「んじゃ上手く説得しなきゃな」

果たしてあれだけウサギに執着してた二人が納得してくるかどうか。

「そこでオレの出番……」
「は無いから安心してくれ」
「……ち」
「ああもう……」
 

俺の頭痛の種は増えるばかりであった。
 
 




「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その34






「というわけでウサギを触れる時間はこれで終了なんだそうだ」

およそ10分間にかけてウサギを触るのはこれでおしまいだということを力説した俺。

これならいくらアルクェイドたちでも納得してくれるだろうと思いきや。

「えー。やだ」
「も、もう少しいいじゃないですか。ねえ」
「……」

全く無駄な時間の浪費であった。

「嫌だろうがなんだろうが決まりなのっ。決定事項っ!」

結局力技になってしまう。

「決まりに縛られる生活って疲れない?」
「おまえは自由奔放過ぎなんだっつーの」

ルールなんて守ったためしがないじゃないか。

「兄さん、たまにはいいじゃないですか」
「……」

秋葉までそんな事を言う始末である。

「協力してやろうか? 遠野」
「いい、俺がなんとかする」

俺だってやれば出来るところを見せてやるぜっ。

「いいか二人とも。よく考えてくれ。ここは動物園なんだ。ウサギだけがいる場所じゃない」
「そんなのわかってるわよ」
「当然の事です」
「……だというのにおまえたちはウサギに固執している。視野が狭くなってるんだよっ」
「だってウサギ可愛いもん。ねー?」

秋葉に同意を求めるアルクェイド。

「ええ、ふわふわのもこもこがたまりません」
「……」

あの秋葉があっさりと同意するとはまあ珍しい。

二対一。

普段でさえ不利だというのにライバル同士が結束した最強コンビに俺は勝てるんだろうか。

いや、気を強く持たねば。

「ここの外にだって色々な動物がいるんだ。かわいいものもいい。けれど、それだけじゃつまらないだろう」
「可愛ければいいわよ」
「ウサギだけを見て過ごすというのもそれはそれでオツなのではないでしょうか」
「……ああもう」

てんでラチがあかない。

どこで間違えてこんなワガママになってしまったんですかねこの人たちはっ。

「勝手にしろっ」

俺はそう言って踵を返した。

「お、おい遠野」

慌てた様子の有彦が追いかけてくる。

「いいのか本当に置いていって」
「いいんだよ」
「オレはお前がカイショーナシなのは知っていたがそこまでとは思わなかったぞ」
「そうだよオレは甲斐性なしなんだよ」
「……チッ」
 
 
 
 
 

「どうすんだよ、ほんとに。あんな事で腹立ててちゃ女となんぞまともに付き会えねえぞ?」

施設を出てそのまま歩いて行こうとする俺に有彦がそんな事を言った。

「別に怒ってなんかないさ。それで何か起こってもそれはあいつらの自業自得だし」
「嘘つけ。怒ってるじゃねえか」
「……」

有彦の言うとおり、腹が立っていたのは確かである。

「……二人があんまりにも自分勝手な意見ばかり言うからだろ」

こっちは二人を心配してやってるっていうのにちっともわかっちゃいないんだから。

「自分勝手ねえ。オレは他にも理由がある気がするけどな」
「他になんて無いよ」
「はぁ。ま……おまえの事なんざどうでもいいか」

ぼりぼりと頭を掻き毟る有彦。

「どうせ二人ともすぐ出てくるだろうし」
「出てこないだろ。あの様子じゃあと一時間はウサギと戯れてるんじゃないか?」
「出てくるっつーに。なんなら賭けるか?」
「ぬう」

有彦は何か確信めいたものがあるらしい。

「……わかったよ。ちょっと待ってみる」

これじゃ俺にいいとこがまるっきりないもんな。

「とりあえずおまえはもうちょっと自分つーものを理解したほうがいいと思うぞ」
「どういう意味だよ」
「そのまんまだよ」

そう言って再びため息をつく。

「全然わからんぞ」
「……むかつくから死んでも教えてやらん」
「ぬう」

さっぱり要領を得ない。

「強いて言うなら究極の二択ってやつか? まあ選ばれなくたって気に病むこたぁないんだけどな」
「どういう意味だよ」
「仕事と家庭どっちが大事。違うもんを天秤にかけられても困るってね」
「……有彦、口の悪いヤブ医者を紹介してやろうか?」
「せめてまともな医者を紹介してくれ」

