だから、つまり、その、なんていうか。
 

少なくとも今、遠野志貴は幸せだ。
 

そういうことである。

「……あーあ」

そんな声を出す。

いや、声は出なかった。

もしかしたら途中から、俺は眠ってしまったのかもしれない。

そうじゃなきゃ、こんなこと考えないよなあ、はは。
 

……この光景を見たら有彦になんて言われるかなぁ。
 

なんてものすごく下らないことを考え始めると、世界は溶けていった。
 
 

「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その13











「……おい」

声が聞こえる。

「おい、起きやがれ、この」

げしげし。

しかも身体を蹴飛ばされてる気がする。

「起きろっつってんだろ」

げしげしげしげし。

「……だあ、なんだ一体」

いくら俺でもそんな状況ですやすや眠れるわけが無い。

ふらふらと身体を起こす。

「起きたかコノヤロウ」
「……有彦?」

すると何故か目の前に有彦が居た。

「おまえ、なんで?」
「そりゃこっちのセリフだ。なんだ? この状況は」
「この状況……?」

言われて周囲を見渡す。

散らばったビールの空き缶、つまみが散乱したテーブル。

そして床に寝転ぶ女性二人。

イチゴさんとアルクェイドだ。

「……あー」

思い出した。

思い出したけど、どう説明すればいいんだろう。

「えーと……幸せだから……かな?」

我ながら意味不明の説明をしてしまうのであった。
 
 
 
 
 

「さーて洗いざらい話して貰おうかな」
「だから全部話したじゃないか」

場所を移動して有彦の部屋。

イチゴさんは寝ているのを起こされると機嫌が悪いので移動してきたのだ。

「全部? 嘘つけこの。アルクェイドさんと一緒に遊びに来ただけだってのを信じろってか?」
「ほ、ほんとだよ。おまえがいなかったけど、イチゴさんが来ていいって」
「……なるほど。それは姉貴だったら言うかもしれねえな。だが、問題はアルクェイドさんのほうだ」
「アルクェイドのやつが?」
「そうだ。最初っからおまえがアルクェイドさんを呼び捨てにしてるから怪しいとは思ったけど。テメエ、アルクェイドさんと親戚以上の関係だろ?」
「親戚……?」

何を言ってるんだろうか有彦は。

「ふん。やっぱりな。昨日自分で言ってたこと忘れたのか? アルクェイドさんは親戚だってよ」
「……あ」

そうだ。

昨日有彦と遭遇して、言い訳としてアルクェイドが親戚だってつい言ってしまったのだ。

「つーわけで話して貰うぞ? アルクェイドさんはおまえのなんなんだ?」
「……うー」

どうやらこのまま有彦に嘘をつき続けるのは無理そうだ。

「わ、わかったよ。話すよ」
「おう。白状しろ」
「……だけど、先輩とか秋葉には内緒だからな」

俺は絶対に話すなと念を押してから、事情を説明するのだった。
 
 
 
 

「……」

有彦は話を聞き終わった後、しばらく腕組みをしたまま黙っていた。

「……ふ、ふふふ、ははは、ははははははっ!」

そして、いきなり大笑いを始めるのだった。

「な、なんだよいきなり」
「……いや、いやいや。やるなあ遠野。まさかお前が女を家に連れ込むなんて」
「人聞きの悪いこというなよ」
「事実だろう? それに、おまえが彼女を作るなんてなー。チックショーっ!」

有彦はそう言いながら俺にチョークスリーパーを仕掛けてきた。

「イテ! イテ! こら! 有彦やめろっ!」
「はっはっは。悪い悪い」

有彦はやたらと楽しそうだった。

「何が面白いんだよ」
「あん? おまえに彼女ができたこと」
「……それ、イチゴさんにも言われたよ」
「だろ? だからそれくらい意外だってことだ」
「はぁ……もういいよ」

なんだか落ち込んでしまう。

「いやいや。でも、俺は全力で応援するぜ? ったく水臭いな。姉貴なんかより先に俺に教えてくれればよかったのによ」
「……おまえは真っ先に人に言いふらしそうだからな」
「うわ、ひっでえの」

