そしてこのばか女はとんでもない答え方をしてくれた。
「ほっほう……」
ぎぎぎぎぎ、と機械が動くようにゆっくりと首を動かして俺を睨みつける有彦。
「……じゃ、そういうことで」
さあそろそろ家に帰ろうか。
俺は玄関に向かって歩き出した。
「待ちやがれこのっ! 詐欺野郎ーっ!」
「おまえが勝手に俺の言葉を信じなかっただけだろーっ!」
俺は有彦にダイビングアタックをかまされ、床を転がるのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その14
がたんっ!
「うるせえテメエら! 静かにしろっ!」
途端にイチゴさんが襖を勢いよく開け、怒声を浴びせられた。
「……げ、起きてきやがった」
イチゴさんの登場にたじろぐ有彦。
「助けてイチゴさん。有彦が俺をいじめるんだ」
俺は棒読みでそんなセリフを言った。
「あっ! 汚ねえぞ遠野っ」
「何言ってるんだ。俺は客観的事実を述べただけだろう」
と俺が言い終わる間もなく、有彦はイチゴさんに頭を捕まれていた。
「ま、待て姉貴っ! 話を聞けっ! 俺は遠野に騙されて……」
「おまえが俺の言うことを信じなかっただけだろ」
俺は有彦に向けて十字を切った。
「……さ、行こうかアルクェイド」
俺は玄関に向かって歩き出した。
「え? いいの?」
「ああ、いいんだ」
これ以上この場所にいたら巻き込まれてしまう。
「ちょ、ちょっと待て遠野っ! 親友の俺を見捨てるのかっ!」
「寝起きのイチゴさんの怖さはよく知ってるからな。ちょっと同情するけど自業自得だ」
「くそーっ! 今度学食で奢りだか――」
そこで俺はドアを閉めた。
イチゴさんが金属バットを持って有彦の後ろに立っていたのは見なかったことにする。
「……はぁ」
今度うどんに玉子でも入れてやるか。
「とりあえず公園にでも行くかなあ」
どれくらい眠っていたかもわからない。
まずは時間を確認したいのだ。
「公園に戻るの?」
「……言っておくけど、そうしなくちゃいけなくなったのはおまえのせいでもあるんだからな」
「なんで?」
「なんでもだよ」
なんだかいちいち怒るのもめんどくさくなってきてしまった。
「はぁ……」
俺は溜息をつきながら公園へと向かうのであった。
「1時半か……」
すっかりお昼過ぎであった。
どうやら有彦は昼飯を食べるために帰宅し、俺たちを発見したらしい。
「これからどうするの?」
「んー。そうだなあ」
とりあえず昼、といきたいところだが寝て起きたばかりなのであまり空腹感が無かった。
「こんな時間じゃ家でも昼は済んでるだろうし」
もう一度琥珀さんに料理を作ってもらうというのも手間がかかって悪いだろう。
「……とりあえず座るか」
座ってこれからどうするかでも考えるとしよう。
「うん」
言うなりアルクェイドは芝生のところに座りこんでしまった。
「……そういう意味じゃなかったんだけど」
俺はそこにあるベンチに座ろうって意味で言ったのだが、そのあたりが日本語の難しさというかなんというか。
「違うの?」
「いや、別にいいよ」
俺もそこに座ってしまうことにした。
「さて……」
有彦に無理やり起こされたので正直まだ頭がぼーっとしている。
あのまま邪魔されずに眠っていたら、多分日が暮れていたんじゃないだろうか。
「……どうするかな」
自分に言い聞かせるように言って寝転んだ。
寝転ぶとこれでもかっていうくらいの真っ青の空。
「日向ぼっこ?」
「おまえ、ホントに吸血鬼なんだろうな」
何度したんだかわからないような質問をする。
「いいじゃない。吸血鬼が日向ぼっこしちゃいけない?」
非常によくないと思うんだけど。
「おまえ、実は猫妖怪だったりするだろ」
「猫? なんでわたしが猫なのよ」
「いや、全部」
行動そのものがというか、気まぐれなあたりが猫っぽい印象を受けてしまう。
「むー」
不満そうだった。
「じゃあ猫っぽい真祖」
「猫から離れてよ。わたしそんな、にゃーにゃー鳴いたりしてないよ?」
アルクェイドの中では猫=にゃーにゃー鳴いてるもの、らしい。
「……」
にゃーにゃーじゃないけど色々うるさいじゃないか、と心の中で呟く。
「そういう志貴こそなんなのよ」
逆にアルクェイドが尋ねてくる。
「俺は普通の高校生だ。まあ、ちょっと豪邸には住んでるけど」
「普通ねえ。ふーん」
アルクェイドはいかにも信じられないといった口調で言った。
「なんだよ」
「志貴は全然普通じゃないと思うけどな」
「死の線が見えるからか?」
「ううん。そういうのじゃなくって。根本的に。志貴みたいな人、他にいないと思うよ?」
「……そうか?」
「うん。すっごい優しいもん」
「買いかぶり過ぎだ、そりゃ」
よっと起きあがる。
「志貴って誰にでも優しいから」
「……知ってる範囲にだけだよ」
例えば電車の中でおばあさんがいたら席をゆずる、というのはちょっと出来ない。
出来たとしても、無言で席を立つことくらいだ。
「少なくともわたしには優しいじゃない」
「……おまえは俺がいないと何を仕出かすかわかんないからさ」
「むー」
またも不満顔。
まあ、今の俺の言葉はちょっと照れ隠しでもあるんだけど。
「でもそれって。わたしを気にかけてくれてるってことかな」
「……」
それはイエスだ。
人間、好きか嫌いじゃなければ相手のことなんか気にかけないもんである。
いわゆる仕事上の付き合いっていうのを除いては。
「当たってる?」
「……まあな」
渋々ながら答える。
「志貴は前、わたしのこと嫌いじゃないって言ったよね?」
「ああ」
つまりそれはほとんどおまえのことを好きだぞと言ってるようなもので、なんだか恥ずかしかった。
「えへへ」
それをわかってるんだかわかってないんだかは不明だけど、アルクェイドは嬉しそうだった。
「じゃあ、志貴」
「なんだよ?」
「それって相思相愛ってやつなのかな?」
さらに照れくさそうに笑うアルクェイド。
「……」
それに対して俺はどう答えろと。
「どうかな」
期待するようなアルクェイドの瞳。
「……」
しょうがないので無言で頷いた。
言葉にするとなると、恥ずかしすぎて出来たもんじゃない。
「……」
するとアルクェイドも無言で抱き着いてきた。
「おやおや……若いもんはいいねぇ……」
そうして俺たちの目の前を見知らぬおばあちゃんが通りすぎたりして。
「……なんでこんなイチャイチャしてるんだ? 俺ら」
誰も答えてくれなさそうな疑問を呟くのであった。
続く