「おいおい。彼女に向かってその言いぐさは無いだろう?」
「う」
「そうよそうよ。志貴ってば何かと言えばわたしのことばかばかって言うんだから」
「それはおまえが……」
「人ん家で痴話ゲンカは止めてくれよ」
「……」
 

なんだか敵が増えてしまっただけのような気がしてしまう俺なのであった。
 
 



「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その12








「……ま、とりあえず座んなよ」

俺とアルクェイドは座敷へと案内されてきた。

「へえ、畳敷きなんだ」

アルクェイドの言う通り、床は畳敷きで壁は木製、小さなテーブルが中央に置かれている。

「よっと」

俺は壁際に寄りかかるように腰掛けた。

「アルクェイド、おまえはそっちだ」

右隣を指して、アルクェイドはそこに座る。

「何か飲み物持ってくるけどリクエストはあるかい?」

イチゴさんは部屋の入り口に立ったままそんなことを言った。

「あ、コーラで」
「了解。あんたは?」
「志貴と一緒でいいわ」
「あいよ」

イチゴさんは台所へと向かっていく。

「ふう……」

なんだかこうやって乾家に来るのは久しぶりだ。

「なんだか変だね、志貴」
「うん?」

見るとアルクェイドは不思議そうな顔をしていた。

「何が変なんだ?」
「うん。なんだか志貴、家にいたときより落ち着いてる気がするから」
「……はは。まあ、有彦とは長い付き合いだからさ。遊びに来ることも多かったんだよ」

乾家は俺にとって勝手知ったる人の家、というわけだ。

「正直、未だに屋敷での生活って慣れてないんだ」
「そうなの?」
「ああ」

約10年間の間、俺はごく普通の一般家庭に居候していたのだ。

それがいきなりあんな豪邸生活に変わってしまったって、簡単に慣れるわけがない。

「だから、こっちのほうが落ち着くんだろうな」

遠野家は何気なく壁に飾ってある絵ひとつにしたって、かなりの値打ちものなのだ。

「ふーん。志貴って庶民的なんだ」
「庶民的っていうか……」

まあ、なんでもいいけど。

「ほいよ。お待たせ」

そこへイチゴさんが戻ってきた。

「あ、どうも」

コップを2つ、真ん中にペットボトルとお菓子。

「……で、イチゴさんは昼前に酒ですか?」
「いーだろ、別に」

イチゴさんは缶ビールの蓋を開け、一口飲んでから座った。

「で、だ。早速なんだが、詳しい事情なんかを知りたいんだけど、話せるもんかい?」
「あー、はい」

それは当然の権利である。

イチゴさんは事情を知らないのにも関わらず俺たちをかくまってくれると言ってくれたのだ。

「実は、その、ばかばかしいと思われるかもしれないんですけど」

俺はごく大雑把に事情を説明した。

アルクェイドがマンションにいられなくなったこと、俺の部屋の屋根裏に住むことになったこと。

まあ、なんでマンションにいられないかという理由は家賃が払えなくなった、ということにしたけど。

さすがにコイツが人間じゃないんで調べられるとまずいんです、とは言えない。
 

「へえ……」

話を聞き終ったイチゴさんは、最初かなり意外そうな顔をして、それから笑い出した。

「や、やっぱおかしいですかね?」

そうだよなあ。

自分でもどうかしてると思う。

「いやいや、感心してるんだよ」

するとイチゴさんはそんなことを言った。

「か、感心?」
「ああ。あんたがそんな、彼女を作って同居までしてるなんてね。正直驚いた」
「それはその、なりゆきで……」
「一番あたしが驚いてるのはね、有間。あんたが彼女を作ったことなんだよ」
「はい?」

それはどういう意味なんだろうか。

「有間みたいな朴念仁に彼女が出来るなんてねえ」
「……俺、そんな朴念仁ですか?」

秋葉にも琥珀さんにもそんなことを言われていた。

「少なくとも昔の有間はそうだったと思うよ。今はまあ、大分女の扱いが上手くなったようだけどさ」

イチゴさんはそう言ってさっきよりも面白そうに笑った。

「そ、そんなことないですよ……」

最近翡翠にそんなことを言われてたりするけど。
 

「なんつーかさ。有間、おまえ人間自体に興味無かっただろ?」
 

それは事実だ。

人とは違う、モノの死が見えてしまう俺は、普通の人たちと馴染めていなかった。

けどそれは、有彦に出会う前の話で、有彦に会ってから俺は変われた気がする。

――だから、イチゴさんはその事実を知らないはずなんだけど。

「なんで、それを?」

だからつい、尋ねてしまった。

つい、というのは、大抵聞いてから後悔してしまうからだ。

「いや……ま、あたしも似たような時期があったんでね」

乾家に住んでいるのはイチゴさんと有彦だけだ。

両親は、八年ほど前に他界している。

「……」

喉を潤すために飲んだコーラは、苦い味がした気がした。

イチゴさんは、あっけなく人が死ぬということを知っているのだ。

「そんな顔するなって。あたしもアンタの過去を引っ張り出しちまった。悪い」

イチゴさんはそう言いながらタバコに火をつける。

「いや、気にしてませんから」

むしろ、驚きのほうが大きかった。

「最初に家に遊びに来た時にさ。おまえ、遊んでても時々暗い……いや、冷たいかな? それも違う。なんていうか、この世のあらゆるものに興味がないような顔してたんだ」
「そう……ですか?」
「ああ」

