「あ、いいなそれ。わたしもなめてなめて」
「……俺の方向を見てそんなセリフを言わないでくれ」

違う方向に考えてしまうじゃないか。

「……」
「あ、あれ?」

さっきまであんなに俺の指をなめていたのにウサギはアルクェイドの指には興味がないようだった。

それどころか。

「また志貴の……なめてる」
「だからその言い方はやめろっつうに」
 

ウサギはまた俺の指をなめはじめてしまうのであった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その32



「なんでかな?」
「うーん」

俺の指はそんなに美味しいものなんだろうか。

「むー。わたしのもなめてよー。ほらー」

ウサギに向けて指を近づけるアルクェイド。

「……」

しかしウサギはちっとも関心を示さない。

「ずるい。志貴ばっかり気持ちよくして、わたしには何にもしてくれないんだ」
「……だからそういう言い方やめろっつうに」
「ぶー」

アルクェイドの機嫌はだんだん悪くなってきてしまっていた。

「なるほど……」

興味のないところでいくら他人が得をしようと羨ましくは見えないが、自分の興味のあるものだと嫉妬を感じてしまうようだ。

もちろん普通の人でもそういう傾向はあるものだが、こいつの場合極端な気がする。

秋葉がペンギンのぬいぐるみを貰ったのを見ても羨ましがらなかったのはペンギンにさほど興味を持っていなかったからなんだろう。

「つまり……あんまり進歩してないって事か」
「え? なに?」
「何でもない」

一瞬期待したのになぁ。

世の中そんなにうまくはいかないようである。

「とりあえず、このウサギが駄目なんじゃないか? 他のウサギで試してみればいいじゃないか。たくさんいるんだしさ」
「他の……ええと」

きょろきょろと周囲を見回すアルクェイド。

「じゃあ……あれでいいか」

言うやいなやアルクェイドは一瞬でウサギに近寄り、ひょいと片手で抱えあげた。

「?」

ウサギは何が起こったのやらときょとんとしている。

「えへへー」

俺に向けてにこりと笑うアルクェイド。

「あ、こらバカ」

そんな事をしているもんだから。

じたばたじたばた。

「わ、わっ?」

アルクェイドの抱えているウサギは暴れだし、そのまま逃げてしまった。

「あーあ」
「う〜……」

いよいよアルクェイドの機嫌は最悪というやつである。

口をへの字に曲げて不満を顔一面に表していた。

「まいったなあ」

動物の動きなんて俺がどうにかできるもんじゃないし。

「……」

ウサギは相変わらず俺の周りをまとわりついていた。

「うーむ」

どうしたらいいんだろうな。

「すいません、さっきはどうもありがとうございました」
「ん?」

そこに聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「有彦? おい、有彦かっ?」

声の方向へ叫ぶ。

「ん? おう。遠野、いるのか?」

入り口のでかい看板からひょいと顔を覗かせる有彦。

「お〜! アルクェイドさんと秋葉ちゃんまでっ。いいねぇウサギと戯れる美人二人っ!」
「……」

両手に何も持ってないところをみるとななこさんとは一旦別れたらしい。

それでとりあえずにんじんのお礼を言いに来たんだろう。

そういうところで義理堅いのだ、こいつは。

「ここの仕事って大変なんすか? ……へえ、なるほど」

まあ飼育員のお姉さんが美人だからってのが最大の理由だろうが。

「おいこら、そこの雑学帝王」
「あん? なんだよ」
「聞きたい事があるんだ。ちょっと来てくれないか? ボーナスは弾むぞ」
「ん? ボーナスね、へいへい」

頭をぼりぼりと掻きながら俺に近づいてくる有彦。

「で、なんだって?」

俺の目の前で屈んで傍にいたウサギに手を伸ばした。

ぺろぺろぺろ。

「あ」

ウサギは俺にしたのと同じように有彦の指をなめている。

「あーっ! ちょっと!」

当然それをアルクェイドが良く思うはずがなかった。

「なんであなたもウサギになめられるのよっ。わたしはちっともなめてくれないのにっ」
「ん、ああ。こいつらメスですからね」

食ってかかるアルクェイドに平然と答える有彦。

「え? メス?」

アルクェイドはきょとんとしていた。

「ええ。メスです。ついてないでしょう」
「……そういえばそうだな」

オスだったらあるべきものがここのウサギにはついていなかった。

つまりまあそういうことだ。

「で、でもなんでメスだとわたしに懐いてくれないの?」
「んー。詳しい事はよくわからないんスけど、動物でもオスは女性に、メスは男に懐く傾向が多いみたいらしいンす」
「ま、マジで?」
「近所の猫の場合はそうだった。あくまで俺の実体験だから辞書調べても乗ってねえぞ」
「……実際の体験談からくるものってことか」

そのほうがなんだか信憑性がありそうな感じがするが。

猫とウサギで同じもんなのかなぁ。

「今までの反応を見る限り正しそうな感じもするが……」

アルクェイドがムキになって触ろうとしているからウサギが逃げるというのもある。

「どうにもわからんな」

俺には判断出来かねなかった。

「そっかー。じゃあオスのウサギを探せばいいのかな?」
「あ、いや、オスはこの中いくら探してもいないと思うっスよ」
「え? なんでだ?」

そう聞くと呆れた顔をする有彦。

「アホ。一緒に入れてたらどんどん増えちまうだろ。ケダモノなんだからな」
「あ……そっか」

そうだよなあ、可愛いウサギといえど動物なのだ。

メスだけでもこれだけいるんだからオスなんかいたら大変なことになってしまうだろう。

「えー? オスいないの?」
「いや、まあ繁殖用にいるでしょうけど。ちょっと聞いてきます」

早速とばかりに飼育員さんへ聞きに行く有彦。

「いるってさ。ここじゃないとこだとよ」
「こういうときは行動早いなぁ、おまえ」

つまり美人の目の前だとしゃきっとしているわけだ。

「俺はいつでもナイスガイだ」

そう言ってびしっと親指を立てる。

「一生言ってろ」

こんなとこななこさんに見られたらまた厄介な事になるだろうに。

まあこいつの人生だ。とやかくは言うまい。

「じゃ、そこ行こうよ。わたしもペロペロってなめてもらいたい」
「……またそんな言い方を……」
「あはは、わかってるって」

ぺろりと舌を出して笑うアルクェイド。

くそ、わざと言ってやがるなこいつ。

「案内しますよ。ささ、どうぞ」
「はーい」
「……ったく」

しょうもないのでアルクェイドについていく俺。

「ほら、秋葉もいつまでも柵に捕まってないで来いよ」

秋葉に声をかける。

「は……ははははは、はい……」

柵ごしにウサギを避けるようにして歩いてくる秋葉。

「……駄目だこりゃ」
 

どうやらお嬢様は一度もウサギに触れていないご様子であった。
 

続く


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