あいつだったら美女が揃っているだけでなんとか誤魔化せる。
「ふーん。じゃああと一枚?」
「いや、それも解決済み。有彦がもう一人呼んできてくれるからな」
「そうなの?」
「ああ」
あの人だったら一応アルクェイドと面識もあるし。
何があっても動じやしないだろう。
「ま、いいわ。じゃあわたしたちも準備しましょ」
「ん。ああ」
はてさてこの先どうなることやら。
やるべきことは全てやった。
後は天を信じて待つのみである。
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その4
「早く明日にならないかな〜」
「普通に待ってりゃ明日になるよ。そんなあせったてしょうがないだろ」
「だって待ち遠しいんだもん」
あっという間に時間は過ぎて、動物園に行く前日となった。
「だったら荷物の確認でもしておけよ。忘れて困るのはおまえだろう?」
「ん。そうね」
部屋の隅っこに置いてあるリュックサックを拾うアルクェイド。
ちなみにそれは俺が子供の頃に使っていたやつのお下がりである。
動物園に行く事が決まってからほとんど毎日こいつは準備と称してあれこれ詰め込んでたけど、一体何が入っているんだろうか。
「えーと、まずお菓子でしょ?」
「ああ」
荷物持ちのお礼にアルクェイドにあげたお菓子だ。
さらに言うなら持っていったはいいけれど、食べる場所がなくてそのまま持って帰ることが多々あるお菓子である。
まあ今回は大人数だからそのへんは大丈夫そうだけど。
「次に動物園のパンフレット」
「おお。それは大事だよな」
動物園のチケットと一緒に入っていたパンフレット。
動物園の地図と動物たちのいる場所が一目でわかる便利なものである。
「ただし、奥底にしまっちゃうと見れなくなるからたくさん荷物が入っている場所と別のところに入れておく事」
「そうね。せっかく用意したのにそれじゃ意味ないもんね」
そう言ってアルクェイドは手前のポケットにパンフレットを入れた。
「後は双眼鏡でしょ。磁石でしょ。ばんそうこうに……」
「こらこら。チケットはどうなった?」
本来一番最初に出てこなきゃいけないものがまるで出てこないので突っ込んでおく。
「あ」
アルクェイドは目を丸くしていた。
「……あじゃないだろ。一番肝心なものを忘れてどうするんだよ」
「ごめんごめん。取ってくるね」
アルクェイドはそう言って屋根裏部屋に飛んでいった。
「まったく……」
アルクェイドらしいというかなんというか。
「これよね」
「おう」
すぐにチケットを持って降りてくるアルクェイド。
「忘れないように俺が持ってようか?」
「大丈夫よ。志貴に持たせたほうがよっぽど心配だわ」
「……おいおい」
アルクェイドの俺に対する評価はいまいち謎なところがある。
まあ、おれ自身自分が信用出来るかって言ったら首を傾げるけど。
「それより志貴は何にも準備しなくていいの?」
「ん? 俺はいいんだよ」
何か持っていっても荷物になるだけだからな。
手ぶらのほうが楽に歩ける。
「っていうかおまえ、ばんそうこうはまだ許せるとして磁石やら望遠鏡はいらないだろ?」
そんな俺に比べてこいつのなんと無駄の多い事か。
まだ底の方に色々入っているのでリュックサックは相当に重そうだった。
「いるわよ。磁石は道に迷った時に必要だし、双眼鏡は動物を見やすくするために使うの」
「磁石っておまえ……方向感覚そんな悪くないじゃないか」
「雰囲気が大事なの。わかってないなあ志貴」
ちっちっちと指を振るアルクェイド。
いや、わかってないのは絶対こいつだ。
重い荷物を持っていって後悔するのは自分なのに。
ああでもこいつ力だけはあるからそんなの感じないのか?