しかし有彦とこんなバカ話をしていてだいぶ頭は冷めてきた。

「悪い事したかなぁ」
「今更おせえっての」
「まあ……それはそうなんだけど」

俺だって人間なんだ。我慢の限界だってある。

「気にする必要もないと思うけどな。ほれ」
「ん」

指差した方向を見るとアルクェイドと秋葉が施設から出てきたところだった。

「志貴〜」

なんとなく不満そうな顔で俺に向かって近づいてくる。

「ウサギはもういいのか」

自分から謝るのも癪なのでそう尋ねてみる。

「うん。志貴がいなきゃつまんないもん」
「俺が?」

俺がいたってウサギの反応は変わらないだろうに。

「兄さんの言うとおり、他の動物を見るのもいいなと思っただけです」
「……?」

なんだろう、この二人の急な意見の変化は。

「だから言っただろうに」

有彦はそれがさも当然だといった顔をしていた。

「一人悟ってないで教えてくれ」
「いや、俺はみんなにジュースやらアイスを奢らなきゃならないんでな」
「……チャラにしてやるから」
「了解」

くそう、なんだか有彦の策略にはめられた気がする。

「ま、とりあえず移動しながらだな。次は嗜好をちょっと変えて迫力あるのを見に行きましょうっ」
「はーい」
「お好きなように」

そんなわけで俺と有彦が先頭、少し離れて秋葉とアルクェイドがついてくる形となった。
 
 
 

「で、どういうことなんだよ」

後ろの二人に聞こえないくらいの声で尋ねる。

「仕事と家庭どっちが大事っつたろ」
「……言ったけど、それがなんだよ」
「まったく別のモノを天秤にかけられて選択しろって言われても人はそう器用じゃねえんだ」
「ごたくはいいから結論を教えてくれ」
「……だからだな。おまえとウサギ、どっちを取るかなんて選択肢はおかしいんだってこと」
「は?」

どういうことなんだろう、それは。

「おまえはアルクェイドさんと秋葉ちゃんをほっといて施設を出た。二人に与えられた選択肢はこのままウサギと戯れるかおまえを追うか……だ」
「べ、別に俺はそんなつもりじゃ」
「そんなつもりなくても結果的にそうだっつーの。それで二人が追って来なかったらおまえ、一人でベンチにでも座って落ち込んでたんじゃないか?」
「う」

確かにそうかもしれない。

二人はどうせ俺のことなんてどうでもいいんだ、ウサギのほうが大事なんだと。

「……あ」

おまえとウサギ、どっちを取るかなんて選択肢はおかしい。

それはそういう意味だったのか。

「まあ遠野の気持ちもわからないでもない。いつも二人はおまえにべったりだからな」
「べったりってそんな……」

そんな事……あるか。

アルクェイドは言わずもがなだし、秋葉も秋葉で気付くと俺の傍にいたりするし。

「ところが二人はウサギにべったり。それでおまえはちょっとむかっときた」
「俺がウサギに嫉妬してたっていうのか?」
「そうだ」
「……そ、そんな事は」

無いと言いたかったけれど言えなかった。

確かにそうなのかもしれない。

俺は得体のしれない苛立ちを感じていたのだ。

答えはそれだったのかもしれない。

「まあ結局二人は遠野を選んだからこうやって来たわけなんだがな。
「むぅ」
「もうちょい自分に自信を持ってもいいと思うぞ、オレは」
「……」

自信……か。

俺にはあんまり縁のない言葉であった。

なんせ周りが人外ばっかりだからなぁ。

「だあっ、そんな渋い顔してんじゃねえっ。こっちまで気が滅入ってくるだろっ」
「わ、悪い」
「とにかく自信をもつことだ。いいな」
「わかったよ」

渋々ながら頷く俺。

「……色々すまんな」
「何を今更」

そう言ってにやりと笑う。

「それもそうか」

まったくいい悪友に出会えたもんである。

「ところでこの先どこに行くんだ?」
「ん? ワニだ。でかい口の」
「その心は?」
「そりゃその外見で驚いているところに『大丈夫さ。この俺がついてるぜっ!』とだな」
「……ほほう」
「はっ! テメエはめやがったなっ!」
「うるせえこの野郎――っ!」
 

ああ、ほんとまったくいい悪友に出会えたもんだ。
 

続く


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