そう言いながらも大爆笑している有彦。

よくもまあ、自分の性格をわかっていらっしゃることで。

「……まあでも安心しな。この件については黙っててやる」

と、急に真面目な顔になってそんなことを言う有彦。

「いいのか?」
「ああ。秋葉ちゃんに知られたらまずいだろうなってことはわかるし」
「感謝する」

学校では猫かぶりな秋葉ではあるが、有彦は俺と一緒にいることが多いので本性を知っているのだ。

「とりあえずアルクェイドさんが起きたら確認しねえとなぁ。遠野はそう思ってるけど実は……ってのもあり得るし」

相変わらず真顔の有彦。

「そんなこと……」
「無いと断言できるか?」
「……むう」

そう言われると悩んでしまう。

あいつは別に彼氏彼女とかじゃなくって、単に暇つぶしの相手が欲しいだけなんじゃないだろうか。

いや、アルクェイドは俺のことを好きだと言ってくれてるし、俺もそうだ。

多分彼氏彼女の関係で正しいんだろう。

色々と深い関係もあるしな。
 

「確認する必要ありだな。もし彼女じゃなかったら……ふっふっふ」

有彦はにやけた顔を浮かべていた。

っていうかこの野郎、俺の言ったことを全然信用してくれてないようだ。

「……まあ、好きにしてくれ」

有彦が妙な行動をするのはいつものことだし、何も言う気力も起きない。
 

「志貴ーっ。志貴ーっ」

「ん?」

下の階からアルクェイドの声が聞こえる。

どうやら起きたらしい。

「ちょうどいいな。早速聞いてみるけど、いいよな」
「好きにしてくれ」

おっしゃあと拳を自分の手に当て、気合満点の有彦が部屋を飛び出していった。

「……あーあ」

俺も人の事は言えないけど、あの情熱をもっと他の事に生かせないものだろうか。
 
 
 
 
 
 

「あ、志貴」

階段を降りるとアルクェイドが手を振っていた。

「いやー、これも運命の出会いっていうかなんていうかでー」

有彦はアルクェイドが聞いてないのにも構わず話を続けている。

「おいこら有彦」
「なんだよ邪魔するな。今いいところなんだから」
「いいところじゃないよ。全然話聞かれてなかったぞ?」
「……マジ?」

アルクェイドを見る有彦。

「アルクェイド。今の話聞いてたか?」
「ううん、全然。志貴探すので忙しかったから」
「……だそうだが」
「な、なんだよ、せっかくナンパ奥義を使ってたのに」

俺の知る限りその有彦のナンパ奥義が成功する確率は2割以下である。

その奥義を使わない時のほうがよっぽど有彦はもてている。

「で、聞くのか聞かないのか?」

俺は苦笑しながら尋ねた。

「……ああ、そうだ。あの、アルクェイドさん、突っ込んだこと聞きますけど」
「ん、なに?」

さっきからアルクェイドに敬語を使う有彦が妙におかしく見えてしまう。

確かにこいつは外見は年上だけど、中身の精神年齢はかなり低いからなあ。

頭はいいはずなんだけど。
 

「ぶっちゃけ、この遠野とどういう関係なんです?」
 

有彦の質問は実にストレートでわかりやすかった。

っていうか普通の人にそんな聞き方したら怒られるぞ、それ。
 

「関係……んー? 肉体関係ならもうあるけど、そういうこと?」
 

そしてこのばか女はとんでもない答え方をしてくれた。
 

「ほっほう……」

ぎぎぎぎぎ、と機械が動くようにゆっくりと首を動かして俺を睨みつける有彦。

「……じゃ、そういうことで」

さあそろそろ家に帰ろうか。

俺は玄関に向かって歩き出した。
 

「待ちやがれこのっ! 詐欺野郎ーっ!」
「おまえが勝手に俺の言葉を信じなかっただけだろーっ!」
 

俺は有彦にダイビングアタックをかまされ、床を転がるのであった。
 
 

続く



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