踵を返し再びライオンのいるだろう方向へ向かう俺とアルクェイド。
果たして全ての条件を満たして事件を解決出来るのだろうか?
「……大丈夫かな……」
なんだか胃がきりきりと痛み出してしまう俺であった。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その37
「ガルルルル……」
人壁の中で唸り声をあげるライオン。
「なんだかさっきとあんまり変わってないね」
「そう簡単に動けないってことだろ」
恐らく麻酔銃だと思われるものを構えている人もいたが、完全に腰が引けてしまっていた。
「じゃ、まあ適当にやってみるわ」
「……頑張ってくれよ」
ひょいと人壁に紛れ込むアルクェイド。
バカ力だからそんな壁をかきわけるのは容易い。
「な、なんだ君はっ、ちょっと待てっ!」
「大丈夫大丈夫。任せておいてよ」
あっという間にアルクェイドは円の中へ入り込んでしまった。
「き、君! 危険だぞ!」
「だから大丈夫だってば」
「さがりたまえ!」
アルクェイドが大丈夫大丈夫と連呼しても、信じてくれる人は当然ながらいなかった。
「そ、その女性はサーカスでライオンの飼育員をしているんです! もしかしたら大人しくできるかもっ!」
仕方ないので俺はそう叫んだ。
「サーカスの……?」
「そういえばマンガで見た事があるな……」
壁からざわめきが聞こえ始める。
「本当なのか? 都合がよすぎやしないか?」
「じ、事件を聞いて駆けつけたんです! もう安心です!」
人壁に向かってなおも叫ぶ俺。
「そうなのか……なら彼女に任せるのがいいのかもしれないな」
胸に主任という札をつけた男性が呟く。
それで意見は決まったようなものだった。
「よし、皆は待機! 万が一の時の為にガードは解くなよ!」
「ラジャー!」
これでもう後には引けない。
何が何でもライオンを止めて貰わなくては。
「さて……と」
一歩一歩ライオンに近づいていくアルクェイド。
「ガオオオッ!」
ライオンが吼えた。
「うおっ」
思わず一歩後ずさってしまう俺。
壁の人々も一瞬動きかけたがさすがはプロ、大半の人はその場にきちんと留まっていた。
「んー」
アルクェイドは腰に手を当て何やら考え込んでいる感じである。
一体どうしたんだろう。
「ガルルルル……」
ライオンはなおも唸り声をあげていた。
「……大丈夫かな」
なんだか心配になってきたので、俺は壁の僅かな隙間に紛れ込んだ。
「すいません、すいません……」
そのまま一番前へ。
「おいアルクェ……」
「ねえ、ちょっと。あなたたちもっと下がってくれない? かなり怖がってるんだけど」
話かけようとするとアルクェイドが振り返ってそんな事を言った。
「え? おまえライオンの言葉わかるのか?」
「あのね志貴。わたしを何だと思ってるのよ」
「いや、まあわかってるけどさ」
真祖という存在がそこまで何でもアリだとは。
「わかってるなら早くしてね。じゃないと襲いかかってくるわよ」
「へいへい」
ここはアルクェイドに大人しく従っておいたほうがいいだろう。
「みなさん下がってください! ライオンが怖がっていてこのままでは説得出来ないそうです!」
俺はそう叫んだ。
「し、しかし危険じゃないかね?」
「大丈夫です。彼女はライオンハンターライセンスを持ってますので。説得もお手の物ですから」
適当なライセンスをでっちあげてしまう。
なんだか琥珀さんの悪影響を受けてしまっている気がしなくもない。
「そ、そうかわかった。各個下がれ!」
「ラジャー!」
主任の指示で円が広げられる。
「……怖っ」
俺一人取り残されてしまった。
まあ手前にはアルクェイドがいるわけなんだけど。
「こ、これでいいのか?」
「ん。ちょっと待って。話してみる」
そう言ってアルクェイドがちょっと喉をいじると。
「ガオ」
ライオンの鳴き声そのものがアルクェイドの口から発せられた。
「ウオ……オオオン」
ライオンとアルクェイドは会話のように交互に鳴き声を続けていた。
そして五分ほど経っただろうか。
「ん……オッケー」
再び俺のほうに向き直るアルクェイド。
「なんだって?」
「とりあえず檻には戻ってくれるって。でも条件があるの」
「条件? なんだ?」
「食事の肉をもうちょっと豪華にしろだって」
「……」
そんな下らない理由で脱走したんかいこのライオンは。
野生の魂はどこへ行ってしまったんだ。
「……主任さん、そういう事なんですけどOKですか?」
俺は苦笑しながら尋ねた。
「わ、わかった。善処しよう」
かくしてライオン逃亡事件はあっさりと幕を閉じた。
「なんだかオチが盛り上がりませんでしたねー」
残念そうな顔をしている琥珀さん。
「いや、まあしょうがないでしょ」
どこにいたんだかわからないけど琥珀さんは一部始終を覗いていたらしい。
「何事もなく平和に終わったんだから文句無いでしょ?」
「ああ。素晴らしかったぞ」
「えへへ」
褒めてやるとアルクェイドは満面の笑みを浮かべていた。
「もうちょっと熱いバトルとかを期待してたんですけど」
「戦闘になんかならなかったわよ。ただの動物だったらわたしが威嚇した時点で逃げ出すわ」
「……それは言えてる」
俺もこいつに威嚇された時があったが、あれは滅茶苦茶怖かったからなあ。
本能でこいつの恐ろしさを感じられる動物はもっと過敏に反応した事だろう。
「……ってことは待てよ。普段の殺気が消えたってことなのか」
ライオンは別に逃げたりしなかったもんな。
「はぁはぁ……と、遠野君……無事ですかっ?」
「ん? あれ? シエル先輩?」
顔をあげるとシエル先輩が息を切らせて走ってくる。
「シエルさんどこへ行っていたんですか? さっきまで大変だったんですよ?」
琥珀さんは苦笑していた。
「はぁ……はぁ、すいません。ちょっと動けない用事が出来てしまっていて。それでライオンはどこへ?」
「もう解決したよ。アルクェイドが説得したんだ」
「説得……魔眼を使ったんですか?」
一瞬顔をしかめる先輩。
「いや、多分使ってないと思うけど」
アルクェイドを見る。
「あれは使ってないわよ。また志貴に怒られたらやだもん」
「アルクェイド……」
ちょっと前にアルクェイドが魅了の魔眼を使って事件を起こした事があった。
その時に俺はアルクェイドの頬を叩き、反省させたのだけど。
あれは確かにもう使って欲しくない。
「そうですか……よかったです」
シエル先輩も安心したようであった。
「で、なんで来られなかったのよあなたは」
アルクェイドが尋ねる。
「その、ですから、動けない用事が」
するとあからさまに目線を逸らせる先輩。
滅茶苦茶怪しい。
「カレーを食べた直後に走るとお腹がもたれませんか? わたし胃薬持ってますよ?」
琥珀さんがそんな事を言った。
「あ、すいませんわざわざ。辛さ300倍はさすがに辛くてちょっと……」
「……シエル先輩」
「はっ!」
冷ややかな視線がシエル先輩に集中するのであった。
続く
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