つくづくこいつの行動は予想できなくて困ってしまう。
「えへへ、楽になっちゃった。ありがとね、志貴」
「……」
しかし別にいいかなと思ってしまう自分がそこにいて。
同時に何朝っぱらからいちゃいちゃしているんだろうという冷静な自分とが脳内で争っているのであった。
というか前にもこんな展開なかったか?
「進歩ないなあ俺ら……」
「どうしたの? 志貴」
「……」
世間ではきっと俺らみたいな恋人をこういう風に言うんだろう。
「つくづくバカップルだな……と思ってさ。俺ら」
「屋根裏部屋の姫君」
第五部
姫君と動物園
その8
「あはは、そうだね。そうかも」
にこにこと笑うアルクェイド。
いけない、こんなやりとりを続けていたらそれこそ日が暮れてしまいそうだ。
「じゃ、まあ朝飯食べに行くか。終わったら出発だ」
「はーい」
そんなわけで珍しくアルクェイドのいる状態での朝食タイムである。
「さすがに朝からカレーは却下ですねー。大人しく出来合いのもので我慢なさってください」
「……いや、誰もカレーを要求してはいませんが……」
ダイニングに向かうと見慣れた顔があった。
「シエル先輩」
「あ。どうも遠野君。おはようございます」
シエル先輩は俺の顔を見てぺこりと一礼する。
「おはようございます」
「おはよーシエル」
俺とアルクェイドもそれに合わせて頭を下げた。
いや、訂正。アルクェイドはひらひらと手を振ってるだけである。
まあこれがこいつ流の挨拶なんだろう。
「今日はいい天気でよかったですね」
先輩はアルクェイドの態度に怒る様子もなかった。
少し前の先輩だったらアルクェイドの些細な態度にもいちいち難癖をつけていたもんだが。
ああ、俺がこんな光景をどれだけ待ち望んでいたか。
「ええ。わたしがてるてる坊主を作ったおかげよ」
「ほほう。真祖の作ったてるてる坊主。ご利益ありそうですね。おひとつ頂けますか?」
「いいわよ。後で作ってあげる」
まあ若干は妙てけれんな関係ではあるけれど。
「いいからさっさと座ってください。朝食が始められないでしょう」
「はーい」
「はいはい」
我が妹秋葉よりはよっぽどマシであろう。
秋葉はまだまだアルクェイドの事をよく思っていないのだ。
「兄さん。わたしの隣の席が空いています。どうぞ」
「え? あ、えーと、うん」
確かに秋葉の隣には席があるが、普段は狭苦しいとか言って向かいあって食事をしているんだけど。
「じゃわたし志貴の隣ー」
「ここは二人がけです。諦めてください」
どうやら秋葉はアルクェイドを俺から遠ざけようとしているようだ。
「えー?」
「すぐ横に座ればいいだろ」
「……まあそうなんだけど」
不満そうに俺の右側に座るアルクェイド。
「あらあら秋葉さまったら可愛らしい事で」
琥珀さんが小声でそんな事を言っていた。
「うーん」
毎度のことだけど、秋葉のアルクェイドに対する敵対心は謎である。
最初は胸が大きいからなのかなーと思ってたけどそれも違うみたいだし。
本人は「アルクェイドさんの素行の悪さが気になるんです」と言ってはいたが。
それだけじゃないような気がする。
「一体何なんだろうなあ……」
どうも俺には一生わからない謎のような気がした。
きっと女同士の何かがあるんだろう。
「志貴さま。乾さまたちは遠野家には来られないのですか?」
「ん」
そんな事を考えていると翡翠が尋ねてきた。
「えーと、有彦には駅前集合って言ってあるから来ないと思うよ。むしろ先輩がいることのほうがびっくりしたんだけど」
先輩にも集合場所は駅前と伝えてあったのだ。
「あはは、待ちきれなくてつい。わたしも遊びに行く事なんて久々ですから」
「あ、そっか」
学生と埋葬機関を両立している先輩に、休みなんてほとんどないんだろう。
「……大丈夫なの?」
「ええ。有給使ってますから」
「……」
そういうもんなんだろうか。
「何のお話ですか?」
秋葉が尋ねてくる。
「いえいえなんでもありませんよ。カレーの話です。聞きますか?」
「……け、結構です」
秋葉はシエル先輩がカレーの話となると際限なくなるのを知っているのでそれ以上聞く事を止めたようだ。
このへんの対応はさすがである。
「それでメシアンのポイントカードがそろそろ10点に……」
「あ、いや、うん。よくわかったから」
しかしそれで本当にカレーの話を始めてしまうのが困ったところだ。
「翡翠。今日は何の動物が一番楽しみ?」
「そうですね……わたしはやはり鹿が見たいです」
「あはは。エト君も餌あげてたもんね」
「アルクェイドさまは何を?」
「わたし? わたしはうーんと……ええと……あれも見たいし……これも……」
アルクェイドは翡翠と今日の目玉を話し合っているようである。
「はいはーい。みなさんお静かに。出かけられなくなっちゃいますよー」
ぱんぱんという拍手と共に琥珀さんの声が響く。
「……」
それでみんな静かになった。
「ではみなさん。いっただきまーす」
「いただきます」
「まーす」
「ます」
「頂かせていただきます」
遠野家に来て以来の大勢での食事だ。
「志貴。そこの醤油とって」
「ん、おう」
「あ。兄さん塩をお願いします」
「……はいはい」
「志貴さーん。魚の骨が〜」
「それくらい自分で取ってください」
なんだかよくわからないけどみんなが俺に注文をしてくる。
「遠野君。カレー粉はありませんか?」
「ありませんしあってもあげません」
おかげで俺はちっとも朝飯を食べられなかった。
「志貴さま」
「何だよ翡翠」
「そ、その……量が多いのでおすそ分けをしようと」
「あ、ご、ごめん」
そのせいで関係ない翡翠に怖い顔をしてしまった。
「わー。志貴が翡翠いじめたー。いっけないんだー」
「だあ。みんなが俺に注文ばっかりするからいけないんだよ」
「そ、そんな事はありません」
「そうよ。志貴の気のせいだってば」
嘘だ。絶対嘘だっ。
「うう……」
このまま動物園に行っても俺はこんな風にみんなのパシリにされるんじゃないだろうか。
そんな不安が頭をよぎってきていた。
いや、乾姉弟がいなかったら確実にそうなっていたことだろう。
二人がどうかこの俺を助ける救世主となってくれますようにっ!
強く願う俺であった。
続く
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