いや、あくまで一般人の持っていく荷物として評価しよう。
こいつを基準に考えたらロードローラーくらい担いだって荷物になりやしないんだから。
「双眼鏡だってバードウォッチングかなんかと勘違いしてないか?」
「してないってば。そんな事ばっかり言ってると志貴に双眼鏡貸してあげないよ?」
「別にいらない」
「ぶー」
アルクェイドは俺の態度にとても不満そうである。
まあこいつもこいつなりに考えて選んだ荷物なんだから、どれもこれも却下するのはかわいそうか。
双眼鏡くらいなら持っていく人もいるだろうし。
「わかったよ。双眼鏡は持っていってもいい。でも磁石は絶対いらない。おいてけ」
山ならともかく都会の中にある動物園で迷ったってたかがしれているのだ。
「えー? 迷子になったらどうするのよ」
「迷子になったらすぐ迷子センターに行けよ。っていうか一人で勝手に歩きまわったりするんじゃないぞ?」
「わたし子供じゃないわよ志貴。迷子になんかならないわ」
いや、絶対こいつは動物園に入った瞬間「動物園だー! わーい!」とか言って走り出すに決まっている。
それが本当にただの子供だったらそう見失うことはないだろうけど残念な事にアルクェイドは真祖の姫君。
思いっきり走られてしまったらアルクェイドを目で追うことなんて不可能なのだ。
「……胃が痛くなってきた」
まだ行く前だというのにこれじゃあ、動物園についたらさらに酷くなりそうである。
「どうしたの志貴? 難しい顔して」
「なんでもないよ」
それくらいで悩んでたらアルクェイドとなんて付きあえやしない。
ある程度割り切ることも必要なのだ。
「とりあえず他の荷物もチェックさせろ。……ああ駄目。これ却下。これもこれも」
とにかくさっさと荷物の選別を終わらせてしまおう。
「えーっ? バナナはサルにあげるのに……」
「サルに餌をあげちゃ駄目なの」
「じゃあボールは? ライオンに遊んでもらうの」
「檻に投げ入れるなんて無理だから諦めろ」
本当にしょうもない道具類を却下却下却下。
「……こ、これで全部か」
全部出し終わった時には俺の部屋はごちゃごちゃになってしまっていた。
「ほとんど無くなっちゃったじゃないの……」
結局俺がOKを出したのはお菓子とパンフレットとチケット。
それから双眼鏡だけであった。
「つーかどうやって入れたんだよこれ」
俺の子供の頃の記憶からするとこのリュックサックにそんなに物は入らなかったはずなんだけど。
「え? ちょっと空想具現化で重力操作して圧縮して……なおかつ物が元の形を保てるように」
「……いい、もういい。説明しなくていいから。よくわかった」
そういう下らない事に人類が到達出来ないであろう領域の技を使うのは絶対間違ってると思う。
「志貴、機嫌悪い?」
アルクェイドはしゅんとした顔をしていた。
「……い、いや、そ、そんなことないぞ?」
どうも邪険にしすぎてしまったようだ。
「ほんと?」
「ああ。実に上機嫌だ。やっぱりなんといっても旅の準備ってのは楽しいものだからな。うん」
「うん。準備するのってすごく楽しい」
自分の楽しみにしていることの準備というのは本当に楽しいものなのである。
俺はアルクェイドほどに楽しみじゃないから苛立ってしまったけれど、こいつにとっては一大イベント。
「……よく考えたらおまえと町外に出るのも初めてだもんなあ」
アルクェイドが屋根裏に住むようになってから行動範囲がかなり狭まっていたのだ。
「そうよ。今頃気づいたの? 志貴」
そうか、いつもよりもアルクェイドがテンションが高かったのはそのせいだったのか。
「なんか悪いことしちまったな」
ついいつもと同じノリで相手をしてしまっていた。
「ううん。気にしてないよ」
そんな俺にむけてにこりと笑うアルクェイド。
「……」
いつもアルクェイドを子供だ子供だ言ってるけれど、こういう寛容力はこいつのほうが上だと思う。
まあ、俺のほうが苦労してる比率も高いわけだが。
「……楽しみだな、動物園」
なんと言っていいやらわからないのでとりあえずそんな事を言ってみた。
「うんっ」
いつも以上の明るい笑顔で答えるアルクェイドであった。
続く
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