「なんだ? 恥ずかしがる事ないじゃないか。さっきあんなに買おうとしてたのに」
「あー」

なるほどあれか。

どうやらよほど気にいったらしい。

「……そ、その……ペンギンのぬいぐるみを……」

秋葉は消え入りそうな声でそう言った。
 

「よーしお兄さん何でも買っちゃうぞぉ」
「……それだと何か不審者みたいですよ兄さん」
「う、うるさいなあ」

仕草がいくら可愛かろうが中身はやはりいつもの秋葉である。
 

けどまあ、秋葉の調子が戻ってくれた事に俺は少なからず安心したのであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その29




「ありがとうございまーす」

店員さんから購入済みを示すリボンをつけたペンギンのぬいぐるみを受け取る。

丁度腕の中にすっぽり入るくらいの大きさのぬいぐるみだ。

値段もお手ごろであり、俺のサイフにもとても優しい。

「ほら」

秋葉にペンギンを差し出す。

「……」

無言でそれを受け取る秋葉。

「ありがとう……ございます」

そして深々と頭を下げた。

「い、いや、うん、別に大した事じゃないから」

秋葉にお礼を言われるなんて滅多にないことなのでなんだかくすぐったかった。

「でも俺が選んじゃってよかったのか?」
「ええ、兄さんが先ほど一子さんにおっしゃっていたじゃないですか。買ってもらうんだからお任せしますよって」
「なるほど」

俺がズボン選びをイチゴさんに頼んだのと同じってことか。

「兄冥利に尽きるってとこかね」
「からかわないで下さいよ」
「はっはっはっは」

豪快に笑うイチゴさん。

「ところであたしは有間に礼を言われてない気がするんだけどね?」
「え? あ、う、ええと」

そういえばさっきのごたごたで忘れていた。

「すいません。ありがとうございます。おかげで助かりました」

慌てて頭を下げる。

「いや冗談。冗談だって。こっちが勝手に奢るって言ったんだからな。気にしないでくれ」
「そ、そうですか」
「まあお礼を体で支払うというのもアリだとは思うが」
「ぶっ」
「い、一子さんっ!」

顔を真っ赤にして怒鳴る秋葉。

「だから冗談だってば」

イチゴさんは余裕の表情だった。

「俺はともかく、秋葉はからかわれるのに慣れてないんだから勘弁してくださいって」

俺は毎回そんなんだから本気にはしないけれど。

本当だったらいいなあとかちょっと期待してしまったりする自分もやはり存在していた。

それは悲しい男のサガなのである。

「そうかい? 妹さんもリボンのメイドさんによくからかわれてる気がしたんだけど」
「う」

さすがにイチゴさんは鋭かった。

「そそそ、そんな事はないですよ」

琥珀さんは俺にえろえろな誘惑をしてくることもあるけど、秋葉にはやらないだろうし。

「その……琥珀と一子さんではまた冗談の質が違いますから」

琥珀さんに毎度からかわれてることは否定しない秋葉。

「そうか。同じ気配を感じたんだけどな。あたしの勘も鈍ったのかね」
「……」

俺に対するからかい方は琥珀さんもイチゴさんもほとんど同じなので、イチゴさんの勘はちっとも衰えてないといえる。

「ま、まあそんな事はどうでもいいじゃないですか」

それを悟られるとまた厄介な事になりそうなのでこの話はとっとと打ち切ることにした。

「そそそ、そうですよ。せっかく動物園に来たんですから動物を見て回りましょう」

露骨に怪しい態度を取る遠野兄妹。

「そうだな。このへんで勘弁してやろう」

それに対してガキ大将口調で答えるイチゴさん。

「じゃあ何を見に行きますか? イチゴさん」

反射的に子分のような態度を取ってしまう俺。

「ん、あたしはまだ購買にいるよ。弁当食べてないんでね」
「ありゃ、そうなんですか」
「すいません、厄介ごとに巻き込んでしまって」
「いやいやこっちが好きで首突っ込んでるんだからさ」

イチゴさんはにこりと笑ってくれた。

「じゃまあ、今度は何かあったら購買にってことで。兄妹仲良く楽しんでってくれ」
「あ、はい。ほんとありがとうございます」
「ありがとうございました」

そうして人ごみの中へと消えていく。

「一子さん……いい人ですよね」
「ああ」

どこまでも姉御肌なイチゴさんであった。
 
 
 
 
 

「何を見ましょうか?」
「色々いるからなあ。まぁ適当に」

購買を出てあてもなくさ迷う二人。

歩いていれば何か面白いものが見られるだろう。

「……」

秋葉は俺が奢ってやったペンギンを両手で抱えたまま歩いていた。

「秋葉。そのペンギン、とりあえず袋にでも入れたらどうだ?」
「そうですね。せっかくの兄さんからのプレゼントを汚すのも嫌ですし」
「……プレゼントって」

ああ、でもそういうことになるのか。

「むう」

そう考えるとますます照れくさくなってきてしまう。

「は、早くしまってくれ」
「どうしたんですか? 急にあせって」
「いや……その……」

なんと言うべきだろうか。

「……げっ!」
そこで俺は秋葉の後ろに良く知った顔を見つけてしまった。

しかもこの状況では一番会いたくない相手である。

「どうしたんですか?」
「い、いや、ええとなんでもない」

頼む、俺たちに気付かないでくれ。

「あ。志貴、見つけたっ」
「……うぐ」

俺の願いは届く事なく、アルクエィドは笑顔でこちらに手を振っていた。

「アルクェイドさん……」

一瞬むっとした顔をする秋葉。

だがすぐに。

「ふっ」

何か琥珀さんを彷彿させるような嫌な笑いを浮かべていた。

「アルクェイドさんっ? どうなさったんですかっ?」

笑顔のままアルクェイドに声をかける秋葉。

「……あ、秋葉?」

俺は猛烈に嫌な予感がしていた。

秋葉は今、俺が買ってやったペンギンのぬいぐるみを持っている。

そしてアルクェイドの事をあまり好きではない。

この二つから推測される今後の展開はあまり楽しいものではなかった。

「ん? あれ? どうしたの妹。そのペンギン」

当然アルクェイドはペンギンに注目し。

「ふふふふふふ。これはですね」

ちらりと俺の顔を見る秋葉。

「まさか……」

そう、秋葉はここぞとばかりに俺にプレゼントを貰った事を自慢するつもりなのだ。

そんな事をしたらアルクェイドは当然羨ましがるだろう。

そして言うのだ。

志貴、わたしにも何か買ってと。

だがご存知の通り俺の財布は火の車。

秋葉にペンギンを買ってやった時点でもう残弾は無いに等しかった。

そう。秋葉は俺の経済状況を知っているから笑顔なのだ。

「あーっ! ええとこれはだなっ」

慌てて言い訳を考える俺。

だが遅かった。

「兄さんに買ってもらったんです」
「志貴に……?」

秋葉はアルクェイドに事実を告げてしまった。

「う……その」

もう駄目だ。

この先は最悪の展開になってしまうんだ。

「そう。よかったね、妹」
「え?」
「えええっ?」

なんと答えは全く予想を外れたものであった。

「ん? どうしたの?」
 

それどころかアルクェイドは満面の笑みを浮かべていたのである。
 

続く


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