髪の毛が逆さまになっていてとてもマヌケに見える。
それでつい笑ってしまった。
「な、なに?」
アルクェイドはそんな状態のまま目をぱちくりさせている。
「いや、なんでもない。大人しくしてろよ」
「うん。わかってる」
アルクェイドと挨拶を交わし、俺はダイニングへと向かうのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その2
「あ、志貴さん。おはようございます」
部屋に入ると琥珀さんが挨拶をしてくれた。
「おはよう琥珀さん」
俺も挨拶を返す。
「秋葉は?」
いつもはここで秋葉も挨拶をしてくるのだが、今日は姿がなかった。
「翡翠ちゃんに聞いたと思いますけど、お着替えに行ってるんですよー」
「ああ」
そういえば間違えて制服を来てきたって言ってたっけ。
「あと、アルクェイドが後でコーヒーを持ってきて欲しいってさ」
「はい。それは既に用意して翡翠ちゃんに持っていってもらっています」
「そうなんだ」
翡翠とは途中で会わなかったからたぶん遠いほうの階段を使ったのだろう。
そちらの階段を使うと秋葉に会う確率が格段に減るのだ。
俺も秋葉が機嫌が悪くてちょっと顔を合わせたくないなーというときはそっちを使う。
「あ、わたしたちが秋葉さまのことを話したってナイショですよ? 怒られてしまいますのでー」
「わかってるよ」
とは言っても秋葉の顔を見たら笑ってしまいそうだけど。
「あ。秋葉の機嫌は?」
「今日はとてもよかったですねー。昨日何かいいことでもあったんでしょうか?」
「そうなんだ。そりゃあよかった……」
ん?
そういえば昨日何かあったような。
「えーと……」
秋葉秋葉。
そうそう、秋葉が薬のせいで寝ぼけて俺に好きだということを言ってきたんだっけ。
「……」
いかん、これは思い出すべきじゃなかった。
顔の体温が一気に上がっていくのを感じる。
まずいなあ、ちゃんと秋葉の顔を見れないかもしれない。
秋葉はそのことを覚えてないのに俺だけそれを覚えてるってのはとても複雑である。
俺としてはそれを聞くまで秋葉をそういう目で見ていなかったから、どうしても意識してしまってたまらない。
「羊が一匹羊が二匹……」
しょうがないので羊を数えて忘れることにした。
「おはようございます、兄さん」
「う」
忘れる間も無く秋葉が現れてしまった。
「……えーと、そのう」
まずい、とてもまずい。
なんだかんだで秋葉は美人なのだ。
おまけに上機嫌なので優しそうな笑みを浮かべてたりして、かなり可愛く見える。
「お、おはよう。き、今日も美人だなあ秋葉」
「は……?」
うわあ。秋葉が凄い顔してる。
「琥珀。兄さんに毒でも盛ったの?」
「い、いえ……わたしは何もしておりませんが……」
琥珀さんまで信じられないというような表情をしている。
「お、俺何か変なこと言った?」
「……そういうわけではないですけど。その。兄さんがそんなことを言うとは思わなかったので」
秋葉は気まずそうにそっぽを向いた。
「むぅ」
普段の俺ってそんなに酷いんだろうか。
「今日はお赤飯ですかねー」
琥珀さんはころころ笑っていた。
「そんな兄さんに失礼な。……でもケーキくらいはいいかもしれませんね」
秋葉も十分失礼なことを言ってる気がする。
……ああ、やっぱり俺ばっかり意識するのは意味がないようだ。
普段通りに振舞うことにしよう。
「早く座れよ秋葉。俺腹減っちゃってさ」
「何を言ってるんです。いつも私を待たせているくせに」
ぎろりと俺を睨みつける秋葉。
これこそ秋葉である。
「はは、ごめんごめん」
秋葉が普段の席へと座り、普段より少し遅めの朝食がはじまるのであった。
「ごちそうさま」
「いえいえお粗末さまで」
今日の朝ご飯はパン食であった。
秋葉が洋食党だから大抵朝はパンだけど、今日のパンはいやに美味しく感じた。
秋葉が上機嫌で話をしてくれたからだろう。
琥珀さんも嬉しそうであった。
そんなわけで珍しく楽しい朝食だったのである。
「兄さん、今日はご予定は?」
「あー、えーと」
今日は休日だと言うことを忘れてたくらいだから、特に予定は無かった。
「……予定は無いけど、宿題はあるんだよな」
