「……楽しみだな、動物園」

なんと言っていいやらわからないのでとりあえずそんな事を言ってみた。

「うんっ」
 

いつも以上の明るい笑顔で答えるアルクェイドであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その5






「しっきさーん。有彦さんからお電話ですよー」
「ん」

寝そべってマンガを読んでいると琥珀さんの声が聞こえた。

「今行くよ」

マンガを閉じてドアを開ける。

「有彦から電話ね」
「はい。……ってあらら? 志貴さん。アルクェイドさんはどこへ行かれました?」

部屋の中をのぞいて首を傾げている琥珀さん。

「屋根裏部屋にいるよ」
「あらまあ珍しい」
「……いや、一応あいつの部屋は屋根裏なんだけど」

まあ確かにあいつが屋根裏にいる時は少ない。

俺と一緒に部屋にいてゴロゴロウダウダしてるほうが多いだろう。

それなのにあんなに部屋を散らかせるのは不思議でしょうがない。

「志貴さんの部屋にいるほうが普通ですもんねえ」
「まあね……」

とにかく、あいつが俺の部屋にいないのは秋葉が来た時と夜寝る時くらいだ。

いや、たまには夜も一緒に……ごにょごにょ。

「アルクェイドさん、何かなさってるんですか?」
「ん、ああ。明日の計画を考えるんだってさ。当日まで知られたくないから屋根裏部屋でやるんだって」
「あはっ。ほんとに楽しみにされてるんですねー」

ころころと笑う琥珀さん。

「琥珀さんこそ相当楽しみにしてるんじゃない?」

琥珀さんは片手に動物図鑑を持っていた。

「それはもう。動物園に行ったら雑学を披露しまくりです」

そういう無駄な事に情熱を注ぐのが琥珀さんは大好きなのである。

「例えばインドゾウの学名はElephas maximusと言いまして……」
「いや、そのへんは当日に披露してもらうから。俺は電話取りに行かないと」

話が長くなりそうだったので俺はさっさと話を打ち切ることにした。

「あ、そうでしたね。すいません引きとめちゃって」
「いやいや。明日を楽しみにしてるよ」
「はーい。ではではー」

琥珀さんと別れ電話へと向かう。
 
 
 
 

「おう、待たせたな有彦」
「ずいぶん待ったぞ。何があったんだ?」
「いや、ちょっと野暮用が。それで有彦。何の話だ?」

わかっているけれど一応尋ねておく。

「例の件だ。ギリギリまでまった甲斐があったぜ」
「甲斐があった……ってことは」
「おう。姉貴も来るってさ。明日何時に集合か教えてくれ」
「そっか。来れるんだイチゴさん」

そう、俺が有彦に頼んだチケットを渡す相手とはイチゴさんなのだ。

あの人ならちょっとやそっとの事じゃ動じないし、アルクェイドとも一応面識がある。

見た目の割には(失礼な言い方だけど)常識もある人だし、参加してくれる相手としてはもってこいだった。

「おう。まさかOK出すとは思ってなかったんだけどさ」
「どんな手を使ったんだ?」
「いや、最初に話を伝えて放置しといただけだ。余計な事言うとめんどくさがるからな」
「なるほど」

イチゴさんをよく知っている有彦ならではの作戦である。

「遠野が誘ったって言ったら妙な顔してたぞ。彼女に振られたのかとか色々言われたけど誤魔化しておいた」
「そうか。助かる」

なんせイチゴさんはまったく説明してないのに少し会話をしただけでアルクェイドと俺の関係を見抜いちゃったからなあ。

「アルクェイドさんがフリーになったんなら俺が貰ってやってもいいぞ。どうだ?」

そしてそのイチゴさんの弟の有彦は、実はアルクェイドを狙ってたことがあったりして。

仕方なしに俺とアルクェイドが付き合っている事を説明したら応援してやるとは言ってくれたけど。

どうも信用出来ないからなあこいつは。

「あんまりうるさいと連れてくの止めるぞ」
「あ。テメエきたねえな。こっちは約束守ってやったのによ」
「……冗談だ。とにかくえーと……明日駅前に九時集合だ」
「そうかそうか。最終的な参加メンバーはどんな構成なんだ?」
「ああ。俺だろ。アルクェイド。それから秋葉に翡翠、琥珀さん。それからシエル先輩だ」

それに乾家姉弟をプラスして計八名となるわけだ。

いつものメンバープラス乾家と言ったほうがわかりやすいか。

「へえ。シエル先輩まで来るのか。こいつぁ気合を入れないとな」
「タキシードなんか着てきたら追い返すからな」
「するかアホ。いや、しかし当日が楽しみだ……こりゃ色々プランを考えなきゃな」
「……なんのプランだ一体」

なんとなくやましいプランのような気がするけど。

「まあこっちの話だ。じゃあ遠野。明日はよろしくなっ」

がちゃん。

「……つーかイチゴさんだけ呼んで有彦は呼ばないほうが良かった気がする」

今更そんな事を思っても後の祭りだった。

「ま、いいか」

他が全員女の子だと疲れそうだし。

荷物もちが一人増えたと思えば。

「……男って弱いよなあ」

こういう時男は割と駄目である。

まあ俺だけかもしれないんだけど。

「とにかく……」

秋葉たちには当日特別ゲストを呼ぶって言ってあるから問題ないとして、アルクェイドにイチゴさんの事を伝えておかなきゃな。

まさかイチゴさんを忘れてるってことはないだろうな。
 
 
 
 
 

「イチゴ? ああ、あの下着買うの手伝ってもらった人でしょ?」
「……ああ、その通りだ」

こいつが屋根裏部屋に住みこむ事になったときに下着の見た手をイチゴさんにしてもらったのである。

あの時買った下着は色々と役に立っている。

なお今の言葉はあまり深読みしてはいけない。

けど何もそんな覚え方しなくたっていいじゃないかとも思う。

「ふーん。なんであの人呼ぶの?」
「あの時のお礼みたいなもんかな。ずっと何もできなかったし」

アルクェイドに構いっきりだったし、事件なんかもあったりして余裕がなかったからな。

「そっか。そうよね。お礼は大事だわ」

珍しくまともな事をいうアルクェイド。

「でもお礼参りって相手をボコボコにするんだっけ? いいの?」

と思った瞬間にそんなことを言い出した。

「違う! 参らなくていい! 感謝の気持ちを示すって意味だ」
「冗談よ。やだなぁもう」

アルクェイドはくすくす笑っている。

「……ったく」

こいつが言うと冗談に聞こえないから困るんだよな。

「秋葉とかはあんまりあの人知らないんでしょ? どうなるのかしら」
「さぁな」

無責任だけど、正直どうなるか俺には予想できなかった。

だがきっとイチゴさんならどうにかしてくれる。

あの人の咥えタバコは伊達じゃないのだ。

きっと、多分、もしかして。

「……まあ、いざとなったら琥珀さんの策略に頼るということで」
「弱気ねえ、志貴」
「……」

我ながらあまりの他力本願ぶりに情けなくなってきてしまった。
 

続く


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