遠野志貴の朝はいつでも決まっている。

規則正しいメイド、翡翠のおかげで遅刻しない程度に起こされて一日が始まるのだ。

もっとも翡翠曰く「志貴さまはなかなかお目覚めにならないので困ります」とのことなのだが。

カワイイメイドさんに起こされるって言うのはそりゃあもう男冥利に尽きるってヤツで。

こういうときだけはお屋敷に住んでてよかったなーと思う。

そんなこんなで今日も今日とて遠野志貴は翡翠に起こされるのだ。

「志貴ー。起きてよー。朝だよー?」

今日の翡翠はやけにフレンドリーだった。

「志貴ー。志貴ってばー」

ゆさゆさ、ゆさゆさ。

いつもなら俺が自発的に起きるのを待っていてくれる翡翠だというのに、今日は体まで揺らしてくる。

あんまりにも俺の寝起きが悪いので新しい作戦を思いついたのかもしれない。

ようし、ちょっと意地悪をしてやろう。

「ん〜……あと5分」

俺はそう呟いて布団を頭から被さってしまった。

翡翠は狼狽していることだろう。

「ふーん。ホントに起きないんだね」
「はい。少し困っています」

ん?

今翡翠が二人いたような。

というか、最初の声は丸っきり別人の声だったような気がする。

「よーし、それじゃあわたしが起こしてあげるわ」

そうだ。俺はこの声の主を知っている。

まずい、非常にまずい。

あいつはどんな手段を使ってくるかわかりやしない。

「あー、あー。非常にさわやかな目覚……」

慌てて布団を剥ぎ取る。

「あ」
「う」

遅かった。

声の主は、おそらく俺にボディプレスを仕掛けるために跳躍していて。

「ぐほあっ!」

ある部分に膝が直撃するのであった。
 
 





「屋根裏部屋の姫君」
第二部
姫君と過ごす休日











「うぐおおおおおっ!」

ベットの上をのた打ち回る。

この痛みは男じゃないとわからないだろう。

「し、志貴さまっ?」

翡翠が慌てた表情で駆け寄ってくるのが僅かに見える。

「ね。起きたでしょ?」

ついで能天気な声。

「ばかやろう! おまえ、俺を殺す気かぁっ!」

痛みを堪えながら叫ぶ。

ああ、目に涙まで浮かんできた。

「えー? 手加減したよ?」

手加減しようがなんだろうが痛いものは痛いのである。

「このっ……おまえっ……」

その能天気さがこういうときはちょっと頭にくる。
 

「アルクェイドっ! おまえ朝っぱらから遊びに来るなあっ!」
 

俺はそう叫んだ。

「へ?」

アルクェイドはきょとんとしていた。

「あの、志貴さま。仰られていることがわかりかねますが」

翡翠まで難しい顔をしている。

「……あれ?」

俺、何かおかしいことを言ったんだろうか。

「上、上」

アルクェイドがそんなことを言いながら天井を指差す。

「あ」

それで思い出した。

「……そういえばそうだったな」

色々と事情があって――まあ途中から成り行きみたいなものなのだが――アルクェイドを俺の部屋の屋根裏部屋に住ませることになったのだ。

「思い出した?」
「ああ」

我ながらなんて厄介なものを招き入れてしまったことか。

「えへへー」

アルクェイドはにっこりと笑っている。

「……」

その笑顔でまあいいか、なんて思ってしまう自分が少し悲しかった。

「えーと、それで着替えなきゃいけないんだけど」

さっさと制服に着替えて朝ご飯だ。

「学校に行くの?」
「本日はお休みです」

アルクェイドが尋ねると翡翠がそう答えた。

「あれ?」

今日って日曜日だったっけ。

いや、違った気がするけど。

「本日は開校記念日でお休みと聞きました」
「ああ!」

そうだそうだ。

世間では平日だというのにその高校に通っている人間だけは休めるという素晴らしい日。

それが開校記念日である。

「そうか、今日は休みだったんだ……」

なんだか思いがけず休みを得たような感じで嬉しい。

「はい。秋葉さまもお忘れになっていたようです」
「そうなんだ」

秋葉はうちの学校に来てまだ日が浅いから仕方ないだろう。

「制服を着て来られましたので事情を説明して、今は着替え直しておられます」
「ははは」

光景を想像するとちょっとほほえましい感じだ。

「そ、それくらい知ってますっ! ちょっと制服の感触を確かめただけですっ! ……って感じかな」
「うわー、志貴似てる似てる」
「そうは言っておられませんでしたが……」

