「秋葉とかはあんまりあの人知らないんでしょ? どうなるのかしら」
「さぁな」

無責任だけど、正直どうなるか俺には予想できなかった。

だがきっとイチゴさんならどうにかしてくれる。

あの人の咥えタバコは伊達じゃないのだ。

きっと、多分、もしかして。

「……まあ、いざとなったら琥珀さんの策略に頼るということで」
「弱気ねえ、志貴」
「……」

我ながらあまりの他力本願ぶりに情けなくなってきてしまった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その6












「志貴ー。おきてー。朝だよー。朝ご飯食べて動物園行くよー」
「ん……ぬおっ」

翌日の朝。

妙に体が重いと思ったらアルクェイドが俺の上に乗っかっていた。

「今日は動物園だよ。早く起きてよ志貴」
「……」

俺の目の前にはたわわな双丘がたゆんと揺れている。

朝っぱらにこの光景は正直目の毒だ。

下半身も生理現象で元気なわけだし。

「とりあえずおまえがそこにいたら起きられないだろ? どいてくれよ」

まさか朝っぱらからコトに及ぶわけにもいかないので俺はアルクェイドにどいてくれるよう頼んだ。

「はーい」

あっさりと移動するアルクェイド。

「……」

ああ、今日が動物園に行く日じゃなかったらイチャイチャ出来たのに……とか思う。

まあそれだとアルクェイドは俺をこうやって起こそうとしなかっただろう何とも言えないんだけど。

「晴れてよかってね、えへへ」

窓の外を見ながらにこにこしているアルクェイド。

「てるてる坊主が効いたかな」

雨が降ったらどうしようとか夜になって言い出したので作り方を教えてやったのだ。

「うん。効いたみたいね。後でお酒あげなきゃ」

それこそ本気で晴れて欲しいなら空想具現化を使えばいいとも思ったけれど、てるてる坊主のほうがアルクェイドには似合ってるだろう。

いや、子供っぽいとかそういう意味じゃなくて。

アルクェイドは雰囲気とかげんかつぎみたいのが結構好きなのだ。

例えばアレの時にはまずキスから……いやだから朝っぱらからそういうのは駄目だって。

「酒をあげるなら厨房に行かなきゃな。今頃琥珀さんが弁当作ってるだろう。俺は着替えてるから行ってこいよ。今日は秋葉もそんなうるさくないと思うし」

仮にアルクェイドが屋敷をうろつきまわっているところを見つかったとしても、それは『動物園が楽しみだから志貴を呼びに来ちゃった』で通用するのだ。

そして秋葉は連れて行ってもらう身だから強く文句は言えないわけで。

「そうね。じゃあわたしちょっと食堂見てこようっと」

アルクェイドはスキップしながら部屋を出て行った。

「なんだかなあ……」

行く前からあんな浮つき具合じゃかなり心配である。

電車の中で周りの人に迷惑をかけないだろうかとか。

席に座りたいとわめきだしたりしないだろうかとか。

「……まあ今更考えてもしょうがない」

アルクェイドを引率しなきゃいけないのは俺なのだ。

なんか彼氏っていうか保護者みたいな立場になってきた気がするけど。

いつもやってることだ。くじけてどうする。

「……さて行くか」

着替えも終わったので俺も厨房に顔を出しに行くことにした。
 
 
 
 