記憶には全く無いのに。

昔の俺は、そんな顔をしていたのか。

「まあ、何度か目にはもうそんな顔してなかったんだけどね。いつだったかな。気付いたらもう普通のガキだった」

イチゴさんはふう、とタバコの煙を吐く。

アルクェイドが顔をしかめていた。

「……ああ、悪い。あんた、タバコ嫌いなのか」

ぐしぐしとまだ吸ったばかりの煙草を灰皿に押しつける。

「気付いたのっていつです?」

後悔しながらも尋ねてみた。

まあここまできたら、もっと後悔するようなことなんて無いだろう。

「さっき。電話で声を聞いた時かな」

――ああ、やっぱり聞かなきゃよかったかもしれない。

「じゃ、じゃあ、それまでの俺って、普通じゃなかったんですか?」
「んー。まあそうだな。ほとんど普通だけど、ちょっと普通じゃないって感じかね」

よくわからないことを言うイチゴさん。

「だからあれだね。有間、あんたはその彼女に会って決定的に変わった。そういうことだ」

そう言ってアルクェイドを指差し、笑った。

「そう……ですかね?」
「どうだろね?」

がくんと肩の力が抜ける。

「ど、どっちなんですかっ?」
「いや、だからさ。あたしがそう思っているだけだからね。他の人間がどう思うかは知らないし、ひょっとしたら昔感じた世の中に無関心ってのから何まで全部気のせいかもしれない」
「む……」

イチゴさんの息が酒くさい。

というか気付いたらビールの缶が5本ほど転がっている。

駄目だこりゃ。

「まあ酔っ払いの戯言だと思って聞き流してくれると嬉しいね」
「はあ……」

もうちょっと話を聞いてみたくもあったんだけど、しょうがない。

「……うーん」

だから自分で考えてみる。

だから、昔のことはもうわからないから今のことだ。

世の中に興味があるか。

楽しいかってこと。

「……」

アルクェイドを見る。

「なに?」

イチゴさんと俺の話に関われず、退屈だったのかアルクェイドは眠そうな顔をしていた。

「……眠いんだったら寝てもいいぞ」

だからそう言うことにした。

ちなみにイチゴさんは壁に寄りかかって夢の中である。

「うん……そうする」

そう言うとアルクェイドはころりと横になってしまった。

人の家だというのにまったく遠慮無しである。

「はぁ……」

まあイチゴさんだったら多めに見てくれるだろう。
 

「……そうだな」

俺の思う、確かなことは、遠野家で暮らすことになって、秋葉や翡翠、琥珀さん、先輩、有彦やイチゴさん、そしてアルクェイド。

少なくともこの人たちのおかげで、俺は楽しい毎日を送っている。

だからまあ、世の中全部に興味を持つってのは難しいだろうけど、せめてこのみんなが幸せになる、そんな未来を望みたいものだ。

「……ふわぁ」

そういえば俺も、昨日夜更かししたせいでかなり眠かった。

俺もこの際だから、寝てしまうことにするか。

寝転がって、眼鏡を外す。

「……」

モノに映る、死の線。

そう、世の中はこんなにも死に満ちている。

それは仕方の無いことだ。

眼鏡をかける。

線は見えなくなった。
 

ひとつ、思うことがある。
 

確かに世の中は死に満ちている。

ならば、その対象である生にも。

そう、全ては生きているのだ。

世の中には生が満ちている。

生きているということは、幸せだということだ。

だから、簡単なことだ。

死の線が見えるものは死んではいない。

生きている。

世の中は生に、幸せに満ちているんじゃないだろうか。
 

「なんてな」
 

我ながら恥ずかしい考えだと思う。

ただ、まあ、そんなことじゃなくて、単に好きな女の笑顔が見れるとか、愛することができるとか、そういう幸せを感じられるのは間違い無いなと。

――それこそもっと恥ずかしい考えだろうか。
 

だから、つまり、その、なんていうか。
 

少なくとも今、遠野志貴は幸せだ。
 

そういうことである。

「……あーあ」

そんな声を出す。

いや、声は出なかった。

もしかしたら途中から、俺は眠ってしまったのかもしれない。

そうじゃなきゃ、こんなこと考えないよなあ、はは。
 

……この光景を見たら有彦になんて言われるかなぁ。
 

なんてものすごく下らないことを考え始めると、世界は溶けていった。
 

続く



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