と言いながら多分俺の顔は真っ赤になっている事だろう。
不意打ちで耳に息は反則だよなぁ。
アルクェイドのそれで理性を失いかけたこともあるし。
「ふふふふふふ」
イチゴさんは俺の心理を読み取っているような不適な笑みを浮かべているのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その28
「んじゃまあ無難でつまらんけどこれで構わないか?」
「え、あ、はい、もちろんです」
言葉通り何の面白みもないズボンを持っているイチゴさん。
しかしネタに走られるよりは遥かによかった。
だいたい買ってもらう立場であれこれ言えるわけないし。
「その無難さがいかにも兄さんって感じですよね」
「なんじゃそりゃ」
「褒め言葉だろう」
「……そ、そうですかねえ」
どちらかというとバカにされてる気がするんだけど。
「じゃあこのズボンを買うか。あと、妹さんはいいのかい?」
そこでまたにやりとした笑いを浮かべるイチゴさん。
「なななな何を言っているんですかっ? 私は関係ないでありますでしょうっ?」
「おっとそうだったな。悪い悪い」
「……?」
はて何だろう今の秋葉の反応は。
「じゃまあ清算してくるわ」
ひらひら手を振ってイチゴさんはレジに向かって行った。
「うーん」
琥珀さんだったらこの僅かな情報だけでも推理してしまうんだろうけど。
「に、兄さん、別に気になさらなくて結構ですよ。ええ、本当に大したことじゃないんですから」
「……」
秋葉の慌てようから察するに、これはイチゴさんが後で話してくれるといった内容の出来事なんだろう。
「秋葉もズボンを買って貰う約束をしていたとか」
「何故私がズボンを買って頂かなければならないんです?」
「……それもそうか」
ペンキまみれのズボンを履いている俺とはワケが違うのだ。
「そうです」
「……うん」
やっぱり秋葉は妙だ。
何かこうどこか落ち着かない感じである。
「な、なんですか?」
「いや……」
何が変なんだろう。
「まあ、そもそも秋葉は自分で金持ってるもんな。ズボンが必要になったら自分で買うだろうし」
イチゴさんに奢ってもらう理由は特にないのだ。
「そそそそそそ、その通りですよ。ええ、私はお金持ちなんですから」
「ん?」
また変な反応をする秋葉。
そんなことわかりきってるんだからそんな強く主張しなくてもいいだろうに。
「……あ」
ちょっと待て。金持ちといえばベタで使い古されたネタがあるよな。
「秋葉。ちょっとおまえ財布見せてみろ」
「えっ?」
後ずさる秋葉。
「な、何故私が兄さんに財布を見せなくてはいけないんですか」
「気になる事があるんだ」
「べべべべ別に面白くもなんともないですよ。ごく普通の財布ですっ、ええ」
「ほう。一体どれくらい入ってるんだ?」
「……」
秋葉の答えはない。
「これは俺の勝手な推測なんだけど」
こんな事が起こるのはマンガの世界だけだと思っていた。
しかし今となってはもうこれしか考えられない。
「おまえの財布って……カードだけで現金が入ってないんだろ」
「なななな、何故それをっ!」
「……マジでかよ」
「はっ!」
そう、マンガなどで金持ちが小さな店でひたすら買い物をする。
そうして支払いの段階でカードを出すのだ。
「君、これで頼む」と。
そして言われるのだ。
「お客さん、申し訳ないんですがウチではカードでの支払いはちょっと……」
「イチゴさんが来て下さらなければ私はさらなる醜態を晒していた事でしょうね」
購買を出てすぐのベンチ。
購買で起きた事件(?)を秋葉とイチゴさんが話してくれた。
「あたしが来た時になんか妙だなって思ったんだよ」
購買部の傍の喫煙所を出てイチゴさんは喧騒に気付いたという。
「なんだろなと野次馬根性で見に行ったら店員と揉めてる妹さんがいた」
遠くから話を聞いているとおおよその事情が掴めてきた。
秋葉はやはり購買で大量の買い物をやらかすところだったらしい。
そしてこの購買では秋葉の持つカードの使用が不可能だった。
つまり秋葉はこの購買においては一文無しも同然。
それで店員とケンカになってしまったのだ。
何故カードが使えないの云々から最後はまるで関係ないなじりあいに。
「それでまああたしがなんとか止めたってわけ」
「それはどうも……ご迷惑をおかけしました」
頭を下げる俺。
「いやいや、あたしゃ大した事はしてないさ」
「そんな事はないですよ」
それにしてもカードが使えなかったのは幸いだったといえよう。
もしカードが使えていたら今頃はきっと。
「……おおう」
背筋に寒気が走った。
「本当にすいません」
深々と頭を下げる秋葉。
「いや、まあ……」
しおらしくなってしまった秋葉というのはどうも苦手だ。
「有間、妹さんを責めないでやってくれよ。失敗ってのは誰でも隠したいもんだからさ」
「ええ……はい」
さすがに秋葉もかなり反省してるみたいだし。
「とりあえず、琥珀さんのいないところでは買い物をしないことだ。いいな?」
「はい」
この経験は秋葉にとっていいものとなるだろう。
「しかしまあ、現実に端まで買おうとする人間がいるとは思わんかった」
イチゴさんは苦笑いをしていた。
「い、一子さん」
「カードしか持ってないってのもベタですしねえ」
「……兄さんまで」
「ギャグとしてはB級だな。どつき漫才に発展したら面白かったかもしれないが」
「いや、秋葉は真面目にやってますからねえ」
「ふ、二人ともっ! そんなからかわないでくださいっ」
きしゃーと唸る秋葉。
「いやいや悪い悪い」
はっはっはと笑う一子さん。
「はは……」
俺もつられて笑う。
「兄さんっ!」
「いや、悪い悪い」
これはイチゴさんなりの気の使い方だ。
秋葉に元気を出させようとわざと変な言い方をしたんだろう。
「……じゃまあ全部白状し終わった事だし、あたしじゃなくて兄さんに奢ってもらうのはどうだ?」
「お、俺っ?」
そして最後のオチは俺に委ねられるらしかった。
「ああ。兄妹なんだからあたしより遠慮しなくていいだろ?」
「いや……まあ、それは……」
「……兄さん」
「う」
指をもじもじと交差させながら上目遣いで俺を見る秋葉。
そういう仕草はずるい。
男に頷くしか出来なくさせるものだ。
「わ、わかったよ。大したものは買えないけどさ」
「え、本当にいいんですか?」
秋葉は本気で俺が何かを買ってくれるとは思ってなかったらしい。
それは兄として情けなかったりもする。
「本当だよ。安いものだけどな」
「で……では、その、ええと……」
指の交差に加え頬を赤らめている秋葉。
「なんだ? 恥ずかしがる事ないじゃないか。さっきあんなに買おうとしてたのに」
「あー」
なるほどあれか。
どうやらよほど気にいったらしい。
「……そ、その……ペンギンのぬいぐるみを……」
秋葉は消え入りそうな声でそう言った。
「よーしお兄さん何でも買っちゃうぞぉ」
「……それだと何か不審者みたいですよ兄さん」
「う、うるさいなあ」
仕草がいくら可愛かろうが中身はやはりいつもの秋葉である。
けどまあ、秋葉の調子が戻ってくれた事に俺は少なからず安心したのであった。
続く
感想用フォーム 励みになるので宜しければ感想を送って下さいませ。