「あれ?」
「あ。志貴」

厨房の前ではアルクェイドがうろうろしていた。

「どうしたんだ? 中に入らないのか?」
「うん。入ろうと思ったんだけど……」

厨房の入り口を指すアルクェイド。

そこには張り紙がしてあった。

『中を覗いた人にはお弁当抜きの刑ですよー(^▽^』

「……顔文字かよ」

こんな茶目っ気溢れることをするのは琥珀さん以外にはいない。

「わたしは別にご飯食べなくても平気だけど、やっぱりせっかく出かけるからには食べたいじゃない?」
「ああ、そうだな」

青空の下で食べる弁当ってのは不思議と美味く感じるし。

「じゃ、酒は後回しだな。どうする? 適当に暇つぶししてるか?」

とにかく琥珀さんはやると言ったら本気でやる人である。

今ここで厨房を覗くのは得策ではない。

「てるてる坊主は大丈夫かな?」
「ちょっとくらい多めに見てくれるだろ」

まさかてるてる坊主に酒をあげなかったから急に雨が降り出すってこともないだろうし。

「そっか。んー。じゃあ妹の様子でも見に行ってみる?」
「秋葉の?」
「ええ。案外浮かれてるんじゃないかしら、妹」
「はは、まさか……」

あり得ないと言いかけて最近の光景が頭をよぎった。

最近の秋葉は食事が終わったらすぐに部屋に戻る事が多かったのだ。

俺と目線が合うと急に慌てだしたりするし。

もしかしてアルクェイドと同じように動物園の計画でも立ててたのかもしれない。

「……あり得ないとも言い切れないなあ」

俺は秋葉の行動パターンはいまいち読みきれていないのだ。

「じゃあ、志貴も来る?」
「おう。面白そうだな」

もしかしたら珍しいものが見られるかもしれない。
 
 
 
 
 

「秋葉ーっ。起きてるかーっ」

ドア越しに呼びかける。

「えっ? に、ににに、兄さんっ?」

中から秋葉の慌てた声が聞こえた。

どうしたんだろう。

「えいっ!」
「あ、こらっ」

確かめようとする前にアルクェイドが思いっきりドアを開けてしまった。

「どわっ」
「……!」

視界に入り込んだ秋葉は顔を真っ赤にしていた。

なぜなら秋葉は着替えの真っ最中だったからである。

その平坦な……いや、とにかく胸のボタンを止めようとしていたところのようだ。

「あらら。なんてお約束な」

アルクェイドがきょとんとしていた。

確かにんなお約束な展開が起きるとは普通誰も思わないだろう。

「なっ! なんでアルクェイドさんがここにいるんですかっ!」
「妹、ブラジャー見えてる」
「はっ!」

秋葉はアルクェイドがいることに驚いて前のガードがおろそかになってしまっていた。

しかしお世辞にもいい眺めとは言えない。

むしろなんだか悲しくて……いや、もう止めよう。

「……ひ、卑怯ですよっ!」

再び胸を隠す秋葉。

「え? 何が?」

アルクェイドと秋葉の会話は全く無関係な立場で見ていればとても面白いものだろう。

「兄さんっ! この非常識な人をさっさと連れていって下さいっ! というか兄さんも出て行って下さいっ!」
「誰が非常識よ。妹だって大差ないでしょ。志貴。妹に何か言ってやって」

ところがこう双方から意見をぶつけられる立場だとたまったものではない。

「え、ええと」
「兄さんっ!」
「志貴っ」
「あー……うー」

右から左からキーキー叫び声。

頭が痛くなってしまう。

一体どうしたらいいんだ。

「どうかなされましたか?」

そこに現れたのは救いのヒロイン翡翠。

「い、いや。秋葉の着替えをうっかり覗いちまって」
「それは志貴さまが悪いと思います」
「うぐっ」

しかし翡翠は俺に冷たく言い放った。

「志貴さまノックはなさいましたか? 女性の部屋のドアをノックもせずに開けたのならばそれは完全に志貴さまの責任です」
「えー……そ、それはその、アルクェイドが」
「兄さんはノックなんてしませんでしたっ。いきなりドアを開けてっ!」
「……不潔です」

ぷいと顔を背ける翡翠。

「何よ志貴。面白そうだって言ってたくせにわたしばっかり悪いっていうの?」
「えー、だからーそのーええとー……」
 

四面楚歌な状況に俺は辟易してしまうのであった。
 

続く


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