタバコ吸い終わった辺りで妹さんは購買に入ってきたからな」
「……ああああ、秋葉。ちょっと聞くけど、おまえ、店のモノを端から端まで買ったとかしてないよな?」

一般人だったら絶対にやらない行動だが、なにせ秋葉はお嬢様なのだ。

琥珀さんという保護者がいない秋葉は何をしでかすかわかったもんじゃない。

「いや、それが面白い話でね」

するとイチゴさんがにやにや笑い顔をしていた。

「いいい、一子さんっ!」

慌てた様子でイチゴさんの腕を掴む秋葉。

「ん? どうした?」
「そ……その話は内密に」
「あー、そういえばそうだったな。悪い。今の話はなんでもなかった」

秋葉の訴えを聞いたイチゴさんは苦笑しながらそんなことを言った。

「……いや、無茶苦茶気になるんですけど」
「まあ乙女の秘密ってことでひとつ」
「乙女……?」
「なんですかその疑いの目はっ! 私が乙女でないとでも言いたいんですかっ!」
「い、いや、その、ごめん」

戦乙女だったら頷いてもいいけど乙女ってイメージじゃないよなぁ。

「でも確認はさせてくれ。無駄遣いはしてないんだな?」
「そ、それは」
「してないよ。あたしが証明する」
「……まあ、イチゴさんがそう言うなら」

信用せざるを得ないわけだけど。

一体何があったんだろう。

気になる。

「と、とにかく今は兄さんのズボンでしょう?」

思いっきり話題を逸らそうとしている秋葉の態度から推測するに、秋葉が何かやらかしたんだろうけど。

この状況で聞くのは無理か。

そう考えた瞬間。

「……ま、詳しい話は後で」

誰かが耳元でそう囁いた。

「うおっ」

慌てて後ずさる俺。

「ん?」

俺が立っていた位置のすぐ後ろにイチゴさんがいた。

とすると今の声はイチゴさんのものだったらしい。

「どうしたんですか、兄さん」
「あ、い……いや、なんでも」

と言いながら多分俺の顔は真っ赤になっている事だろう。

不意打ちで耳に息は反則だよなぁ。

アルクェイドのそれで理性を失いかけたこともあるし。

「ふふふふふふ」
 

イチゴさんは俺の心理を読み取っているような不敵な笑みを浮かべているのであった。
 

続く


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