「それは予定があるというんじゃないですか?」
「まあ、そうとも言えるけど……」
しかもかなりの量の宿題を出されているのだ。
そうか、今日が休日だからあんなに宿題を出されたんだな。
「出来るだけ早く片付けるよ」
「頑張ってくださいね、兄さん」
楽しい気分だったのにあっという間に憂鬱になってしまった。
「ああ……」
俺は肩を落として部屋に戻るのであった。
「はあ……」
部屋へと入る。
「あ、おかえり志貴ー」
と同時にすぐにアルクェイドが降りてきた。
「そんなすぐに出てくるなよ。秋葉とかだったらどうするんだ」
「平気よ。足音でわかるもん」
忍者かおまえは。
「……まあいいけどさ。はぁー……」
椅子に腰掛けて机に向かう。
「どうしたの? 浮かない顔して。休みなんでしょ? 遊ぼうよ」
アルクェイドはにっこり笑って近づいてきた。
「そうもいかないんだよ。宿題がいっぱいあってさ。それを片付けないと何も出来ない」
「宿題?」
「ああ。ええと……」
鞄からプリントを何枚か取り出す。
昨日渡されたものだ。
「これの空白があるだろ? そこに正しい言葉を入れなきゃいけないんだ」
「ふーん。面白そうね」
「面白かないよ」
答えがわかっていれば楽しいのかもしれないけど、正直言ってまったくわからなかったりする。
教科書を見ながらやらなきゃとてもじゃないが終わらないだろう。
「大変なんだ」
「ああ、大変だ」
「あはは、頑張れ〜」
無関係なやつは気楽でいいもんである。
役に立たないアルクェイドは放っておくことにしよう。
「ええと教科書は……」
渡されたのは世界史のプリントである。
だからやたらと重い世界史の教科書を持ち帰ってきたのだ。
「……あれ?」
鞄の中にあったはずの教科書がない。
「おかしいな……」
周囲を探す。
「何探してるの?」
「教科書だよ。それがないとプリントが出来ない」
「教科書ってこれ?」
アルクェイドが何故か教科書を手に持っていた。
「ああ。それだよ。どこにあった?」
「ん。暇だったから読んでたの。いるなら返すね」
そう言って差し出してくる。
「……教科書なんて読んで面白いのか?」
いくら暇だって普通は教科書なんか読みたくないものだが。
「うん。面白いよ? へえ、こんなことがあったんだって感じで」
「むぅ」
それは確かに時々思うけど、やっぱり毎日続いている飽きてしまうものだ。
アルクェイドは毎日そういうことをやってないから新鮮に感じるだけだろう。
「羨ましいなあ、まったく。ええと……」
さっそく第一問を調べ始める。
○ローマの五賢帝と言われ、哲人皇帝として知られている『 』は……
「……知るかそんなもん」
日本人なんだから日本の歴史だけ覚えればいいんだ。
だからと言って歴史の成績がいいわけじゃないけど。
「んー?」
アルクェイドが覗きこんでくる。
「邪魔するなよ」
「いいじゃない。わたしにも手伝わせてよ」
「……」
果たしてコイツは役に立つのだろうか。
「んー。カッコに入る言葉を入れればいいの?」
「ああ」
そう言うとアルクェイドは自信満々の顔で言った。
「最初のはマルクス・アウレリウスね。次は……」
「え?」
「だからマルクス・アウレリウス。書かなくていいの?」
「……ちょっと待て」
教科書で調べてみる。
ローマの五賢帝と言われ、哲人皇帝として知られているマルクス・アウレリウスは……
「ほんとだ……」
まさにアルクェイドの言った人物が答えであった。
「おまえ、なんで知ってるんだ?」
思わず尋ねてしまう。
「だから暇つぶしに読んでたって言ったでしょ? わたし、一回読んだものはだいたい覚えちゃうから」
「……」
そうだ、こいつにはそういう才能もあったんだった。
普段はどう考えても常識知らずの天然猫娘だというのに。
「あ、アルクェイドっ! おまえは素晴らしいやつだなっ!」
思わず手を取って感謝してしまった。
「え? え? ……なんかわかんないけど。えへへ」
アルクェイドは照れくさそうに笑う。
アルクェィドさえいればこんなプリント楽勝だ。
「よし、アルクェイド。次の問題は?」
「次はね。ええと……」
こうして俺は恐るべきスピードで宿題を片付けていくのであった。
続く