翡翠も少し笑っていた。

同じではないだろうけど、だいたい似たようなことを言っていたのだろう。

「それじゃ私服に着替えてダイニングに行くよ」
「わたしはどうすればいいの?」

アルクェイドが尋ねる。

「姉さんからこれを預かってきました」

翡翠は何やら袋を取り出して、アルクェイドに手渡した。

「クロワッサンね」

中身を見てそんなことを言う。

「それが朝ご飯だな。悪いけど、屋根裏でそれ食べて待っててくれよ」
「食後にコーヒーでも持ってきてくれると嬉しいわ」
「かしこまりました。姉さんに言っておきます」

ぺこりと会釈し、翡翠は部屋を出ていった。

「じゃ、着替えるから」
「うん」
「……うん、じゃなくて。上にあがっててくれよ」
「恥ずかしいんだ?」

アルクェイドは悪戯っぽく笑ってそんなことを言った。

「あ、当たり前だろ」

そりゃ恋人同士なんだから見られたっていいんだろうけど、やっぱりなんとなく気恥ずかしい。

「あはは。それじゃね」

アルクェイドは笑いながら上へ飛んでいった。

「……まったく」

昨日は俺に下着を見られた恥ずかしがってたくせに。

それも可愛いのはオッケーで、そうでないのはダメだそうだ。

アルクェイドの基準は変だから付き合うのは大変である。

「む?」

ということは可愛い下着を着ていれば俺がアルクェイドの着替えを見ても問題無いということか。

「ふ、ふふふ」

顔がにやけてしまう。
 

「……朝から何考えてるんだか」

これじゃあボディプレスで人を起こそうとするアルクェイドを怒れたもんじゃないと反省する。

いや、アレはたまたま当たる個所が悪かっただけで、例えば胸とかが当たれば嬉しかったのかもしれない。

「いかん、しっかりするんだ俺」

考えがそっち関係にばかりいってしまう。

「……アルクェイドがいけないんだぞ、アルクェイドが」

そう、アルクェイドが色気がありすぎるのがいけないのだ。

「そしてそんなアルクェイドが屋根裏部屋にいる事実」

ひとりごちる。

なるほど、それは幸せでたまらないような響きだ。

「でもなあ」

いいことばかりじゃないのだ。

それは昨日の体験で嫌ってほど実感してる。

「……でも」

それでも何故か許してしまうのだ。

やばい、いつの間にやらアルクェイドにベタボレなのだろうか、俺。

自分で頬を叩き、頭をしゃっきりさせる。

「じゃ、じゃあ、行ってくるからな」

なんだか死ぬほど恥ずかしくなってきた。

みんなの顔を見ればちょっとは落ち着くだろう。

「あ、うんー」

屋根裏部屋の入り口から顔を覗かせるアルクェイド。

髪の毛が逆さまになっていてとてもマヌケに見える。

それでつい笑ってしまった。

「な、なに?」

アルクェイドはそんな状態のまま目をぱちくりさせている。

「いや、なんでもない。大人しくしてろよ」
「うん。わかってる」
 

アルクェイドと挨拶を交わし、俺はダイニングへと向かうのであった。
 

続く



あとがき
どうもSPUです。そんなわけで第二部は休日編になりました。
アンケートの結果としては、03/10/22現在で休日11票、学校7票でした。
学校編を希望する声も多いのでそちらもいつか書きたいですね。
まずは休日編、お付き合い下さいませ。


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