「志貴さまノックはなさいましたか? 女性の部屋のドアをノックもせずに開けたのならばそれは完全に志貴さまの責任です」
「えー……そ、それはその、アルクェイドが」
「兄さんはノックなんてしませんでしたっ。いきなりドアを開けてっ!」
「……不潔です」

ぷいと顔を背ける翡翠。

「何よ志貴。面白そうだって言ってたくせにわたしばっかり悪いっていうの?」
「えー、だからーそのーええとー……」
 

四面楚歌な状況に俺は辟易してしまうのであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その7





「あらら。皆さん揃ってどうなされたんですか?」
「こ……琥珀さん」

そこへ割烹着に身を包んだ琥珀さんが現れた。

「あれ? あなた、厨房にいたんじゃないの?」

アルクェイドが尋ねる。

「ええ。いましたよ? 廊下から志貴さんとアルクェイドさんの声が聞こえたのでなんだろうなーと。歩いていくのが見えたので追ってきたわけです」

厨房前の廊下で俺たちは結構大きな声で話していた。

だから琥珀さんが気づいたとしてもおかしくはない。

「なら……ひょっとして琥珀さん隠れて様子を見てたんじゃ」
「あらら。イヤですよ志貴さん。志貴さんがアルクェイドさんを止めることが出来ずにドアを開けられてしまい不潔呼ばわりされてることなんてちーっとも知らないですってば」
「見てたんじゃん!」

しかもほぼ最初から全部である。

「適当に予想しただけですよー。うわー。まさか的中するだなんて思いませんでした」

ころころと笑う琥珀さん。

「ちょっと待ってください姉さん。アルクェイドさんがドアを開けてしまったと言いましたか?」
「うん。翡翠ちゃんは途中から来たからわからなかっただろうねー。うん。秋葉さまの怖さを知ってる志貴さんがノックもせずにドアを開けるわけがないじゃない」
「誰が怖いですって?」
「いやいや今のは言葉のアヤというやつです」
「うん。俺が秋葉の部屋を勝手に開けるわけがないだろ。怖いとかどうかはともかく、秋葉は女の子なんだから」
「……に、兄さん」

まあ怖い8割女の子2割ってとこだろうけど。

「けどアルクェイドを止められなかった俺も悪かったんだ。本当にごめん秋葉」
「い、いえ、そういう事情があったんなら、まあその……私も早とちりしてすいませんでした」

秋葉は一応納得してくれたようだった。

「申し訳ございません志貴さま。事情をよくも知らずに不潔だなどと言ってしまって……」
「い、いや、しょうがないよ。あの状況じゃどう考えたって俺が悪者だし」

琥珀さんがフォローしてくれなかったら俺は酷い目に遭っていたことだろう。

「ところで妹。いいかげん着替えたほうがいいんじゃない?」
「え? あ……」

見ると秋葉は下着姿のままであった。

そうか、ごたごたしてたから服を着ることなんか忘れていたんだろう。

俺も完全に失念していた。

「に、兄さん! 何を見ているんですかっ! さっさとあっちに行ってくださいっ!」
「え、あ、うん。ごめん」

慌ててその場から離れる。

「じゃあね妹。また後でね〜」
「アルクェイドさんっ! あとで説教ですからねっ!」
「やーよ」

アルクェイドもくすくす笑いながら俺の後を追いかけてきた。

「……ったく、行く前からなんでこんなてんやわんやなんだ」

いつものこととはいえ、いちいち疲れる。
 
 
 
 

「琥珀さんも様子見てたんならもっと早く来てくれればよかったのに」

階下まで逃げてきたら琥珀さんもついてきていたので俺は文句を言った。

「あはっ。それではつまらないですよ。助けに来ただけマシだと思ってくださいな」
「うぐ」

それもまあ確かなんだけど。

「そういう状況になること計算して現れたでしょう、あなた」

アルクェイドがため息をつきながら琥珀さんに言った。

「はてさてなんの事やら」

袖で口を隠して笑う琥珀さん。

「うーむ」

どうも最近琥珀さんのはっちゃけぶりが復活して来たようだ。

ちょっと前まではやや大人しかったんだけれど。

調子が戻ったのを喜ぶべきか嘆くべきか、複雑なところである。

「ところで琥珀。ちょうどいいわ。今厨房開いてる?」
「ん? あ、はい。お弁当は作り終えましたから中に入っても構わないですけど。どうなさいました?
「てるてる坊主にお酒をあげるの。いい天気にしてくれたからね」
「……よく覚えてたなおまえ」

