秋葉はアルクェイドに事実を告げてしまった。
「う……その」
もう駄目だ。
この先は最悪の展開に……
「そう。よかったね、妹」
「え?」
「えええっ?」
ところがアルクェイドの答えは完全に予想を外れたものであった。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その30
「あああ、アルクェイドさんっ? その、妹が羨ましいなーとか妹ずるい、とかないんですか?」
秋葉はかなり動揺していた。
かくいう俺も安堵の気持ちよりも驚きのほうが強い。
「え? なんで? 妹ペンギン好きなんでしょ? 買って貰えてよかったじゃない」
「そ、それはまあそうなんですが」
「うーむ」
アルクェイドの言動が奇想天外なのはいつものことではあるが。
何かひっかかるんだよなぁ。
いつもより何だかテンションが高いというかなんというか。
「に、兄さんに何か買ってとねだったり……しないんですか?」
「そんな事しないわよ。志貴貧乏なんだから」
「アルクェイド……」
ああ、理解されてるんだなあと思う反面、とても悲しくもあった。
「それでね志貴、わたしも志貴にプレゼントがあるのっ」
「へ? 俺に?」
一体何をくれるっていうんだろう。
「はい、これっ」
「……教授?」
アルクェイドが渡してくれたのは渋い教授のストラップであった。
「これって……あの会場で配ってた?」
「ええ。妹のぶんもあるわよ」
「わ、私のも?」
「ほら」
秋葉に手渡したのはばけねこのストラップ。
「これって並んだ人にひとつづつじゃなかったのか?」
「うん。途中で舞台に上がった人に特別プレゼントっていうのをやってたのよ。それで」
「……ってことはおまえが舞台に上がったのか」
「ええ。凄く盛り上がったんだから」
「……」
俺、その場にいなくてよかったなぁ。
いたら恥ずかしさで悶絶死していたことだろう。
「どう? 志貴」
笑顔で尋ねてくるアルクェイド。
「ん……ああ、うん。わざわざありがとう」
アルクェイドから物を貰う事なんて滅多にないことだし、俺は素直に礼を言った。
なるほど、アルクェイドのテンションが高かったのはストラップのせいだったのかもな。
「あ、ありがとうございます」
秋葉も渋々ながらといった感じで礼を言っている。
「えへへ、喜んで貰えてよかった」
笑顔でそんな事を言うアルクェイド。
「……」
秋葉と顔を見合わせてしまう。
「なんていうか……俺ら……さ」
「もうちょっと心に余裕を持ったほうが……いいかもしれませんね」
俺たちはあまりに低レベルな考えをしていたようだ。
プレゼントを貰ったから誰かに自慢しようとか、それを妬まれたらどうしようとか、そういうのはおかしいのだ。
アルクェイドみたいに「プレゼント貰えてよかったね」と祝福できる。
それが人としての理想ではないだろうか。
「まさかアルクェイドさんに教えられるとは思いませんでしたね」
「え? わたし何にもしてないよ?」
「独り言です。気になさらないで下さい」
そう言って秋葉はペンギンを袋に仕舞った。
「ねえ、志貴どういうこと?」
「いや、まあプレゼントを貰えるのは嬉しい事だってな」
そういう事にしておこう。
「うん。でもあげるのも楽しいね」
「そうだな。相手に喜んで貰えるとよかったなあって思える」
「けれど喜ばれなかったらという不安もありませんか?」
「そりゃまぁな。だからこそ喜ばれると嬉しくなるんだろう」
自分であれこれ悩んだり、入手に苦労したりしたりと困難が多いとそのぶん喜びも増す気がする。
「なるほど……そういう考えもありますね」
うんうんと頷く秋葉。
「わたしは不安なんてなかったけどなぁ。志貴だったら何でも喜ぶと思ったし」
「……いや、ミミズとかゲジゲジ貰っても俺は嬉しくないからな」
「む。わたしを何だと思ってるのよ。あくまで常識のレベルでよ。当然でしょ」
「いや、ゴメン」
なんだか普段と立場が逆転してしまっている俺とアルクェイド。
「ところで翡翠と琥珀はどこへ行ったのですか? あなたと一緒に会場にいたんでしょう?」
そこでふと思い出したように尋ねる秋葉。
「ん、わかんない。動物ランドが終わったらわたしすぐに志貴を探しに行ったから」
「……っていうかよく見つけられたな、おまえ」
この動物園は結構広い。
イチゴさんみたいに購買とかで出会うならともかく、そこらへんを歩いている人間を見つけるのは難しい事のはずだ。
まあそんな事言っても先輩は偶然俺たちを見つけたわけなんだが。
「ん。なんとなくね。志貴がこっちにいるかなーって」
「うーむ」
恐るべき真祖と代行者の勘というところか。
「それで、志貴はこれからどこに行くつもりだったの?」
「いや、別に決めてなかった。適当にふらふらしようって」
「そうなんだ。一緒に行ってもいい?」
「ん……」
秋葉のほうを見る。
「まあ……別に構いません」
さすがに広い心を持とうといった直後だけあって、アルクェイドがついてくる事に文句を言う事はなかった。
「ありがとね、妹」
「べ、別にお礼を言われるような事ではありませんよ」
恥ずかしそうに顔を背ける秋葉。
「うーむ」
秋葉も秋葉で誰かにお礼を言われるとかそういうのに慣れてないんだよなあ。
社交辞令的なものならともかく。
アルクェイドみたいに心からそう思ってるんだなあというお礼に対しては免疫が出来ていない。
それはつまり秋葉が無感情な世界に生きてきたって事なんだろう。
「お嬢様ってのも大変なんだなぁ」
色々あったけれど俺は有間の家に預けられてよかったんだと思う。
「兄さん、何か言いましたか?」
「ん、いや。じゃあ三人で回ろう。リクエストが無きゃほんとにあてもなくさ迷う事になるけど」
「何か可愛いのが見たいな、わたし」
「ミミズとかゲジゲジか?」
「……ふぅん。志貴はそういうのが可愛いんだ」
恐ろしく冷ややかな視線を浴びせてくるアルクェイド。
「冗談です、はい、ウサギとかパンダとかそういうのが可愛いですね」
「兄さん、そういうジョークは女性にはしないほうがいいと思いますよ」
「今度から気を付ける」
たまにジョークなんて言ってみるとこれだ。
俺はもう何の面白みもない無難な発言だけしてればいいんだろうか。
「……家の親父ってそういう立場に追いやられるんだよな、だいたい」
嫌な未来絵図が見えてしまった気がする。
「志貴は普通に変な事言うから大丈夫よ」
「全然大丈夫じゃないんじゃないかそれは?」
アルクェイドにそんな風に思われてたのか俺はっ。
「確かに兄さんは空気を読まない発言をすることがありますね」
「おまえには言われたくないぞ、それ」
「五十歩百歩よね」
「アルクェイドさんこそ」
「……つまり三人似たもの同士ということか。ははは、アホらしい」
思わず笑ってしまった。
「な、なんですか。私とアルクェイドさんが同レベルだなんて」
「何よー。わたしと妹が同レベルだなんて」
「ほら」
「……」
「……」
呆気に取られた顔をする二人。
「ふふ、ふふふふ」
「あはは、おっかしいの」
それから二人同時に笑い出すのであった。
続く
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