期待するようなアルクェイドの瞳。
「……」
しょうがないので無言で頷いた。
言葉にするとなると、恥ずかしすぎて出来たもんじゃない。
「……」
するとアルクェイドも無言で抱き着いてきた。
「おやおや……若いもんはいいねぇ……」
そうして俺たちの目の前を見知らぬおばあちゃんが通りすぎたりして。
「……なんでこんなイチャイチャしてるんだ? 俺ら」
誰も答えてくれなさそうな疑問を呟くのであった。
「屋根裏部屋の姫君」
姫君と過ごす休日
その15
「さーてどうしたもんかなあ」
俺たちは商店街を歩いていた。
まあ、妙にイチャイチャしてしまったのは空があんなに青いから、ということにしておこう。
だいたい、イチャイチャしたがるのはアルクェイドなのだ。
俺はやりたくてやってるんじゃないぞ、うん。
……とか言ったら非難轟々されそうだけど。
「お昼にするんでしょ?」
「ああ。けど、どこで食べるかってこと」
「ハンバーガーとかでいいんじゃない?」
「……ハンバーガーねえ」
確かに無難なのはファーストフードだけど、アルクェイドと出かけた時は大抵それなので、いささか飽き気味だったりする。
「今日は他のものにしよう。いっつも同じじゃつまんないだろ?」
「……それもそうね。せっかくお店はたくさんあるんだし」
「だろ」
そんなわけで美味しそうな店を探して歩いた。
「む」
しばらくして、アルクェイドがある店の前で足を止めた。
「どうした?」
「……ここ、シエルが好きそうな店ね」
「ああ」
そこはカレー料理専門店、メシアンであった。
「ものすごい好きだぞ。下手したら毎日通ってるんじゃないかな」
ここのカレーはあのシエル先輩をうならせるほどの逸品である。
「志貴。ここでは絶対食べないからね」
アルクェイドはむくれていた。
「はは。琥珀さんも以前はカレーなんか料理じゃないって豪語してたんだけどさ。先輩に無理やりここに連れてこられたことがあったよ」
「ふーん。でも、琥珀って昨日カレーを作ってたわよね?」
「ああ。だから、ここのカレーを食べて考えが変わったんだろうな。もともと琥珀さんって調合とかは好きだしさ」
つまりカレーのスパイスの調合が薬の調合に近いことに気付いたんだろう。
「で、今じゃここのカレーと肩を並べるほどの味を作り出すまでになったんだ」
「ふーん。じゃあ、ここのカレーってそんなに美味しいんだ」
「美味いよ。カレーなんだけどカレーじゃないっていうか……そういう別次元の味だな」
話していると喉に唾が沸いてくる。
「むー……」
アルクェイドも今の話を聞いて、その味に関心を持ったようだ。
「い、いいの。わたしにはそんなこと関係無いわ。他のお店に行きましょう」
しかしどうやらプライドのほうが勝ったようである。
「はは、そうだな」
俺たちは他の店を探して歩き出すのだった。
「うーん……」
結構な時間が経ったのだが相変わらず俺たちは商店街を歩いていた。
こう、明確に何が食べたいというのがないので色々と目移りしてしまう。
「おまえは何が食べたい?」
と尋ねても。
「わたしは志貴に任せるわ」
なのである。
「うーん……」
そう言われると余計に悩んでしまう。
財布の中身を考慮して、そんなに高いものは食べられないのだ。
そんな状況で敢えてうまいものを見つけ、食べてみたい。
「……でも腹が減ると考えは鈍くなるしなあ」
ようするに悪循環なのだ。
もう値段のことは諦めてさっさと何か決めてしまおう。
よし、次に目に写った食べ物で決定。
そう決意して正面を見る。
それで思い出した。
「あー。おまえ、ラーメン好きだったよな」
「ん? 志貴の作ったのは好きだよ?」
「……そいつは光栄だな。でも、せっかくだからプロのラーメンってのも食ってみたりしないか?」
俺の目の前には、小さなラーメン屋があったのだった。
ガラガラガラガラ……。
いまどき珍しい引き戸の入り口を開け、中へと入る。
「いらっしゃーい」
俺の姿を見て、白い服を着た店員さんが挨拶をしてくれる。
「ふーん……」
そして俺の後ろから現れるアルクェイド。
「いらしゃ……はがっ!」
店員さんはアルクェイドの姿を見て硬直していた。
「?」
どうしたんだろう。
「お、お客さんっ! ここはフランス料理屋じゃありませんぜっ? ただのしがないラーメン屋ですっ。それでもいいんですかっ?」
店員さんはやたらと慌てていた。
「い、いや、それでいいんだけど。なあ」
アルクェイドに同意を求める。
「うん。ラーメンを食べに来たのよ」
にこりと笑うアルクェイド。
「そそそ、それは恐悦至極の至りでっ。ささっ、どうぞこちらへっ!」
俺を無視してアルクェイドをエスコートする店員さん。
「……」
というか、今気付いたけどこの店の中はほとんどオジさんばかりだった。
あんまり身近にいすぎて失念してるけど、コイツは世間の男性がつい眼を惹かれてしまうような美人なわけである。
つまり、この店にはそもそも女性が来ることが滅多に無いんだろう。
しかもアルクェイドはあからさまに外国人の雰囲気だし。
「さささっ! どうぞっ!」
アルクェイドはありがと、なんて言いながら椅子へと腰掛けている。
「やれやれ……」
俺も苦笑しながら椅子へと腰掛けた。
「メニューはこれだな。先に選べよ」
「んー」
メニューを開いて眺めているアルクェイド。
「あのガキ、何者だろうなっ?」
「弟とかじゃないのか? まさか彼氏ってわけないだろう?」
見知らぬお兄さんABの声が聞こえてくる。
実は俺、その彼氏なんですけど。
「俺、声かけてみようかな?」
「やめとけよ。おまえなんか相手にされないぜ」
そうそう、止めておいたほうがいい。
こいつは興味無い相手には容赦ないから。
「わたしはこの特製ラーメンとかいうのにしてみるわ。志貴は?」
「ラーメンセット」
壁に張ってある紙を見て、最初からこれに決めていたのだ。
ラーメン+チャーハンという実に王道のセット。
両方単品で頼むよりも140円も安く、尚且つ腹の満たせるベストメニューである。
「じゃ、それね。えーと。どうすればいいのかな」
「店員さんを呼べばいいんだよ」
「そっか。おーい。やっほー」
中央の調理場に向けて手を振るアルクェイド。
「へいっ、ただいま参りますっ!」
「テメエはすっこんでなっ! 俺が行くっ!」
「なにいってるんスか先輩! こういう仕事は後輩の俺の役目っス!」
なんていうか、まるっきり隠す気はないようで、ここまで声が聞こえてくる。
「ありゃしばらく来てくれなさそうだなあ」
モメる店員さんたちを見ながら、俺はこの店を選んでしまったことを後悔するのであった。
続く