俺はもうてるてる坊主の事なんかほとんど忘れてたのに。

「てるてる坊主ですかー。わたしも作っておきましたよ。今日晴れたのはそのおかげですねー」

にこにこ笑っている琥珀さん。

「そうよね。信念岩をも通すっていうんだっけ?」
「いや、それはちょっと違う気がするけど」

ちょっとどころか相当に違う気もする。

「とにかく、機嫌を損ねて雨を降らされても困るじゃない? だからお酒が欲しいの」
「はいはい。ちょっとお待ちくださいねー」

真面目にこんな会話をしているなんておかしい感じもするけれど、アルクェイドと琥珀さんならばごく自然な会話ともいえる。

俺が有彦とやるやりとりに似ているのだ。

「あーアヂイ。死ぬ」
「死ね。死んでしまえ」
「うあー。遠野に死ねって言われたー。もう駄目だー」
「アホ」

例えが悪い気がするけどまあこんな雰囲気なのだ。

お互いをよく知っているから成立する会話というかなんというか。

「はーいお待たせしましたー。調理用のお酒ですけど問題ないですよね?」
「うん。ありがと。さっそくあげてくるわ」

アルクェイドは階段を駆けあがっていった。

「志貴さんが教えて差し上げたんですか? てるてる坊主」

階段を駆け上がる姿を見守っていると琥珀さんがそんな事を尋ねてきた。

「ん? ああ」
「志貴さんもいいところがあるんですねー。ちょっと見直しちゃいました」
「おいおい」

それじゃ普段まるっきりいいところがないみたいである。

まあ我ながら取りえのない男だなあとは思うけれど。

「冗談ですって。ではわたしは朝ご飯を用意しなければいけませんので失礼します。アルクェイドさんと一緒にお越しくださいね」
「あ、うん」

琥珀さんはらーららーと鼻歌を歌いながら厨房へ向かっていった。

「さて……どうしたもんかな」

とりあえず朝飯が出来るまでまだ時間がありそうだが。

「まあいいや。部屋に戻ろう」

アルクェイドを一人でいさせるのも不安だし。
 
 
 
 

「どうだ? 終わったか?」
「うん。これで今日の天気は完璧ね」

アルクェイドは上機嫌で俺のベッドに座っていた。

「余ったお酒飲む?」
「朝っぱらからそんなもん飲んでどうするんだよ」
「もったいないじゃない」
「……まあそれはそうだけど」

妙なところで几帳面なんだよなあ、こいつ。

「意外と美味しいかもしれないわよ?」
「でも調理用の酒だろ? 期待できないな」
「じゃあわたしが飲んじゃおっと」

そう言うとアルクェイドは残った酒をごくりと飲み干してしまった。

「……おいしくない」

しかし味がお気に召さなかったようで、ものすごい渋い顔をしていた。

「だから言ったのに」
「ちぇ。ワインとかみたいな味を期待したんだけどな」
「無茶言うなよ」
「口直しになんかないかな?」
「何にもないよ。今日持ってくお菓子でも食ってろ」
「それは動物園で食べるの。だから駄目」
「ワガママだなあ」

まあいつものことだけど。

「うー……気持ち悪い」

口をとんがらせているアルクェイド。

「志貴。ちょっとこっち来て?」
「あん?」

何だろうと思って近づいていく。

「んー」
「んぐっ?」

いきなりキスされた。

しかも舌まで入れられているディープキスだ。

くちゅ……くちゅ。

口の中に入り込んでくるアルコール独特の味。

「……ぷはっ」
「な、なにするんだよ」

多分俺の顔は真っ赤になっているだろう。

「キスって甘い味っていうから口直しになるかなって」
「……あのなあ」

つくづくこいつの行動は予想できなくて困ってしまう。

「えへへ、楽になっちゃった。ありがとね、志貴」
「……」

しかし別にいいかなと思ってしまう自分がそこにいて。
 

同時に何朝っぱらからいちゃいちゃしているんだろうという冷静な自分とが脳内で争っているのであった。

というか前にもこんな展開なかったか?

「進歩ないなあ俺ら……」
「どうしたの? 志貴」
「……」

世間ではきっと俺らみたいな恋人をこういう風に言うんだろう。
 

「つくづくバカップルだな……と思ってさ。俺ら」
 

続く


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